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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
【完全版】MUKURO・煉獄篇‐4 (邂逅)
 見知らぬ男が包丁を振り上げたとき、亮太郎は死を覚悟して目を瞑った。
 怖かった。不思議なことだが、このときばかりはあの化け物たちより目の前の男の方が断然に怖いと思った。たったひとりの人間が怖くて仕方ない。化け物相手に生き延びてきたというのに、ここにきて最も死を意識したというのは実に不可思議なことだと無意識に思っていた。
 カラン。何かの音が耳に届いた。亮太郎は恐るおそる目を開けてみると、もはや男の手には包丁はなく、見たことのない男に取り押さえられている姿がそこにはあった。抵抗しようと足掻く男を軽々抑え込み、包丁男は腕を背中の方へと捻り上げられ痛みに悲鳴をあげた。
「大丈夫か?」
 助けてくれた男の声に、亮太郎が小さく「うん」と答える。
「ちょっと待ってろ」
 男は包丁男を押さえつつ自分のベルトを外して、包丁男の腕をベルトで拘束する。「おとなしくしてろ」
「君、ひとり?」包丁男を地面に放ったまま、男が立ち上がり尋ねた。「うん」
「そっか。家は?」
 家のことは思い出したくなかった。あの化け物のことを思い出してしまう。それだけで全身に鳥肌が立ちそうだった。
「――俺の名前は野坂 永一。君の名前は?」
 なかなか返事をしない亮太郎に対して、男は何かあることを察して自己紹介をし、亮太郎にもそれを求めた。
「葛原、亮太郎……」
「亮太郎君か。とりあえず安全なところに行けるまで一緒に居ようか」
 その安全なところはどこなのか、そもそも安全なところなどあるのか――と心中で野坂は思いつつ。
「俺をなんとかしろォオオ!!」
 包丁男は唾を吐き散らしながら喚き、堪らないといった感じで野坂は男を無理やり立たせた。「行け」
「……は?」
「行けよ。どっか好きなところに」
 本来なら警察に突き出してやりたいところなのだが、今この異常な状況で警察が正しく機能しているとは思えない。野坂は仕方なく、男を自由にする道を選んだ。
「じゃあこのベルトを外せよ!」
「それは自分でなんとかしろ。それを外した途端にまた襲いかかられちゃ堪らないからな」
 そうして男はギャアギャアと喚き散らしながら、最後に捨て台詞のようなものを吐いて、両腕をベルトで拘束されながら走り去っていった。
残ったのは血の付いた包丁と女性の死体。
 それに対してどうしてやることもできないので、せめてもと思い野坂は持っていたハンカチを女性の顔にかけてやった。それしか今の彼に出来ることはなく、そのことが彼には悔しい。
「行こう」
 野坂が亮太郎に手を差し伸べる。
 亮太郎は、恐るおそるその手を掴んだ。
 それでも、野坂の手は温かく亮太郎のことを受け入れてくれた。
 二人は行くあてもわからないまま歩き出した。

 ***

 彼がまず思ったのは“法律は死んだ”ということだった。
 街には見るも奇怪な化け物が横行し、人々が残虐無惨にも殺されていく。それを止めるような力は人間にはなく、秩序(ルール)はもはや喪失(うしな)われたも同然であった。
 化け物が通ったあとの破壊された場所で、彼は見知った顔を見つけた。中肉中背のその男は、化け物に襲われたものの命は助かったのか、傷を負いながらも地面を這っていた。
 いい気味だ、と彼は思った。
 男は彼の存在に気付き、助けを求めた。彼はゆっくりと近付き、男を見下ろした。
彼には男を助けようという気は毛頭ない。――今度は俺が見下してやる。
 男は脚を怪我しているようだったが、それ以外のどこかにも傷を負っているのだろう。それを想像するのは難しくないほど、血に塗(まみ)れている。
 ――どうせ放っておいても死ぬだろうが。
 彼は足元に落ちていた瓦礫を拾い、にやりと嗤った。
 それを見て、男は戦慄した。
 何かを言おうとしたのだろう、男が大きく口を開き声を発しようとしたその瞬間に、瓦礫が男の頭に落ちた。
 確かな感触を彼の手にあった。今の一撃が確実に男を殺したであろうことは確かめる必要もないほどに明白だ。
 男の頭蓋骨は陥没して、血と脳漿が持ち上げた瓦礫から滴った。
 人を殺した、ということに対する感覚はあまりにも薄く、彼には無感動であった。意外にもあっけない。罪の意識もなければ、殺してやったという満足の念もない。それは、そこらの虫けらを踏み潰すのと変わらぬ行為に思えた。 

 ***

 今村 冴子は逃げていた。突然現れた化け物の群れにより世の秩序が乱れ、生き残りの人間の中にどうせ死ぬならと自らの欲望を満たそうとする輩が多く現れ始め、冴子を追っている若い三人組もそういう人間たちだった。
 若い男の淫らな欲望の矛先は、偶然にも冴子に向いた。たまたま視界に入ったただそれだけの理由。このときばかりは運が悪く、冴子の器量の良い容姿が仇(あだ)となった。男の欲望の捌け口にはもってこいの女性だ。もちろん獲物を探していた男たちはそんな冴子を見て、すぐさま狩り(ハント)を始めた。ニヤニヤと駆け寄る男たち。その表情(かお)には明らかに欲情し、女の躰を求める肉欲の奴隷のものであった。
 それを察した冴子は一瞬の判断のあと、一目散に走り出した。
 走るにはヒールが邪魔だ。彼女は途中でハイヒールを脱ぎ捨て、裸足で走った。小石が足の裏に食い込むのも気にしない。恐怖が痛みを忘れさせていた。
 そして、角を曲がったところで視界に入った小さな本屋。あるいは古書店だろうか。古ぼけた看板には「萬紅堂」とある。後方に男たちの姿が見えないことを確認して冴子は店の扉を開け、中に飛び込んだ。
 店内は静まり返っている。
薄暗く、間隔の狭い本棚の間を縫うように進んだ。本棚には「自由」「螺旋の棘」「Erus Menel」「ホルンの契約」など、彼女の知らないタイトルが並んでいたが、そもそも冴子は本をあまり読まない。
 ――そこで初めて人の気配に気付き、冴子の全身に緊張が奔った。
 その男は無造作に伸ばした黒髪の間から、鋭い双眸を冴子に向けている。「あんた、誰?」
「あ……え……」
 そのとき冴子の心には物凄い勢いで恐怖が拡がっていた。先ほどの男たちのことが思い出される。目の前にいる男も、あの男たちと同類だったらどうしよう?
「まぁ、誰でもいいけど」
 男は興味なさげに手元の本に視線を落とす。どうやら漫画のようだ。表紙には「shrieker」とあった。
「どうでもいいけどさ、血ィ出てるぜ。足」
 男の言葉で冴子の痛覚はやっと正しく機能した。不思議なことに、一度意識してしまうとひどく足が痛んだ。滲んだ血が、かすれた足跡を残していた。
「……あ、あなたは、何をしているの?」
「見りゃわかるだろ。読書」
 男が数冊の本を放り投げた。それが冴子の足元に落ちる。本のタイトルは「爆音デイズ」「水辺の女」「魔人狩り」などだ。冴子には意味がわからない。「……なに?」
「読み終わったやつ。どれも大したことない同じ作家のやつだけど」男は持っていた漫画を横に置いた。「それで、どうしてここに?」
 そのとき、店の扉が乱暴に開けられて若い男の三人組が侵入してきた。
 あまりの恐怖に冴子は声も出ない。ガクガクと脚が震えた。
 男はそれまで腰掛けていたレジカウンターから降りて、床に落ちていた本を拾い、侵入してきた三人組の内のひとりの顔に本を当てた。本を当てられた男は一瞬ぽかんとしていたが、次の瞬間には床を舐めていた。男が本越しに思いっきり殴ったのだ。
 男の動きはスムーズで一切の無駄がなかった。そのままもう一人の腹部も殴った。殴られた男は内臓が押し潰されるような痛みに立っていられず、その場にしゃがみ込んだ。
 残る一人は完全に怯(ひる)んでいた。仲間の二人があっという間に打ちのめされてしまったのだ。――だが、彼の予想とは裏腹に男は店の奥のカウンターに戻っていく。安堵の気持ちがフッと心に拡がった。
 しかし、それも少しの間だけであった。
 男がレジカウンターの向こう側から取り出したのは、斧だ。それを片手で持って、刃の方を引きずりながら残る一人に近付いていく。
「死にたくなかったら、どっか行け」
 言われるより先に、男は店の外に逃げていた。残された二人も、慌てふためきながら逃げようとする。腹部を殴られた男は半ば這いながらの逃走だ。
「……ありがとう」
 冴子は素直に男に礼を言った。
「見るからに不快な連中が入ってきたから追い払っただけだ」
「その、あなた名前は?」
「自分も名乗らねえのに、人に名前を訊くのかあんた」
「……ごめんなさい。私は今村冴子っていうの」
 男は持っていた斧を本棚に立てかけてから、言った。
「黒川 宗二郎」
 それが男の名前だった。

 
 逃げた三人組は店を飛び出すと巨大な白い塊を目撃した。人ほどある大きさの白玉のようにも見えた。
「なんだ、これ……?」
 男のひとりが近付いてみると巨大な白い塊は、静かに動いていた。まるで呼吸をしているかのように、わずかに全体が上下している。
「おい、近付かねえ方がいいんじゃねえか?」
 仲間の男がそう言ったとき、その塊は蠕動(ぜんどう)しながら動き出し、近付いていた男に襲い掛かった。男は白い塊の下敷きになって、身動きが出来ない。塊は柔らかく、弾力があり、ゆっくりと男のことを呑み込んでゆく。
「逃げよう!」
 残る二人はすぐさまそう決めて、走り出そうとする。
 ――が、気付けばあたりには何十という白い塊が群がっており、二人は完全に包囲されていた。
 白い塊はゆっくりと這いながら男たちに近付いていく。男のひとりが悲鳴を上げた。


 冴子と宗二郎は男の絶叫を聞いて、何事かと店の外に目を向けた。
 店の前には何十という巨大な白い塊が並んでいて、そのうちのひとつが男に乗りかかり、全体で包み込むように男を呑み込んでいく様が見えた。
 蠕動し、這って進む白い塊のその姿に宗二郎はまるで巨大な蛆虫のようだと思った。
 宗二郎は再び斧を手に取り、冴子に見遣って言った。「俺はここを出るけど、あんたはどうする?」
 一緒に行くというのが冴子の答えだった。独りでいるにはあまりにも心細い。
「その足で走れるか?」
「たぶん、大丈夫」
「そうか」
 店のすぐ前にいた蛆虫にも似た白い塊の表面がボコボコと変化を始めた。次第に形がはっきりしてきて、塊から顔のようなものが出てきていることに冴子は気が付いた。
 そして、腕のようなものも白い表皮を突き抜けるかのように現れ始める。
「なんだ、ありゃ……」
 あまりの不気味さに、宗二郎は息を呑んだ。が、意を決して店の外に飛び出る。そして店の前にいた変化中の塊に斧を振り下ろした。もう一度、振り下ろす。斧が白い塊を切り裂いて、それは二つに分かれた。
 しかし変化は止まらない。
 白い塊はついに人の形になった。白く、つるりとした表皮を除けば形は人間である。分断されたもう片方も同じように人の形に変化した。
 白い塊だったもの――ヒューマノイド・イミテーターは這う格好で宗二郎の方を向いた(といっても顔はのっぺらぼうのようだったので、目は存在していない)。
 宗二郎の斧がイミテーターの頭を吹き飛ばす。
「走るぞ!」
 そう言って、宗二郎は駆け出した。冴子もそれに追従する。
 もう片方のイミテーターはその場にいた男――宗二郎に腹を殴られた男だ――に飛び掛り、両の腕で男の首を捻る。骨が折れる音がして、男はぐったりと身を崩した。



<作者のことば>
【完全版】MUKURO・煉獄篇の4話をお届けしました。
今回、普通にミスを見つけたのでその箇所を訂正しておきました。あと今回も一部修正しました。

これで既に掲載した分の煉獄篇(1~13話)を加筆修正した【完全版】が完成です。
今後は以前のような1話の分量でこの続きを展開していきたいと思いますので、ご了承くださいませ。

この時点では煉獄篇はまだまだ始まりに過ぎません。
最後までお付き合い頂けましたら、これ以上なく嬉しいです。

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COMMENT

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ポール・ブリッツ | URL | 2011/06/07(火) 18:04 [EDIT]
おお、とにかくブログ復活おめでとうございます!

正直、ブログがパスワード制になってしまったときは、どうなることかと思いました。

再生ですね! うれしいです!

おたがいたくましく書き、生きましょう!

匡介 | URL | 2011/06/07(火) 23:48 [EDIT]
>ポール・ブリッツさん

余裕の復活です。。(笑)

パス設けたのは次回更新が未定だったのとちょっとブログ内を整理してたからです。
一応わかるようにしてたつもりですが(カウンター回ってましたし)、更新未定アピールの意味を込めてパス設けてました。後半は地味にメッセージを毎日変えて再開日までカウントダウンしてみたり(笑)

再開に向けて少しだけ準備したんですけど、またすぐに更新ペースは落ちそうです。

まぁ スローペースでやっていきたいと思います~。
陰からでも応援してやってあげてください(笑)

ただ相変わらず、長く書き続けられる気はしていないんですけど(苦笑)

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