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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2008/08/02(土)   CATEGORY: 短篇小説
奇怪探偵・有島奇亜人≪弐≫
 名無 権兵衛がこの有島探偵事務所で働くようになってから一週間が経った。
 しかしいつまで経っても仕事といった仕事はなく、いかに暇を潰して時間を過ごすかを考えるのが仕事といった感じになってしまっていた。この探偵事務所の所長である有島奇亜人は食うか寝るしかない男で、彼も仕事らしい仕事はしていない。一体どういうことなのだと名無は思い続けている。それでも住み込みで毎日三食の食事も賄(まかな)われるので、名無は何も言わずにいた。
 
 突然、雑居ビルの二階に事務所を構える有島探偵事務所のドアが開いた。住み込みで働き出してから一週間しても誰も入ってきたことがないというのに、あの開かずのドアが開き、人が入って来たではないか! 名無はやっとの依頼人にほっと胸を撫で下ろすと同時に、初の探偵の仕事を間近で見ることとなって、少々ばかり胸が高鳴っていた。
「あのう、すみません。有島さんでしょうか?」
 この事務所の勤めて初の来客の問いに名無はつい戸惑ってしまう。
 あたりを見回すと、いつもならそこの薄汚いソファの上に寝そべっているはずの有島の姿が見当たらない。
「いや、違…」
 名無がそう言いかけたところで、事務所の奥の方から有島がにゅっと姿を現した。
「有島は俺ですよ。」
 客人の男は有島の方に目を遣った。
「申し訳ない。あなたが有島さんですか。」
 有島の顔を見てみると、珍しくあの無精髭がなくなっている。来客に合わせて急いで剃ったのだろうか。
「そう、俺が有島奇亜人です。」
 有島の名前は「奇亜人」と書いて「キアト」と読む変わった名前だった。
「そして彼が助手の名無です。」
 まさかのいきなりの自分の紹介にまたしても名無は戸惑ってしまった。
「ナナシさんとは少し変わったお名前ですね。」
「はっはっは。彼は名無 権兵衛というんです。名無しの権兵衛! 笑えるでしょう?」
 そう言って有島は暫(しばら)く笑った。
 名無は、お前が付けた名前だろう! と心の中で文句を言っている。
「さて、俺に何か依頼ですか?」
 有島がそう言うと、そうそうといった感じで男は話し始めた。
「私の名前は安藤良助というんですが、実は最近、いたずらに困ってるんです。」
「いたずらに?」
「ええ。もしかしたら一種のストーカーってやつかも知れません。」
 彼の話によると、安藤は最近になって毎晩のようにある声が聞こえてくるらしい。それが意味のわからないもので、ずっと「いつまで、いつまで。」と繰り返して呟いているのだそうだ。それがあまりに続くので、安藤は夜も眠れずにいるらしい。
「それはどこから?」
 有島は問うた。
「その声がですか? それが部屋どこかから聞こえてきているような気がして。夜に誰かが侵入してるんじゃないかと。以前に人影のようなものが見えたこともあるんです。」
「警察に連絡は?」
「しました。でも警察もよくは動いてくれなくて。」
「そうでしょう。警察とはそういうものです。あれはまったくの無能の集まりだ!」
 有島はそう言い切った。
「さて、じゃあ行くとするか。」
 そう言って有島は出掛ける準備をし始めた。
「行くってどこに?」
 名無がそう問うと、有島は呆(あき)れた顔をして言った。
「どこって、安藤さんのお宅に決まってるじゃないか。」
 ああ、そうか。名無は妙に納得してしまった。そうして自分も出掛ける準備をし始めた。

***

 安藤が住んでいるというアパートはとても古くて、名無の正直な感想は汚らしいといったものだった。
 きっと家賃は相当安いものだろうと推測される。安藤の先導で、有島と名無はアパートの一室――つまりは安藤の部屋――へと入っていく。部屋の中はというと、安藤は片付けるということを知らないのかごちゃごちゃとしていた。元々から狭い部屋のようだが、それがもっと狭くなってしまっている。名無はきっとこの男は独身なのだろうと判断した。
「この臭い。」
 有島がそう言うと安藤が、ああ、といった感じで答えた。
「それはその水槽からなんですよ。飼っていた蜥蜴(とかげ)が死んでしまいまして。」
 それを聞いた名無は部屋の中をよく眺めてみた。ところどころに大小様々な水槽等が置いてあるのが見える。きっとこの男は爬虫類を飼うのが好きなのだろう。
「他の水槽に入っている蛇や井守(いもり)なんかの爬虫類もいくつか死んでいるようですね。」
 飼いはするけれど、育てはしない。そういう人間は少なからずいるものだ。きっとこの安藤という男もその類いの人間なのだろうと名無は思う。そしてそれは当たっているのだろう。
「ひどい臭いだ。この悪臭の中で平気なのか?」
「ええ。もう慣れてしまったのか何とも思いませんねぇ。」
 本当にこの男は。生物の死に対してそう深い理解を示していないのだろう。きっと人が死んだって大して気にしないのだ。
「もういい。これ以上この部屋も調べても無駄だ。名無、行くぞ。」
「行くぞって次はどこに?」
 何だって突然過ぎる有島に、いつだって名無はついていけていなかった。
 それを察して有島は少々の落胆を見せる。
「お前は馬鹿なのか? 事務所に戻るに決まっているだろう。つまりは帰るのだよ。」
 それを聞いて一番ぽかんとしたのは安藤だった。
 彼は自分の依頼したことの捜査はどうなるのかがよくわかっていない。それは名無も同じことなのだが。
「あのう、捜査の方はどうなるのでしょう?」
「えーっと、安藤だったか? あなたは言ったでしょう? そいつは夜に現れるって。夜にまた来ますよ。今夜は張り込みです。」
 その張り込みというやつには自分も含まれるのだろうかと名無は心配をした。
「そうですか。では、是非ともお願い致します。報酬は問題が解決したのちにでも…。」
 安藤のそのせりふを聞いて、有島はムッとした。
「報酬ではなく、依頼料ですが、それはそうですね、明日にでも貰いましょう。」
 有島は「報酬」という表現が嫌いだった。なのでそれをさりげなく訂正した。
 有島いわく、「報酬」というと相手の方が偉い立場にいるように感じてしまうのだ。だから有島はあくまで「依頼料」という言い方をする。依頼ならばこちらの方が上に思える。有島はそういう細かなところで簡単に機嫌を損ねてしまう人間だった。
「明日、ですか?」
「ええ。今日の分のお代を頂こうかと。我々探偵は日雇いのようなものですので。しかし依頼料の話もまだなので、それはまた明日にしましょう。」
「わかりました。今日の分は明日お支払いします。」
 仕方ないといった表情で、安藤は了承した。


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COMMENT

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● 期待しています
ペリット | URL | 2008/08/03(日) 18:50 [EDIT]
1話目から読んでいます。少し変わった探偵がこれから事件とどう関わっていくかが楽しみです。続き、楽しみにしています。

匡介 | URL | 2008/08/04(月) 15:57 [EDIT]
>ペリットさん
本格ミステリーではないんですが、楽しんで頂けたら嬉しいです。
またのお越しをお待ちしてますね。

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