みやび萬紅堂。
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DATE: 2016/06/17(金)   CATEGORY: MUKURO・黙示録篇
MUKURO・黙示録篇-17 (魔の狂宴Ⅰ)
 首元に痛みが奔(はし)った。相楽幸一が顔を歪め、自らの首に左手を当てると、ぬるりとした感触が指にあった。相楽は手のひらを見た。左手が赤く染まっている。血だ。数瞬、何が起きたのかわからなかった。――が、抵抗をやめたと思っていた美琴の右手にナイフが握られていることに気付いた。
 お守り代わりの万能ナイフは、常にポケットにいれていた。美琴は殺すつもりで首にナイフを突き立てようとしたのだが、狙いが外れて相楽の首をわずかに切り裂いた程度だった。血が流れてはいるけれど、傷はそれほど深くなく、数分もすれば自然と血も止まりそうだ。美琴はもう一度ナイフを振るったが、今度は不意打ちではない。相楽の拳が美琴の頬を打つ。ナイフの切っ先は相楽の頬をかすめただけだった。
 相楽がナイフを奪い取ろうと、美琴の右腕を掴み、床に叩きつける。それでも手離さないので、さらに二度三度と叩きつけた。けれどナイフは、しっかりと握られていた。美琴の憎悪に満ちた瞳が、相楽を睨みつけていた。気に入らない。どうにも気に入らない。
 ナイフを持った右腕を押さえつけたまま、相楽が右の拳を振り上げる。そんな目つきができないほど殴りつけてやるつもりだったが、拳を振り下ろす前に、首に違和感が生じた。触ると何かがひっついている。無理やり引きはがす。右手の内にいるのは、鼠だった。その眼は赤く光っている。
 太腿に痛みがあった。そこにも鼠が喰らいついていた。どこから湧いて出てきた? 相楽が周囲を見回すと、さらに数匹の鼠が視界に入った。そして相楽は叫ぶ。悲鳴をあげる。鼠を握りしめていた右手の小指に激痛が奔った。思わず掴んでいた鼠を離して、己の指を確認する。ない。足りない。小指が欠損していた。鼠のうちの一匹が相楽に跳びかかり、首の傷に喰らいついた。それに倣(なら)うようにほかの鼠も相楽に跳びかかる。たとえようのない恐怖が込み上げ、相楽はもがいた。必死に鼠を剥がそうとするも、なかなか離れない。喰い殺される!――本気でそう思った。
 気付けば、美琴は相楽の支配から逃れ、相楽と対峙するように仁王立ちしていた。その手にはナイフが握られている。
「ま――、」
 待て、とでも言いたかったのだろうか。しかし相楽はすべてを言い終えることはなかった。ナイフが相楽の喉を切り裂いた。相楽が最後に見たのは、自分を見下ろす冷たい眼だった。彼の苦痛は意識とともに遠退いた。最後には何も感じなくなった。

 男たちは数十匹の鼠に囲まれて立つ女子高生を見ていた。男たちに湧き起こったのは「畏れ」の感情だった。彼女は、鼠を従えた女王のようだった。死の女王。鼠は死のイコンだった。
 相楽の死体にありつけない鼠が、自分たちに向かって走ってきたので男たちは絶叫し、裸のまま逃げようとした。けれど部屋の出入口には、女子高生が立っている。近づいてはいけないオーラを発していた。女王を護るためなら鼠たちは何でもするだろう。そう思わせる何かがあった。
 しかしほかに逃げ場はなかった。男のひとりが窓を無理やりこじ開けて、そこから脱出を図ったが、冷静さを欠いていたため足を滑らせ落下した。おそらく即死だ。それを見たほかの男たちは、窓から逃げるのを躊躇した。しかしそのためらいが逃げる時間を奪った。鼠は男たちに跳びかかり、肉を齧った。女たちは呆然として、それを見ていた。鼠は女たちにも襲いかかった。阿鼻叫喚の地獄絵図であった。血にまみれ、助けを求める男女の群れ。半数以上が裸だというのが、どこか滑稽ですらあった。
 鼠たちは美琴だけは襲わなかった。彼女はただ事が終えるのを眺めているだけだった。
 かくして、狂宴が始まった。



<作者のことば>
少し間が空いてしまいました。
今回、冒頭部分の視点のブレが気になったので一定させた方がいいかとも考えたのですが、別に三人称で視点がブレてはいけないということもないので、そのままにしました。視点を一定させた方が読みやすいとは思いますが、読んでて混乱しない程度なら、そこまで一定させなくてもいいんじゃないかとも思っているので(視点は一定させるべきか、混乱しなければ一定していなくても構わないかという問題は、自分のなかでも迷っている部分があって、現在自分のスタイルを模索中だったりします。なので今回はあえて揃えずにいこうと決めました)。
そしてもうひとつ悩んだのが最後の部分。「狂宴が始まったのだった」は必要ないかもしれない、と何度か消しては書き直してと悩みました。「宴が始まった」「狂宴の始まった」「狂宴の始まりだった」etc...と若干変えて試したりもしたりもして、一番シンプルに「狂宴の始まりだった」でいこうと決めたあと、もう一度読み直したときに文章のリズム的に何か違うなーと思い「狂宴の始まったのだった」に変更。ほかにも「はじまった」と開いてみたり「かくして」を入れたりしてみましたが、どれがよかったのか(そもそも必要のないセンテンスだったのか)正解が今もよくわからないです。
――とここまで書いたあとに、「かくして狂宴は始まった」と書き直し、それから「狂宴は」と「狂宴が」どちらがいいか悩んだあと結局「かくして」をなくして「狂宴は始まった」に決めかけたのち「狂宴が始まった」に戻ってきました(笑)
「始まったのだった」より「始まった」の方がキレがいいし簡潔な方が力強くて「欲しい」感じに近いな、と。…で、今また「かくして」を足しました(笑) やはりそれまでの文章のリズム的に「狂宴が始まった」だけだとリズムのズレのようなものを感じまして。ただし妥協案として「かくして、狂宴が始まった」と読点をいれてみました。「かくして」と「狂宴が始まった」をすこーし離した方が力強さを感じませんか?

本来は全部決定したあとに、あとがきを書き直せばいいのですが(その方が短く済むし)、こういう過程を書くのもドキュメンタリーで面白いな、と思ったので試行錯誤の過程を残してみました。本当にあとがきと本文(小説)を行ったり来たりしながら書いていました。
結局こういうのは個人個人の感性によってきっと違うので、どれが正解ということもないのでしょうけれど、それでも自分なりの正解を求めてしまうし悩んじゃう。だけど、どこまでいっても正解がわからなかったり…。小説って難しいですね。

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ポール・ブリッツ | URL | 2016/06/18(土) 18:49 [EDIT]
「狂宴は始まった」でもよかったかもしれませんね。助詞と助動詞はちょっと変えただけでもイメージがずいぶん違ってくるのでわたしも苦労してます。

玖堂匡介 | URL | 2016/06/22(水) 15:28 [EDIT]
>ポール・ブリッツさん
ご意見ありがとうございます。ポール・ブリッツさんでも、やっぱり苦労しますかー。
そしてより短い文章にしたかったので、そう言われるとやっぱ(そっちだったかー!)という感じに(笑)
こういった微妙な違いって本当に悩みますよね~。縦書きと横書きでも違うのかなーと思います(自分的には縦書きで発表したいので、縦書き感覚ではAがよくても、横書きではBの方かもしれない・・という葛藤が)。

細かいところで悩んでると全然書き進められなくて困っちゃいます。
限られた時間の中で書けるだけ書きたいという思いもあるだけに……。

でも、できるだけ納得したもの書きたいですしねぇ。難しいものです。

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