業宿しの剣(2)
雨を切り裂いて兇刃が男を襲う。それは脳天に向かって、真っ直ぐ振り下ろされていた。
それを男はするりとかわして、手にしていた刀で賊の腹を両断した。切り口から臓物が零れ落ちる。
他の賊も集まってきた。そのひとりが野太刀をぶらさげて男を睨みつけている。
その場に賊は五人いた。野太刀、直槍、手斧とそれぞれの武器を持っている。どの賊もいかにも荒れくれ者といった面構えである。
雨は勢いを増していた。
槍の穂先が突風のような勢いで男に向かって飛んだ。穂先が男の躰を貫いた――と思った次の瞬間には男の姿は見当たらない。男は跳んでいた。槍を繰り出した賊の肩を使って、高く宙を舞い、そのまま着地と同時に賊をひとり切り裂いた。
横薙ぎに野太刀が振るわれた。
勢いも速さもあったが、男はそれもかわした。男の刀が一閃する。男を襲った野太刀は地に落ちた。それを握った腕も一緒に転がった。
鮮血が舞う。雨に混じって降り注いだ。
恐るべき速さでさらに二、三人を斬り伏せる。誰もが男の剣速には追いつけなかった。
「素晴らしいッ!」
そう発したのは賊のひとりで長髪の男だ。肌は雪のように白い。端整な顔立ちだった。
「お前さん、なかなかの強さじゃねえか。どうだ、ウチに入らないか? お前さんほどの腕があれば、どこの村でだって好き勝手ができるぜ?」
男はいかにも興味なさげな表情(かお)をするだけで、何も答えはしない。
「どうも仲間になるつもりはないようだなぁ。――まぁ それはそれでいいんだ。なに、他の楽しみが増えただけさ」長髪の男はゾッとするほど冷たい視線を投げかける。「お前さんを斬る楽しみ、がな」
「――斬れればいいがな」
「ほう、言うねえ。俺様の名は鬼童丸。冥土の土産に覚えておけ!」
鬼童丸と名乗った男が地面を蹴った次の瞬間、一気に跳んで間合いを詰めていた。風のような疾(はや)さである。
それに対して男の動きも機敏だった。落ちていた直槍を手に取り、思いっきり投げた。男の背筋が一瞬隆起した。強靭な筋肉だ。
鬼童丸は自分に向かって飛んできた槍を軽々と避けた。腰から野太刀を引き抜いて、男に向かって刃を放つ。
男は鬼童丸の一撃を刀で受け止めた。そして雨で泥濘(ぬか)るんだ地面の土を足で蹴り上げた。泥が鬼童丸に降りかかったが、防がれて顔にはかかっていない。
野太刀が再び男を襲う。今度は連撃で、手を休まずに次々と刃が飛ぶ。男はすべての斬撃を防いでいたが、防一戦になってしまっていた。
後ろに跳んだ。一間(2メートル弱)ほど一気に離れることで体勢を整えようとしたが、鬼童丸も一息でその間合いと詰めてくる。
鬼童丸の野太刀から斬撃が放たれる。男は受けずにさらに後退して、それをかわした。
そのとき、鬼童丸の袖の下から何かが飛び出した。――縄鏢(じょうびょう)だ。手投げに刃に縄を繋げたものである。それが一直線に男に飛んだ。
「破ッッ!!」
轟くような気合いの一声を発したあと、男は電光石火の動きで大地を蹴った。鏢が男の躰に食い込む。――が、それでも男の勢いは衰えない。
刀が一直線に飛んだ。
鬼童丸がそれを野太刀で叩き落しにかかった。――同時に男が鬼童丸の懐(ふところ)に潜り込み、突き上げるように掌底を放った。掌底は鬼童丸の顎を捉える。強い衝撃が鬼童丸を襲った。意思に関係なく力が抜けていく。
それでも崩れ落ちるのだけは堪えた。両脚が震えている。
力の入らない脚で後方に跳んで距離をつくった。
「やるじゃねえか。俺をここまで追い詰めるとは、予想以上だぜ」
鬼童丸の眼(まなこ)は血走っている。怒り心頭といった具合だ。
「お前、人ではないな」と男が云った。
「なぜだ」
「お前の背後に人とは違う気が渦巻いている」
「ほう――その頸(くび)の創痕(きず)。お前さん、もしや咎背負いか」
男は何も云わない。
「せめて名前でも教えてくれよ。この鬼童丸、相手の名も知らぬまま引き下がれはしねえ」
「――新三(しんぞう)」
ニヤリと笑ったあと、鬼童丸はふわりと浮かぶように跳躍して馬に乗った。
「新三か、覚えておく。また改めてお目にかかるのを楽しみにしてるぜ」
鬼童丸は号令をかけて馬を走らせた。仲間の賊も引き上げていく。
血にまみれた新三はそんな鬼童丸たちの姿を見詰めていた。
気付けば、雨は上がっていた。
それを男はするりとかわして、手にしていた刀で賊の腹を両断した。切り口から臓物が零れ落ちる。
他の賊も集まってきた。そのひとりが野太刀をぶらさげて男を睨みつけている。
その場に賊は五人いた。野太刀、直槍、手斧とそれぞれの武器を持っている。どの賊もいかにも荒れくれ者といった面構えである。
雨は勢いを増していた。
槍の穂先が突風のような勢いで男に向かって飛んだ。穂先が男の躰を貫いた――と思った次の瞬間には男の姿は見当たらない。男は跳んでいた。槍を繰り出した賊の肩を使って、高く宙を舞い、そのまま着地と同時に賊をひとり切り裂いた。
横薙ぎに野太刀が振るわれた。
勢いも速さもあったが、男はそれもかわした。男の刀が一閃する。男を襲った野太刀は地に落ちた。それを握った腕も一緒に転がった。
鮮血が舞う。雨に混じって降り注いだ。
恐るべき速さでさらに二、三人を斬り伏せる。誰もが男の剣速には追いつけなかった。
「素晴らしいッ!」
そう発したのは賊のひとりで長髪の男だ。肌は雪のように白い。端整な顔立ちだった。
「お前さん、なかなかの強さじゃねえか。どうだ、ウチに入らないか? お前さんほどの腕があれば、どこの村でだって好き勝手ができるぜ?」
男はいかにも興味なさげな表情(かお)をするだけで、何も答えはしない。
「どうも仲間になるつもりはないようだなぁ。――まぁ それはそれでいいんだ。なに、他の楽しみが増えただけさ」長髪の男はゾッとするほど冷たい視線を投げかける。「お前さんを斬る楽しみ、がな」
「――斬れればいいがな」
「ほう、言うねえ。俺様の名は鬼童丸。冥土の土産に覚えておけ!」
鬼童丸と名乗った男が地面を蹴った次の瞬間、一気に跳んで間合いを詰めていた。風のような疾(はや)さである。
それに対して男の動きも機敏だった。落ちていた直槍を手に取り、思いっきり投げた。男の背筋が一瞬隆起した。強靭な筋肉だ。
鬼童丸は自分に向かって飛んできた槍を軽々と避けた。腰から野太刀を引き抜いて、男に向かって刃を放つ。
男は鬼童丸の一撃を刀で受け止めた。そして雨で泥濘(ぬか)るんだ地面の土を足で蹴り上げた。泥が鬼童丸に降りかかったが、防がれて顔にはかかっていない。
野太刀が再び男を襲う。今度は連撃で、手を休まずに次々と刃が飛ぶ。男はすべての斬撃を防いでいたが、防一戦になってしまっていた。
後ろに跳んだ。一間(2メートル弱)ほど一気に離れることで体勢を整えようとしたが、鬼童丸も一息でその間合いと詰めてくる。
鬼童丸の野太刀から斬撃が放たれる。男は受けずにさらに後退して、それをかわした。
そのとき、鬼童丸の袖の下から何かが飛び出した。――縄鏢(じょうびょう)だ。手投げに刃に縄を繋げたものである。それが一直線に男に飛んだ。
「破ッッ!!」
轟くような気合いの一声を発したあと、男は電光石火の動きで大地を蹴った。鏢が男の躰に食い込む。――が、それでも男の勢いは衰えない。
刀が一直線に飛んだ。
鬼童丸がそれを野太刀で叩き落しにかかった。――同時に男が鬼童丸の懐(ふところ)に潜り込み、突き上げるように掌底を放った。掌底は鬼童丸の顎を捉える。強い衝撃が鬼童丸を襲った。意思に関係なく力が抜けていく。
それでも崩れ落ちるのだけは堪えた。両脚が震えている。
力の入らない脚で後方に跳んで距離をつくった。
「やるじゃねえか。俺をここまで追い詰めるとは、予想以上だぜ」
鬼童丸の眼(まなこ)は血走っている。怒り心頭といった具合だ。
「お前、人ではないな」と男が云った。
「なぜだ」
「お前の背後に人とは違う気が渦巻いている」
「ほう――その頸(くび)の創痕(きず)。お前さん、もしや咎背負いか」
男は何も云わない。
「せめて名前でも教えてくれよ。この鬼童丸、相手の名も知らぬまま引き下がれはしねえ」
「――新三(しんぞう)」
ニヤリと笑ったあと、鬼童丸はふわりと浮かぶように跳躍して馬に乗った。
「新三か、覚えておく。また改めてお目にかかるのを楽しみにしてるぜ」
鬼童丸は号令をかけて馬を走らせた。仲間の賊も引き上げていく。
血にまみれた新三はそんな鬼童丸たちの姿を見詰めていた。
気付けば、雨は上がっていた。
COMMENT
山本貴嗣先生の「セイバーキャッツ」好きでしょ(と勝手に決め付ける(笑))
アクションシーンの迫力ある描写は、いつ見てもうまいですね~。わたしちょっとそこらへんを書くのが苦手で。
新三、ですか……では姓は服部(違います)
アクションシーンの迫力ある描写は、いつ見てもうまいですね~。わたしちょっとそこらへんを書くのが苦手で。
新三、ですか……では姓は服部(違います)
●
匡介 | URL | 2011/06/28(火) 17:53 [EDIT]
匡介 | URL | 2011/06/28(火) 17:53 [EDIT]
>ポール・ブリッツさん
あー「セイバーキャッツ」ですかー……すみません、わからないです(笑)
動きのある描写は比較的書くのラクなんですけど、それ以外が苦手で、なんか致命的です。。(苦笑)
前はそうでもなかった気がするのですが、いつからかアクションの描写に力を入れ出してからは、そういう文章の方が書きやすくなってしまいました。
ちなみに、αもそうなんですが、このβは別々に使おうと思っていたいくつかのアイデアを混ぜた内容にしていて、どの要素をどれくらいの割合にしていくか探り探りという感じです。
なので世界観がまだフワフワしている状態(汗)
あ、新三に姓はないです(笑)
名前といえば、最初はカタカナ表記にしようかとも思っていたんですが、そのうち漢字使いたくなりそうだな~って思い漢字にしました。和っぽい名前だけど、カタカナっていうのは過去にやっていて、若干その流れを汲もうと思ったところ、早速挫折(笑) でも、その作品の設定で出すことの出来なかった部分をこちらに盛り込みました。……まぁ そのあたりは追々出していければいいと思っています。
あー「セイバーキャッツ」ですかー……すみません、わからないです(笑)
動きのある描写は比較的書くのラクなんですけど、それ以外が苦手で、なんか致命的です。。(苦笑)
前はそうでもなかった気がするのですが、いつからかアクションの描写に力を入れ出してからは、そういう文章の方が書きやすくなってしまいました。
ちなみに、αもそうなんですが、このβは別々に使おうと思っていたいくつかのアイデアを混ぜた内容にしていて、どの要素をどれくらいの割合にしていくか探り探りという感じです。
なので世界観がまだフワフワしている状態(汗)
あ、新三に姓はないです(笑)
名前といえば、最初はカタカナ表記にしようかとも思っていたんですが、そのうち漢字使いたくなりそうだな~って思い漢字にしました。和っぽい名前だけど、カタカナっていうのは過去にやっていて、若干その流れを汲もうと思ったところ、早速挫折(笑) でも、その作品の設定で出すことの出来なかった部分をこちらに盛り込みました。……まぁ そのあたりは追々出していければいいと思っています。
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