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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2014/04/19(土)   CATEGORY: MUKURO・黙示録篇
MUKURO・黙示録篇-4 (滅びゆく街Ⅲ)
 助手席のドアを開け、3人の若者たちに声をかけようとしたとき、結城は地鳴りのようなものを耳にした。どこかで土砂崩れでも起きたのかと疑うようなドドドという震動を伴った音の群れは、次第に近づいてきているように感じる。3人の若者たちは突然の地鳴りに、戸惑っている様子だった。結城は運転席の牧を見た。牧も何なのかわからない――と目で答えるだけだった。
 そのとき――、
 黒い波が見えた。
 結城は黒い波がドドド――と押し寄せてくるのを見た。それは車道も歩道も呑み込みながら突き進んできている。波はキイキイと鳴いていた。それが、結城たちまであと20メートルといった距離まで迫ってきたとき、結城はそれが何なのか理解した。
 それは、鼠だった。
 数千――いや、あるいは億単位の鼠の群れが、通り道に黒い大海を築きながら、津波のように迫っていた。あまりの夥(おびただ)しさに、結城は息を呑んだ。呼吸を忘れていた。そして思考が逃げるべきだと訴えたときには、もう遅かった。鼠の大群が、結城たちを呑み込んでいた。始めの数十匹がボンネットやフロントウインドウに乗っかったと思うと、残る大群があっという間に結城たちの乗ったランドクルーザーを呑み込んだ。車のボディや窓ガラスを引っ掻く音が豪雨のように降り注ぎ、結城は唖然とした。車体が完全に吞み込まれる寸前に、目の前にいた3人の若者たちが鼠の波に襲われるのを目撃(み)た。すでに化け物が這いずり回るような世界だが、まるで悪夢だと結城は思った。
 鼠の群れに吞み込まれ、結城は慌ててドアを閉めたが、すでに車内には十数匹の鼠が侵入していた。優に20センチ以上ある大柄の鼠が、結城の膝の上に乗った。いや、30センチ近くあるだろうか――と結城はボンヤリ思った。それで、種類はいわゆるドブネズミだろうという見当はついた。ドブネズミは一般的に見かけることの出来る鼠の中でも大柄で、結城も何度か見たことがあったが、それにしても大きい鼠だと思った。そのドブネズミが、キイキイと鳴きながら腹を這って登ってきたので、結城は慌ててそれを払った。――が、足元から新たに何匹かがよじ登ってくるのを感じて、思わず悲鳴をあげた。
 運転席では、体格の良い牧が、身体をよじ登ろうとするドブネズミを数匹、素手で叩き潰しているのが見えた。窓ガラスが、ドブネズミの血で赤く染まっていた。結城もそれに倣(なら)ってドブネズミを叩き潰そうとするも、反撃に遭い、右手の肉が噛み千切られた。血の溢れ出る右手を押さえつつ、叫ぶ。「助けてくれ!」
 後部座席――シートの2列目に天嶺美琴と安久津が、3列目に残る2人が座っていた――を見遣ると、安久津がリヴォルヴァーの銃口をドブネズミに向けていた。安久津の目は恐怖と狂気でギラつき血走っていた。銃声が鼓膜を打った。血が煙(けぶ)る。さらにもう一度、引き金が引かれた。火薬臭さが鼻を突いた。
 ――途端、視界が――身体が――、回転した。
 結城は、ドブネズミの群れに車が押し返され、横転したのだと悟った。万を超すドブネズミの大群にかかれば、車の一台くらい簡単にひっくり返るらしい。そのことに驚愕と――凄まじい恐怖を覚えた。死ぬ――おれは、きっと、死ぬだろう。そう確信した。
 己の死を目前に感じ取った結城の脳裡をよぎったのは、娘の江利子のことだった。妻は江利子が小学校に上がると同時に交通事故で死んだ。それから結城にとっては、娘の江利子が人生のすべてだった。――少なくとも、結城自身はそう思っていた。たまの些細なケンカを除けば父娘仲はとてもよかったし、男手ひとつで立派な娘に育てたという自負もある。江利子も大学の卒業を間近に控え、来年からは社会人だった。おまえももう社会人か――、と結城が独りごちると、おかげさまでね、と江利子が言ったのをよく憶えている。それを聞いて、わけもわからず涙が溢れ、結城は娘に隠れて泣いた。よくここまで育ってくれたという想いが湧いて出たのだった。翌日、結城は妻の墓前でそのことを報告した。おれたちの娘は充分すぎるほど立派に育ったよ。おれには充分すぎるほど立派に。そう遠くない将来、あいつも相手見つけて結婚するのかなあ――。
 走馬灯のように、結城は娘と過ごした人生の半分を思い出していた。あの地震以後――つまりは地上に魑魅魍魎が湧き出たあと――娘の行方はわからなくなってしまっている。回線が混み合っているのか、基地局がダメになってしまったのか、携帯は繋がらなくなっていた。自宅は化け物どもの巣になり変っていた。戻る家を失ったという絶望と喪失感とが混ざり合った闇の中で、残る唯一の希望が娘・江利子だった。もう一度娘に会いたい。できれば嫁にいくのを見届けて、孫の顔も拝みたかった。でもおれはもうダメだろう――血と一緒に全身から力が抜けていくのを感じていた。腹に孔が開いていた。ドブネズミに喰い破られて出来たものだった。後部座席では、安久津が発狂したみたいに鼠と闘っているのが見えた。銃把(グリップ)の底でドブネズミを叩き潰しにかかっていた。見ると銃把を握る右手の小指がない。鼠に喰われたのだろうか。あるいは最初からなかったのかもしれないが。
 ――そこに、別のドブネズミが飛びかかり、安久津の喉元を喰い千切った。血の噴水が舞った。それでも安久津は左手で喰い千切られた喉元を押さえつけ、また一匹ドブネズミを叩き潰した。けれど指の隙間から血が溢れ洩れる。パニックに陥った安久津が車外に逃げようとし、それを金髪頭の村尾が止めた。外に出たら死ぬぞ。安久津が村尾を殴った。それでも村尾は安久津を離さない。てめぇひとりで死ぬなら勝手にしろ。けど他人を巻き込むんじゃねえ。安久津の貌は、恐怖と焦燥、そして怒りで歪んでいた。リヴォルヴァーの銃口を村尾に向ける。やめろ、ふざけんな! 村尾が叫んだ。
 安久津が引き金にかける指に力を込めると同時に、安久津の顔にドブネズミが飛びかかった。銃口が数センチ逸れ、銃弾は発射された。村尾の横にいた布川の後頭部が弾け、布川は崩れた。飛び散った布川の脳みそにドブネズミが喰らいついた。
 ―――ここは地獄だ。
 視界が霞み、意識が遠退いていくのを感じつつ、結城は思った。ここは地獄だ。ドロドロの地獄だ。誰も彼もが、この地獄に吞み込まれ、死んでゆくんだ――。
 死の直前というのは、痛みも苦しみも喉元を過ぎたように消え去り、思いのほか穏やかだった。ただただ深い眠りに就くのだという気持ちだ。そしてこの眠りから覚めることはもうないのだ。結城は薄れゆく意識の中で娘の無事を祈った。最後に出来ることはそれだけだった。生きていてくれさえばいい。どうか生き抜いていて欲しい。結城は、自分の意識が闇に吸い込まれていくのを感じながら、娘のことを想い、心のなかで名前を呼んだ。

 江利子――……



<作者のことば>
分量がいつもより若干多めなのですが、ちょうどよく区切れるところが見当たらなかったのでちょっと長いけど載せました。
今回は同行メンバーでは最年長の結城の視点で。黙示録篇では、初めて美琴の視点以外から書いたシーンということになります。

結城の視点で書きつつ、安久津や布川の最期も書くのは今まであまりやったことないことのような気がします。
本当は結城視点とは別に、安久津視点でも書こうと思っていたのですが、ここは同じ流れのなかで一度に書きたいな、と。このように人数のいる状況で、一度に何人も動かすのは書くのにエネルギーを使うのですが(個人的に)、そういうのもやれてなきゃいけなかったんだなぁと今回思いました。
なんていうか、今まではAが動いたあとBが動くみたいな表現だったのが、AとBが同時に何かするという書き方をあまりやれてなかったってことなのですが……伝わるでしょうか。ひとつの流れの中でAとBを動かす、みたいなことなのですが。とりあえず、今までどう書いていたのか自分自身わからないのですが、今までとは違う手応え、言い換えれば書き応えを感じたのは事実です。考えてみればとっっても基礎的なことなのでしょうが、なにぶん基礎力の足らないヒヨッコです。こうやって地道~~に覚えていければ、と思っています。

(語彙や表現の幅もすっごく狭くて、毎度書きながら嫌になるしね……これがなかなかパターン化しちゃって語彙も表現も増えていかないのが情けない……。)


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