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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2008/08/19(火)   CATEGORY: 夏のしらべ
夏のしらべ(7) 「月夜( in moon light shadow...)」
 ケータイが鳴った。六飛はディスプレイに<深凪さん>の文字も見取ると急いで電話に出た。
「もしもし、六飛くん?」
 こんな夜遅くにどうしたんだろう。六飛は少し不安になった。
「お散歩に行きませんか?」
「こんな遅くに?」
「今夜は月が綺麗なんです。…ダメですか?」
 月が綺麗に見える夜は、えりなはよく家を抜け出して散歩に出ることは六飛も知っていた。もし今断っても、彼女はひとりで散歩に行くかもしれない。
「わかった、いいよ。今準備するから」
 六飛は着替えて、家を出た。

 満月の綺麗な夜だった。えりなは外に出ずにはいられなかった。どうしても六飛と一緒に月を眺めたくて、迷惑かなと思いつつも電話をした。彼はあっさりOKしてくれて、えりなは約束の公園に向かった。
 公園で六飛を待っていると、入口に人影が見えた。たぶん六飛だろう。えりなは手を振った。すると月明かりに照らされて、彼の笑顔が見えた。それだけで少し嬉しくなる。
「思ってたより少し肌寒いね。昼が暑いから夜も暑いのかと思っちゃった」六飛は両腕をさすって温めるポーズをした。「えりなは寒くない?」
「わたしは大丈夫だよ。むしろ少し暑いくらい」
 今では六飛はえりなのことを「えりな」と呼ぶ。もう「深凪さん」でも「えりなさん」でもなかった。実はえりなが「さん付けはやめて」と言っていて、それで六飛も彼女を「えりな」と呼ぶことにしていた。まだ慣れないからか六飛が「えりな」と言うと、2人とも少し恥ずかしそうに笑う。
「ねえ、見て。満月がすごく綺麗」
 六飛も見上げると、そこでは星々が燦々と輝き、大きな満月が綺麗に浮かんでいた。
「ほんとだ…すごいね」
 思わず感嘆の声が漏れた。
「でしょ? これを六飛と一緒に見たかったんだ」
 えりなは照れながらそう言った。六飛と同じように、えりなも彼のことは呼び捨てにしていた。それは「俺だけじゃフェアじゃないから…その、えりなも」という六飛のお願いだった。けれどもえりなは恥ずかしくて「六飛」と「六飛くん」を交互に使っている。
「立ってるの疲れない? そこのベンチに座ってゆっくり見ようか」
 六飛がベンチに向かって歩き始めた。そのとき――

 ――バタッ。

 えりなが少し咳き込んだと思ったら、彼女は地面に倒れていた。六飛は突然のことに焦り、どうすればいいのかわからなくなる。
「えりなッ、大丈夫!?」
 六飛はえりなに駆け寄った。
 彼女を起こそうとして触れると彼女の体は異様に熱かった。
(――熱がある? もしかして体調が悪かったのか!!?)
「おいッ! えりな! 頼むから返事をしてくれ!」
 えりなは小さく唇を動かすが、それは声にまでならなかった。喉の奥で言葉はことごとく消失していった。
「俺はどうすればいいんだ!!」
 六飛のエメラルドグリーンの瞳が、涙で陽炎の如くゆらめいた。
(……救急車? そうか、救急車か! そうだ早く電話を――)
 六飛は大慌てでケータイを取り出し、急いで119をプッシュした。
 トゥルルルルルル……、トゥルルルルルル……ガチャっ――
「――もしもし!!? あの、彼女が! 彼女が倒れたんです! 出来るだけ早く救急車をお願いします!」
 六飛は焦っていた。このままではえりなが死んでしまう…。彼は何を言っているのか自分でもわからないでいた。
 相手のオペレーターになだめられ、六飛は徐々に冷静さを取り戻す。落ち着いて今いる場所を説明して、救急車の到着を待つことにした。

***

 もう夜も遅いというのに電話が鳴った。誰かと受話器を取ると、相手は六飛だった。えりなにを呼ぼうかと思ったら、彼に止められた。
「えりなさんが……倒れました」
 一瞬何のことだかわからず、ただ「え?」と間の抜けた声を出すはめになってしまった。
「えりなさんが倒れたんです」彼はゆっくりとした口調で説明を始めた。「えりなさんはそっと家を抜け出して外に散歩に出てました。実は月の綺麗な夜に、彼女が散歩に出るのはよくあることだったんです。
 今夜は俺のところに電話がきました。一緒に散歩しないかって。もし断っても、そのときはひとりで散歩に出そうだから俺はそれを了解したんです。彼女はそういうところが意外と頑固だったから。それで俺は約束した公園で彼女と会いました。彼女は空を見上げて月が綺麗だと俺に言ってきました。俺も同じように見上げて、同じことを思いました。そして少し目を離したときに、彼女は倒れたんです。次に見たときは公園の地面に横たわっていました。俺は救急車を呼んで、今彼女と病院にいます。今から病院の場所を教えるのでここに来てください。場所は――」

***

 えりなの声が聞こえた。六飛は慌てて耳を傾ける。
「どうした? 今救急車を呼んだから大丈夫だよ」
 彼女の口がゆっくりと動く。
「わたし、もう死んじゃうかも」
 思わぬセリフに、六飛はつい凍った。
 いや、彼自身も、そうではないかという予感はしている。
「だから最後にわたしの話を聞いて。お願いだから最後まで聞いて欲しいの…」
 そんなこと言うなよ!――六飛はそう大声をあげそうになったが、もし本当に彼女の最期となるならこの話は聞いてやらなくてはいけない。彼は静かにゆっくりと頷いた。
「わたしの命がもう長くはないって、実は知ってたの。お母さんはわたしに隠そうとしてたみたいだから、わたしも知ってることを黙ってたんだけどね」
 六飛は彼女の言葉をひとことも漏らさないように真剣に耳を傾けた。
「お母さんに伝えて欲しいの。わたしはお母さんのところに生まれて嬉しかった。わたしじゃ十分幸せに生きたよ。…でもこうなってしまってごめんなさい。お母さんより先にって、わたし親不孝ものだよね」
 首を横に振った。そんなことない。六飛の口から小さく漏れた。その半分は嗚咽だった。
「あのね、六飛くんと出会えてわたしはとっても幸せものだと思う。好きだって言ってもらえて、すごい嬉しかった。一緒にいろんなところを散歩して楽しかったな。六飛くんと一緒だと、何でもすごく楽しい。不思議だね」
 そうだね。もはやそれは声にもなっていない。
「今まで十分楽しかったんだけど、それでもまだまだ足りないの。もっといっぱい、いろんなとこを見たい。そう思っちゃう。わたしって欲張りだね」
「一緒に、見よう」精一杯力を振り絞って言った。
「ありがと。これからも…わたしと一緒にいてくれますか?」
「当たり前じゃん。ずっとずっと一緒だよ。約束したでしょ? いろんなとこを見てまわろう。それでえりなの笑顔、いっぱい見せてよ」
「うん、そうだね。…約束したんだよね」
 えりなの目に涙が浮かんでいるのに気付いた。
「…ごめんね……約束果たせそうにない」
 そんなこと言わないで欲しかった。でもそれすらも伝えられない。嗚咽を堪えるのに必死だった。
「この夏休みは、とっても幸せだった…」


「ありがとう」


 気付けばサイレンが鳴り響いていた。きっと救急車のものだろう。それがわかっても今の六飛には安心も期待を抱けなかった。
 もう、えりなの命は尽きようとしている。なぜかそれだけは理解していた。


「俺こそありがとう。俺も幸せだった」


「ありがとう」




<作者のことば>
本当はこの7話目で完結する予定でした。
でも俺の独断と偏見で考えていた7話の内容を2話分に分けることに。

なので次回で完結です。

見逃すな!!(笑)

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COMMENT

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ミーコ | URL | 2008/08/19(火) 17:06 [EDIT]
ノーコメントで。とりあえず終わり読んでからにします。

lemon8739 | URL | 2008/08/20(水) 07:43 [EDIT]
急展開にびっくりです・・・
もう・・・なの?この間両思いになったばかりなのに(;;)
次回最終回なのですね 見に来まーす

匡介 | URL | 2008/08/20(水) 19:12 [EDIT]
>ミーコ
それは…コメントする必要があったのかなe-263

匡介 | URL | 2008/08/20(水) 19:14 [EDIT]
>lemon8739さん
一応、付き合って1週間…という設定です。
なぜこんなにも早く終焉がきてしまったかは…紅林君しかわかりません(笑)

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