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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2016/04/10(日)   CATEGORY: MUKURO・黙示録篇
MUKURO・黙示録篇-14 (宴のはじまりⅣ)
 頬を伝ってあご先から水滴がしたたるのをタオルで拭い、飯沼真二はベッドに腰をおろした。隣では舘岡が大の字になって眠っている。気楽なやつだ、と思う。こんな状況になってもまだ、どこか能天気さを感じさせる男だ。いったいどういう神経をしているのか。けれどそこが羨ましくもあった。舘岡は馬鹿ではない。この状況にまったく危機感を持っていないわけではないことは、わずかながらの間だが一緒に過ごしてきた飯沼にはわかっていた。なのにどこか余裕のようなものがある。これは天性のものだろうと飯沼は思っていた。深刻な状況を深刻に受け止めすぎない才というのだろうか。それは飯沼が持っていないものだった。自分はいつも深刻なものをそのままに受け止めてしまう。それで無駄に疲弊してしまうのだ。他人には器用な人間に見られるが、そういうところはほんと不器用だと自分でも感じていた。
 世界が今のようになってから、表向きは余裕を見せているけれど、実際の心の中はいっぱいいっぱいだった。
 ここにたどり着いて助かった。呉 頼華の案内で、彼女が仲間と住んでいるというホテルに到着した。そして城田という男に迎え入れられ、この部屋を当てがわれた。あらかじめ口裏を合わせ、頼華を襲った井岡という男は、化け物に襲われて死んだことにしてある。さすがに黒川宗二郎が殴り殺したとは言えなかった。状況が状況ではあったが、過剰な暴力であることは確かだ。飯沼はあのときの黒川の目にうすら寒いものを感じた。光の届かないほど深い闇のようなといえばいいのか、黒川の全身から狂気じみたものが発せられていた。飯沼と舘岡のふたりが同じ部屋に割り当てられ、黒川とは別室となっていた。
 ドアがノックされた。飯沼が覗き穴から窺うと、城田と一緒にいた男が立っていた。
「よう」
 と男が言った。「女を化け物から救ったんだってな」
 川津というその男は、飯沼を部屋から連れ出した。《いいところ》に案内してくれるという。飯沼は、よくもわからずついていった。ただし川津という男の第一印象はあまりよくはない。だが、小さなことで諍いが生まれても仕様がないと思った。こういう限定されたコミュニティーでは、ちょっとしたことで生まれる亀裂が致命傷になりかねないことは理解している。できるだけ波風を立てないのが正解だろう。熟睡していた舘岡は部屋に置いてきていた。
 川津に連れられていったのは、ホテルの一室だった。ドアを開ける前から不穏なものを感じてはいた。ドア越しに、何かうめき声のようなものが聞こえたからだ。
 ドアが開き、室内が見えた。半裸の男がいた。その男の前で、女が壁に手をつき喘いでいる。椅子に腰かけている別の男の前では、跪(ひざまづ)いた全裸の女が、男の足の親指をしゃぶっていた。部屋の中では、さらに何人かの男女がそれぞれに交わっている。
 飯沼は凍りついた。川津に促されるも、室内に入ることができなかった。異様な光景に圧倒される。これはなんだ……?
 まるでサバトや黒ミサといった悪魔崇拝者たちの儀式を見せつけられているかのようだった。欲と欲が絡み合い、異形をなしていた。泣いている女もいる。男は概(おおむ)ね笑っていた。汗と精液の匂い。籠もっていた熱気が陽炎のように飯沼の視界を歪めた気がした。現実感のない光景。――しかし現実感のないものばかりを見すぎてしまっていた。現実感のない現実。いまは、そういう世界にいることを再認識させられる。
「驚いたろう?」
 にやつきながら川津が言った。確かに驚いた。
「お前もどうだ?」
「どう、って?」
「女を抱きたければ抱けばいい、犯したければ犯せばいいってことだよ。部屋にいる女は好きにしていい」
 理解が追い付かなかった。
「いや、いい」
「遠慮するなよ。こいつらは男に守ってもらっている代わりに労働力と自らの体を提供してるんだからさ。ギブ・アンド・テイクってやつさ。お前もあの頼華って女を助けたなら、充分にその資格があるわけだ」
 眩暈がしそうだった。明らかに本意ではないといった表情の女もいる。こんなことが許されていいのか、と思う。けれどそれを罰する法もなければ、いかなる抑止力も今は存在していない。誰しもが自らの道徳心と自制心によるのみだった。
「おれは……いいよ。疲れてるんだ。とりあえず今は寝たい」
「そうか」明らかに川津はつまらなそうだった。仲間だと思っていた人間に裏切られたといった表情を浮かべた。「まあ仕方ないよな。外の世界から来たばっかだもんな」
「外の世界」という言葉が耳に残る。ここではホテルを隔てて内と外では世界が違うのだ。ここにはここのルールがある。その結果が、いま目にしている光景なのかもしれない。完全に心が麻痺している。しかしながらこれが、彼らの恐怖や不安から逃れるすべとも考えられた――それでも許されることではない。飯沼は、ここでは自分は異物なのだと理解した。
 ここには長くいられないかもしれないな、と彼は思った。<キャッスル>のルールには馴染めそうもない。

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