FC2ブログ
みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2008/08/10(日)   CATEGORY: 夕方シリーズ
夕方、やがて傘は訪れる。
「パパー、来週は絶対に来てね!」
 娘のユウリが叫ぶように言った。そんなに大声を出さなくても聞こえるというのに、子供というのは無意味に声をあげる。ただでさえ通る声が、家中に響きわたるようだった。
「ああ、約束だってしたろ? ちゃんと行くよ」
 父の日。母の日にくらべ、それはだいぶ世間から忘れられているようだが、幼稚園に行く子を持つ親にとっては、それは例外的だ。なんたって父親が参加しなければいけない幼稚園行事だからだ。もちろん仕事も休まねばならないし、強制ではないのだが、父親としては出席する方が好ましいのは明らかだ。
 娘のために一肌脱いでやろうという思いもあるが、それ以上に父親はそういつまでも好かれている存在ではないものだから。特に女の子は。仲が良いうちにたくさん思い出をつくっておきたいのも確かである。
 娘が幼稚園に行く仕度を済ませると、妻が「じゃあ送ってくるわね」と娘とともに玄関を出た。
 私の仕事は時間に融通が利く上に、一般のサラリーマンとくらべてだいぶ朝をゆっくり過ごすことができる。職場まではそう遠くないし、いつもギリギリまで家にいることにしていた。

 今日は仕事も少なく、もうやることがなかった。このままだといつもよりだいぶ早く帰ることができそうだ。
 デスクの上にある、三角柱を横にしたようなカレンダーに目をやった。来週のところに小さく「父の日」と書かれている日付がある。そのもう少し先に赤で丸をしている日にちがあった。妻との結婚記念日だ。
 今の妻とは、若い頃に何度か別れ、何度もヨリを戻した。そのたびに当時付き合っていた彼女を傷つけていたことは、私も申し訳なく思う。
 妻とは基本的にケンカが多かった。今ではすっかり落ち着いている私たちだが、昔は違った。まあ、お互いに若かったのだろう。ちょっと気に食わないことがあるとケンカした。そのまま別れるなんてことも少なくはなかった。そして別れている間に違う女とも付き合った。もちろん私は、その相手のことを本気で好きだったし大切に想っていた。けれども、気付けば今の妻のことを想っている自分がいた。そのたびに連絡をとっていたのだ。
 お互いに連絡先を変えないというのは暗黙の了解となっていて、何かあれば互いに助けを求めたし、何もなくても躰(からだ)を重ねるためだけに会ったこともある。そして、そのたびにヨリを戻し、また付き合いを再開していた。結局、自分は今の妻のことが好きなのだとひとり結論付けた。そう思ってからは、以前より優しく接してやることができたし、つまらないことでのケンカもしなくなった。そして6年前の今頃、私たちは結婚した。籍を入れたのだ。

 時計を見上げ、そろそろいいだろうと思い帰り仕度をした。
 帰る前に私の上司にあたる男に、父の日は休むことを改めて確認しておいた。
「俺の娘にもそんな時期があったなぁ。今じゃ口もきいてくれんがね。…まあ、ぞんぶんに親孝行してもらえ。案外、そういうときに一緒に居れることが父親にとっては何よりの孝行だったりするもんだよ」

 外に出ると雨が降り始めていた。
「困ったなあ」
 職場から家までは歩きなのだが、今日は傘を持ってきていない。天気予報では雨だったか。
 一旦職場に戻り、傘があまってないか訊こうかとも考えていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あっ! パパー!」
 相変わらず、大きな声がよく通る。
 娘が私に駆け寄ってきた。そのうしろでは妻が、少し困ったような笑みを浮かべているのが見えた。
「ユウリったら、パパに傘を届けるんだって言ってきかなくてね」
 娘の手には、今差されている子供用の傘とは別に、大きな大人用の傘も携えられていた。しかし、娘の手にそれは大きすぎたようで、半ば引き摺られるかたちになっていた。
「はあい、パパ。ユウリ、パパのかさ持ってきたよ! えらい?」
 娘から傘を受け取り、その左手を開放してやった。
「ああ、ありがとう」
 自然と笑みがこぼれるのを感じる。
 私たち家族は並んでに傘を差し、一緒に家路を辿った。
 その中で私といえば、娘の孝行ぶりに、小さな幸せを噛み締め歩いていた。


<作者のことば>
ぼんやりながらもテーマは“幸せのカタチ”です。
ただほとんど意識していませんが(笑)

ちなみにシリーズ中、タイトルは「夕方、別れのあとの雨模様」が気に入ってます。

←Click me!!
[ TB*0 | CO*6 ] page top

COMMENT

 管理者にだけ表示を許可する
● ぼんやりと、うっすらと、でも、ゆっくりと
ペリット | URL | 2008/08/11(月) 14:15 [EDIT]
身をよじるようなお話でもないし、
涙が出るようなハッピーエンドでもない

でも、こういうゆったりした作品もそれはそれで大事だと思いました。


PSリンクしましたー
これかもお互いに頑張りましょー

匡介 | URL | 2008/08/11(月) 15:01 [EDIT]
>ぺリットさん
なんだか核心を突かれたような気がします(笑)
ゆるやかな日常にあるものを大切にしていきたいって気持ちがあるので、そういうものを描いた作品を書きたい気持ちがあるのかもしれません。

読んで頂いて、毎日の何気ない時間を大切に思えてもらえたら何より嬉しいですね。

だからそう感じてもらえる為に俺も頑張ります!

ミーコ | URL | 2008/08/12(火) 11:14 [EDIT]
この話は夕方シリーズの中であまり好きじゃない。

匡介 | URL | 2008/08/12(火) 19:40 [EDIT]
>ミーコ
まあ そういうときもあるんじゃないかな。全部を気に入るなんて大変なことだろうしね。
俺は、ちょっと気に入ってるけど。
幸せのカタチは様々だってことを書けたと思うから。「そして語りはじめた彼は」を読んだから浮かんだような気がするなぁ。

ミーコ | URL | 2008/08/13(水) 08:42 [EDIT]
「私が語り始めた彼は」ね(笑)ちょい納得。別れても連絡取り合うって設定が大嫌いなだけさー。

匡介 | URL | 2008/08/13(水) 14:47 [EDIT]
>ミーコ
ああ、少し間違ってたか(笑)
なんていうかな、そういう人がいることも理解していたい。いろいろな人がいるのが世の中だから、いろいろな人のことを描いていきたいんだよね。
山岡とさやかっていう逆の立場の人間をそれぞれに描きたかったって気持ちはある。山岡はさやかに対して酷いことをしたし、さやかは山岡に対して酷いことをされたと思う。でもどちらも最終的にはそれぞれに幸せを手に入れられてるってところを見て欲しかったかな。
つまりは誰だって幸せになることは出来るということをシリーズ通して書きたかったのかもしれない。さやかのように、とても辛いことが人生に起きたとしても、だからといって幸せになれないわけではない。

(――The magic that happiness visits you.)

これは誰もがかけられている魔法で、誰だって幸せになることが出来るんだよって気持ちを込めました。
もちろん現実にはまったく幸せを感じずにその生涯を終える人もいると思う。それでも生きてる人には希望を捨てず、前向きに考えて欲しいと思って出来たのがこれなんだよね。
すぐに落ち込んじゃうミーコにそれが伝わるといいな、と思います。

TRACK BACK
TB*URL
Copyright © みやび萬紅堂。. all rights reserved. ページの先頭へ