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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2014/03/15(土)   CATEGORY: MUKURO・黙示録篇
MUKURO・黙示録篇-1 (少女と犬)

 丘の上に聳える塔は天上を貫きどこまでも伸びているようだった。
 遠くで巨人が闊歩するのが見えた。



  * * *


   M U K U R O


   黙

   示

   録 Apocalypse





 天嶺 美琴(あまね みこと)は滅びゆく街を独り彷徨っていた。人の姿はなく、崩れかけた建物が建ち並ぶ街は間違いなく滅び去ろうとしている。まさしく死の街だった。
 突然の大地震の直後、どこからともなく湧き返った異形のモノが同級生を喰いちぎる姿を見て、美琴は恐れよりもいい気味だ、と思った。捨てられた弁当の恨みだ。自分を無視し、空気のように扱った報いだ。おまえらなんか化け物に喰われて当然だ。ワニのような頭を持つ巨大なムカデに、同級生たちが呑み込まれていく様を見届けると、美琴は窓から飛び降りた。二階分の高さはうまく着地すればケガはしない。美琴は猫のようにしなやかな着地を見せた。足首と地面についた手が多少は痛んだものの、すぐに走り出すことができた。そのまま学校を去った。
 化け物が現れたのは学校だけではなかった。それらは街中を這いずりまわっていた。誰ともわからぬ悲鳴や絶叫が響(こだま)するなか、美琴はアスファルトの上を駆け抜けた。いい気味だ、と思った。助けてくれなかったお前らには当然の報いだ。そしてあたしも助けない。絶対に。
 地獄の門が開き、そこから魑魅魍魎が溢れ出したとしか思えない光景を、美琴は知っている気がした。あたし見たことがある? どこで? 夢で? わからない。もしかして予知夢というやつだろうか。しかし確かにこのヴィジョンを知っていた。いずれこの日が来るだろうことを、どこかで感じていた。理由はわからない。ふと自分は選ばれた人間なのかもしれない、と思った。あるいは自分が地獄の門の錠前に鍵を挿し、すべてを解放したのかもしれなかった。もしそう言われれば素直に信じることができる。――きっとあたしの憎しみが地獄の門を開け放ったんだわ。
 美琴が受けてきたものは、いじめというには過酷すぎた。いじめという表現はあまりにも生易しい。それは地獄だった。教師は見て見ぬふりをした。親も沈黙を守った。助けてくれる人間は皆無だった。お前ら全員、いつか地獄を見せてやりたい――そういう思いがずっとあった。その思いが現実に侵食して、魑魅魍魎となってあいつらを喰い殺した。美琴はそう思った。
 犬の鳴き声がして、美琴は振り返る。瓦礫の陰から、薄汚れた犬がこちらを窺っている。この犬がずっとついてきていたことは知っていた。一度「おいで」と声をかけたものの、差し出した手を危うく噛まれそうになってからは無視している。そんな愛想のない犬なのだが、美琴のことをどこまでもついて回っていた。
 美琴は犬のことなど見なかったことにして先を進んだ。といってもどこか行くあてがあるわけではなく、気の向くままに歩いているだけだ。家に帰るつもりはなかった。家族はきっともう死んでいるだろう。化け物の餌食になっていることだろう。そう決めつけて、家に帰るという選択肢は捨てていた。天涯孤独の身には帰る家などないのだ――そう言い聞かせた。
 犬の気配が後ろをついて回る。無視しているように見えて、美琴は犬が追いつける速度でしか歩かなかった。犬は足を怪我していて速くは歩けない。走るなんてとても出来そうにない。なので美琴は決して走ることなく、早足になることもなく、犬がついて回れる速度(はやさ)でしか歩かなかった。見捨てられることの苦しみを知る美琴は、なんだかんだいっても犬を置いていくことは出来ないのだ。すがるものがないというのは何より苦痛だ。お互い天涯孤独の身なら、弱いもの同士 身を寄せ合ってもいい。
 背中で犬がついてくるのを感じながら、美琴は歩いた。遠くに巨大な塔が見える。あんなもの以前はなかった。塔が聳える丘もまた以前はなかった。あれはなんなのだろう。塔の先端は雲の向こうで見えない。いったいどこまで届くのか。宇宙の果てまで続いていそうな気さえした。
 ぎゃおん! 犬が鳴いた。それは鳴き声というよりも泣き声だった。何があったのかと美琴が振り向くと犬が血だらけになって地面に伏せっていた。後ろ足が2本とも無くなっていて、そこから血が溢れていた。
 犬の陰から、兎ほどのサイズの大きな鼠が顔を出す。鼠の顔には複数の、黒くて円(まる)い眼が並んでいた。尻尾は3本ほど生えていて、気味の悪い突然変異のような印象を受ける。美琴はたじろいだ。
 地面に転がっていた鉄パイプを拾い上げて、化け鼠に向かって構える。恐怖と緊張で汗が肌を伝う。額や背中や腋を幾筋もの汗が流れる。化け鼠が警戒する。お互いに膠着(こうちゃく)状態が続き、時間が止まったかのように錯覚する。美琴は剣道の見よう見まねで、鉄パイプを正眼に構えた。そしてわずかに、じりじりと距離を縮めようとする。化け鼠の点のような眼はどこを見ているのかわからない。美琴の顔なのか、足なのか、鉄パイプか、それとも逃げ道を探しているのか。複数ある眼はそれぞれに違うところを見ている可能性もある。鉄パイプを握る手が汗で滑(ぬめ)る。緊張がピークに達する。一歩間違えば、そこにあるのは死――。美琴は喉元に死神の鎌を突きつけられている気分になる。じりじりと距離を詰める。息ができない。耳元で死神が嗤う。永遠とも思える時間が経った。時間の感覚が麻痺している。化け鼠まで、距離はまだある。美琴は自分の精神がすり減る音を耳にする。じりじりとすり減っている。化け鼠は、この鉄パイプの一撃で死ぬだろうか。疑問が頭をもたげるが、もうあとには引けない。こうなったら覚悟を決めるしかない。
 さらに時間が経過した――ついに限界の距離まで近づいた。これ以上近づけば、この化け鼠は必ず飛びかかってくるだろうという確信があった。この距離は化け鼠の射程距離ギリギリだという確信がある。あと数ミリでも進めば、目の前の化け鼠が驚異的な跳躍を見せ、その鋭い前歯が自分の頸動脈を噛みちぎるイメージが明確にできる。――だが同時に、もうすでにこれだけ近づいていれば、あと一息で、握りしめた鉄パイプを化け鼠の脳天に振り下ろすことができるという確信もあった。あるいは剣道でいうところの「突き」――鉄パイプの先端を化け鼠の体躯(からだ)にねじ込んでもいい。残りの距離を一気に詰めれば、どちらが勝つかわからない。でもあと数ミリでも距離を稼ごうと思えば、そのときは化け鼠にやられてしまうだろう。焦りと恐怖が美琴の覚悟を鈍らせる。
 ――跳んだ。
 持ち前の俊敏さで、美琴が一息に距離を詰める。それに反応して化け鼠も跳ぶ。迅(はや)い。宙を浮く化け鼠は美琴の目の高さまで跳んでいる。思考しては遅い。判断したのは意識ではなく、身体(からだ)だった。脳よりも迅く、身体が反応した。鉄パイプの先端が、化け鼠の喉元にねじ込まれる。化け鼠が吹き飛んだ。
 これが宙を浮いていなかったなら、殺せていただろう。だが跳び上がっていた化け鼠は、大きくダメージを受けつつも死ななかった。宙に浮いていた分、ダメージが拡散していた。
 殺せなかった――という思いが美琴の脳裡をよぎる。頭の中を警鐘が駆け巡る。死。それがイメージされる。己の死が。けれど、化け鼠は反撃することなく、美琴の目の前から去っていった。助かった――安堵とともに崩れ落ちそうになる。それでもどうにか犬に駆け寄った。犬は虫の息だった。後ろ足は2本ともなく、腹には穴が開いていた。とめどなく血が溢れ、もう助かりそうにもない。高校の制服が血と泥で汚れることも気にせず、美琴は犬を抱き上げ膝にのせた。
「いまラクにしてあげるからね」
 美琴は制服のポケットから万能ナイフを取り出して、ナイフの刃を起こした。
 そして――、それで犬の喉を一息でかっ切った。犬は一瞬苦痛にもがこうとするも、すぐに静かになった。
 美琴の両手は、犬の血で真っ赤に染まっていた。


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