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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2014/04/07(月)   CATEGORY: MUKURO・黙示録篇
MUKURO・黙示録篇-2 (滅びゆく街Ⅰ)
 美琴は眠り続けていた。名もない犬の死骸を抱いて、眠り続けていた。すでに3日が経っている。地獄から溢れ出た化け物どもが、人々を――あるいは世界を――蹂躙する世界で、美琴は昏々と眠っていた。化け物相手の犬の敵討ちに、気力も体力も使い果たし、意識は深い海の底を揺蕩(たゆた)い続けた。彼女が化け物に襲われず、3日も眠り続けることができたのは一種の強運というしかない。彼女のあまりに深い眠りは、まるで世界を拒絶するかのように見えた。
 ぐるるるゥ―――
 不穏な唸り声を耳にして、天嶺美琴は顔を上げた。久しぶりの世界の光に一瞬目がくらむ。明るさに慣れてきた目線の先には、黒い影があった。犬だ――、と美琴は思った。が、それはすぐに否定された。
 まず犬の頭が見えた。美琴がほっとすると、その隣にもうひとつ犬の頭が並んでいることに気付いた。そして反対隣には猫の頭。
 美琴はずざりと後ずさった。視線の先にいるモノは、犬の頭と猫の頭を持ち、体躯(からだ)からは人のものに見える腕が生えていた。その生白い腕が、足の代わりに<それ>の体躯を支えている。体毛はまだら模様に色が混じっていて、ところどころ禿げて白い皮膚が覗けていた。腕と同じく、生気のない色だ。
 <それ>は犬と猫、それぞれの口からよだれを垂らしながら、ゆっくりと美琴の方へと近づいてきている。実に醜悪だ、と美琴は思った。動物同士を、粘土を捏ね合わせるようにごちゃ混ぜにしたその姿は、醜悪の一言に尽きた。それは自分を蔑(ないがし)ろにしてきた人間たちと同じ醜悪さだと思った。よく見ると<それ>の腹には、人のものと思える顔がくっついている。これは――自分をゴミのように扱ったあいつらの心をカタチにしたような醜悪さだ。美琴は胸にむかつきを覚え、自分の奥底から激しい怒りを伴った敵意が芽生えるのを感じた。いま自分の目の前にいるのはあいつらそのものじゃないのか? という考えが美琴のなかで膨らんでいき、それは怒りの感情とともに身体中を拡がっていった。血液のように手の指先から足の先と身体の隅々まで巡っていく。全身が怒りで漲(みなぎ)り、深い憎悪と明確な殺意の色が、少女の双眸に浮かんだ。
 少女は、連れ添っていた犬の命を奪ったナイフを握り締め、<それ>に向かって一歩踏み出す。
 死んでも殺す、という、決意。
 その瞳には、暗い感情の炎が揺らめいていた。
 次の瞬間、激しい音の嵐が少女を襲った。いったい何が起きたのかわからなかったが、目の前の<それ>が血しぶきを上げている。美琴はあたりを見回す。――男がいた。男は小銃を構え、銃弾をばら撒いている。放たれた銃弾が<それ>の体躯を抉っていく。さらに別の銃声が聞こえたと思うと、違う男が片手に持った拳銃の銃口を<それ>に向けていた。
 銃口が吠え、肉が弾ける。
 醜悪な<それ>が、降り注ぐ銃弾の雨に倒れた。
 身動きひとつしなくなった。
 <それ>は思いのほか簡単に、死んだ。美琴はどこか拍子抜けしていた。
 それにしてもこの男たちは何者なんだろう? あたしは助けられたの?
「大丈夫か?」
 小銃をぶら下げた男が言った。がっしりとした大男だった。野性味あふれる貌が、猪首に乗っかっている。右の眉尻には傷痕が見える。どこか感情の読み取りにくい表情のせいか、美琴の男の印象は「岩」だった。岩のように強固で、動じず、耐え忍ぶイメージが浮かぶ。
「だいじょうぶ、です」
 美琴は緊張で、ちょっと声が上擦った。目の前にいるのが何者かわからない以上、どう対応したらいいのかわからない。窮地から救ってくれたのだから味方と思っていいのかもしれないが、その武器はどこで手に入れたのだろう。美琴は初めて見る人殺しの道具に、物騒な印象を否めなかった。
「俺の名前は牧 健吾という者だが――きみはひとりなのか?」
 牧は言葉を選んで喋っているようだった。相手が女の子だからかもしれない。無骨な外見に似合わず、どこか繊細さを感じる。美琴は、そんな牧に好印象を抱いた。
 牧の問いかけに美琴は答えていなかったが、その沈黙を牧は肯定と受け取ったようだった。彼はうむ、と頷いて小銃を握り直した。
「俺たちは生存者を捜していたんだ。きみの他にも多くの生存者が残っていて、ここから少し先の町に集まっている。きみも来るといい」
 簡潔な物言いだった。
 生存者という言葉に、ああ、大勢の人間が死んでいるんだな、と美琴は思った。どれだけの人間が死んだのだろう? 死ぬときは苦しかっただろうか。少なくともクラスメイトには苦しんで死んでいてもらいたかった。実際苦しんで死んだだろう――と美琴は思う。
「いいよ。行く」
 美琴は血のついた万能ナイフの刃を制服のスカートで拭った。ナイフを収納してポケットに収める。その様子を見て、牧がすこし眉を顰(ひそ)めた。野蛮な女だと思ったのかもしれない。どうぞご勝手に――と美琴は思う。好きなように思えばいい。
 あたしは生きている。他のやつらは死んだ。それだけだ。地獄の門が開放された今、ナイフを手に取る者だけが生き残る。それだけだ――そう、美琴は思った。

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