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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2008/08/07(木)   CATEGORY: 夕方シリーズ
夕方、別れのあとの雨模様。
 雨が降り始めた。午前中はあんなに晴れていたのに。まるで、わたしの涙を隠してくれるかのようだった。傘のないわたしは、降りそそぐ雨を全身で受けながら駅へと向かうことにした。
 雨よ、もっと降れ。もっと烈しく、すべてを流して欲しい。
 まんべんなく濡れてしまいたい。今はまだ小雨に近いけど、次第に強くなっていくことは何となくわかっていた。

 山岡くんとは付き合って半年だった。バスケ部のエースで、勉強もできた。顔もよく、女子にモテた。たぶん、学年で一番人気なのだと思う。そんな彼とわたしが、付き合うなんてそれは奇跡に近かった。わたしがバスケ部のマネージャーではなかったら、きっと接点もなく、話すことすらなかったろうと思う。
 しかし、やはり付き合うなんてありえないことだったのだ。
 わたしは山岡くんのことが好きで、彼もわたしのことが好きだと言ってくれた。そんな奇跡に、わたしは正直に喜んだ。でもそれも半年という短命の恋になってしまった。
こ こ最近、彼がわたしのことを「好き」と言ってくれなくなっていたことは気付いていた。もしかしたらわたしに飽きてしまったのかもしれない。わたしは平凡だし、本来は山岡くんと肩を並べて帰ることができるような器じゃないことはわかりきっていたことだから。
 ――でも。
 でもまさか、C組の康子とデキていたなんて!! そんなのあんまりだ――ひどすぎる。
 他に好きな人ができたなら、言ってくれればいいのに。2人が隠れて付き合っていただなんて――。

 わたしは嗚咽をこらえて泣いた。
 雨はわたしの涙を隠してくれるかもしれないが、嗚咽まではかき消してくれない。音をさえぎるほどの豪雨ではないのだ。
 どん、と誰かにぶつかった。
 それまで周りを見ずに歩いていたわたしは、とっさに謝った。泣いていることに気付かれたくなかったので顔は伏せていた。そしてそのまま過ぎようとすると、相手の人が「大丈夫ですか」と声をかけてきた。――涙に気付かれたのだ!
 思わず顔をあげてしまっていた。そして少し後悔した。「大丈夫ですか?」はぶつかった相手への配慮の言葉だったのかもしれない。
 柔和な表情をした若い紳士だった。――彼を紳士とたとえたのは、その格好がタキシードのように見えたからだ。なんとなく英国の紳士を連想させた。
「おや、目元が腫れてしまっていますね。――どうかしましたか?」
 やはり涙には気付いていなかったようだ。わたしはあえて自分から泣いている姿を晒してしまったようなものだ。
「…大丈夫です」
 紳士を振りきって去ろうとすると、その紳士は優しく声をあげた。
「ちょっと待ってください」
「な、なんですか?」意味もなく狼狽する。
「あなた、傘を持っていませんね」
 若い風貌からは想像もできないくらい、大人の雰囲気にわたしはたじろいでしまっていた。その口調は優しく、静寂だった。
「私の傘を使ってください」
 そう言って手に持つ傘を差し出してきた。
「でも――」
「いいんです。それにびしょ濡れの格好で電車に乗ると、周りの方の迷惑になってしまいます」
 紳士はそう言い、微笑んだ。
「さあ」
 さらに手を突き出され、つい受け取ってしまった。
「人生、苦しいことばかりではないですよ。あなたはまだ若い。これから楽しみもたくさんあります。さあ、元気を出して――とは言いませんが、涙は今日だけで充分でしょう。明日は雨も味方してはくれませんよ」
 なんだか、すべてを見透かされているようだった。この紳士はすべてを知っている――そんな気がしてならない。
「彼も悪気があったわけではありません。今でもあなたのことを大切に思っています。――だけど彼は彼女の方をより好きになってしまった。そのことを彼は申し訳なくも思っています。だからなかなか言い出せなかった。許すのは容易ではないかもしれませんが、彼を責めないであげてください」
 わたしは何も言えなかった。
「それでは。――明日はきっと晴れますよ」
 紳士は雨の中、傘も差さずに消えていった。

 気付くと、傘の持ち手には針金が巻かれていて、そこから伸びた一筋の先には小さな紙が付いていた。まるでクリーニング屋から帰ってくる服に付いているタグだ。そこに何かが書かれていた。

(――The magic that happiness visits you.)

 あなたに幸せが訪れる魔法を――?
 あの人は紳士の姿をした魔法使い?

 なぜか、明日は晴れるような気がした。


<作者のことば>
思いつきで書いてみた第2弾。
「夕方、帰宅後の風景」の5分後に思い浮かんだので、タイトルの冒頭を揃えてみる。

こうして夕方シリーズが出来上がっていくのだった。

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