MUKURO・煉獄篇-33 (魔界胎動/淫獣の館ⅩⅢ)
虚脱状態の冴子を連れて宗二郎は出口へと向かった。途中で、売り場にあった衣類をてきとうに見繕って冴子に着せた。その間、まるで着せ替え人形のように、冴子には反応がなかった。その様相(すがた)は魂がどこかへいってしまった、人のかたちをした脱け殻だった。
そんな冴子の手を、宗二郎はぎゅっと握り締めた。初めての感情が宗二郎の中に湧き上がっていた。今まで他人(ひと)と距離を置いてきた宗二郎は、本当の意味で誰かを愛したことはなかったが、ここにきて初めて慈しみの念が、心に芽生えた。護ってやりたい。心の底からそう思った。
「もう誰にもお前を傷つけさせない。――何者からも、絶対に俺が護ってみせる」
湧き上がってきた気持ちを素直に口に出してみた。心を喪ってしまった冴子に反応はない。それでも宗二郎の気持ちは変わらなかった。たとえ時間がかかるとしても、冴子が元に戻るまで待つつもりだった。それまでは自分が護ってみせると自身に誓った。
モールには、あと四人の男が残っているはずだった。廣石と稲毛は死に、丸山の死体も目にした。東條はおそらくもういないだろう。庄司は、降ってきた瓦礫に潰され、動けそうになかった。そうなれば、残るは多田と佐俣、そして梅崎の三人だけになる。
もしこの先現れるとすれば、この三人だ。
この中で梅崎は明らかに敵であった。誰よりも先に冴子を襲い、この混沌を生み出した張本人でもある。残る二人が敵か味方かはわからない。だが、敵だとすれば容赦なく殺す。その心積もりであった。宗二郎にはもう人を殺すという覚悟が出来ていた。生きるために、殺す。宗二郎は、その単純なルールを今では理解している。
そのとき、目の前に誰かが現れ、二人の前に立ち塞がった。
身動きの取れぬはずの庄司克利の姿がそこにあった。
宗二郎は驚いた。庄司が目の前に現れたことだけではない。庄司の姿が、もはや人のものではなくなっていたのである。下半身は獣のように濃い体毛でびっしり覆われている。よく発達した太い脚だった。元々筋肉質な男だったが、別人の躰つきに変わっていた。目の前にいるのは、先刻までの庄司ではない。
庄司の口がぐわっと開き、そこから白く太い触手が三本、うねうねと這い出てきたのが見えた。
――化け物に憑かれたか!
宗二郎は、冴子の手を引いて逆側に走った。真っ向から立ち向かえる相手ではないという判断からの逃走だった。
しかし、二人の前に立ち塞がる影があった。その影は梅崎 博であった。血走らせた両の眼(まなこ)を吊り上がらせ、鬼の形相で宗二郎と冴子を睨みつけている。露出した下半身がグロテスクに怒張していた。
正気を失い、魔に精神を乗っ取られた男の姿がそこにあった。
宗二郎は、手に持つ斧を強く握り締め、身構えた。梅崎が襲ってきたら、渾身の一撃を喰らわせるつもりだった。
だが――、
宗二郎が斧を振りかざしもしないというのに、梅崎の首が宙に飛んだ。
何が起きたのか把握させまいとするように、背後には化け物となった庄司が迫ってきていた。まるで吸盤のない烏賊(いか)の脚のような白い触手が、冴子の腕に絡みつく。宗二郎は斧を振るった。触手が切断されるも、次なる触手が襲いかかった。
シュンッ――
何か風を切る音が、宗二郎の耳元をかすめていった。
血が、舞った。
そんな冴子の手を、宗二郎はぎゅっと握り締めた。初めての感情が宗二郎の中に湧き上がっていた。今まで他人(ひと)と距離を置いてきた宗二郎は、本当の意味で誰かを愛したことはなかったが、ここにきて初めて慈しみの念が、心に芽生えた。護ってやりたい。心の底からそう思った。
「もう誰にもお前を傷つけさせない。――何者からも、絶対に俺が護ってみせる」
湧き上がってきた気持ちを素直に口に出してみた。心を喪ってしまった冴子に反応はない。それでも宗二郎の気持ちは変わらなかった。たとえ時間がかかるとしても、冴子が元に戻るまで待つつもりだった。それまでは自分が護ってみせると自身に誓った。
モールには、あと四人の男が残っているはずだった。廣石と稲毛は死に、丸山の死体も目にした。東條はおそらくもういないだろう。庄司は、降ってきた瓦礫に潰され、動けそうになかった。そうなれば、残るは多田と佐俣、そして梅崎の三人だけになる。
もしこの先現れるとすれば、この三人だ。
この中で梅崎は明らかに敵であった。誰よりも先に冴子を襲い、この混沌を生み出した張本人でもある。残る二人が敵か味方かはわからない。だが、敵だとすれば容赦なく殺す。その心積もりであった。宗二郎にはもう人を殺すという覚悟が出来ていた。生きるために、殺す。宗二郎は、その単純なルールを今では理解している。
そのとき、目の前に誰かが現れ、二人の前に立ち塞がった。
身動きの取れぬはずの庄司克利の姿がそこにあった。
宗二郎は驚いた。庄司が目の前に現れたことだけではない。庄司の姿が、もはや人のものではなくなっていたのである。下半身は獣のように濃い体毛でびっしり覆われている。よく発達した太い脚だった。元々筋肉質な男だったが、別人の躰つきに変わっていた。目の前にいるのは、先刻までの庄司ではない。
庄司の口がぐわっと開き、そこから白く太い触手が三本、うねうねと這い出てきたのが見えた。
――化け物に憑かれたか!
宗二郎は、冴子の手を引いて逆側に走った。真っ向から立ち向かえる相手ではないという判断からの逃走だった。
しかし、二人の前に立ち塞がる影があった。その影は梅崎 博であった。血走らせた両の眼(まなこ)を吊り上がらせ、鬼の形相で宗二郎と冴子を睨みつけている。露出した下半身がグロテスクに怒張していた。
正気を失い、魔に精神を乗っ取られた男の姿がそこにあった。
宗二郎は、手に持つ斧を強く握り締め、身構えた。梅崎が襲ってきたら、渾身の一撃を喰らわせるつもりだった。
だが――、
宗二郎が斧を振りかざしもしないというのに、梅崎の首が宙に飛んだ。
何が起きたのか把握させまいとするように、背後には化け物となった庄司が迫ってきていた。まるで吸盤のない烏賊(いか)の脚のような白い触手が、冴子の腕に絡みつく。宗二郎は斧を振るった。触手が切断されるも、次なる触手が襲いかかった。
シュンッ――
何か風を切る音が、宗二郎の耳元をかすめていった。
血が、舞った。
COMMENT
路線変更は楽しいですけれど、どうやって収拾をつけるかで悩むという苦しみが(^^)
それも醍醐味の一つということはわかってますが(^^)
それも醍醐味の一つということはわかってますが(^^)
●
匡介 | URL | 2012/01/08(日) 17:13 [EDIT]
匡介 | URL | 2012/01/08(日) 17:13 [EDIT]
>ポール・ブリッツさん
そこまで重大な変更ではないので、問題はないです!
それより問題なのは、11月くらいから最初に考えていたのと違うMUKUROのラストを思いつき、どちらにするか悩んでますね。話全体が全然変わっちゃうし(笑)
そこまで重大な変更ではないので、問題はないです!
それより問題なのは、11月くらいから最初に考えていたのと違うMUKUROのラストを思いつき、どちらにするか悩んでますね。話全体が全然変わっちゃうし(笑)
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