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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
【完全版】MUKURO・煉獄篇‐3 (急襲)
 昼休み中に突然校舎を襲った揺れはそれほど大きくないまでも、しばらくの間続いた。担任教師の指示で、机の下にもぐった雄大は隣の机の下で怯えた表情の千紘に「大丈夫だって」と声をかけてやった。しかし千紘はこくんと頷くだけで、相変らず怯えているように見えた。
 地震が収まって、スピーカーから校内放送が聞こえてきた。雄大は机の下から這い出し、千紘に手を差し伸べる。「ほら、大丈夫だったろ?」
 担任教師が全員の無事を確認するため皆に呼びかける声がした。
 ――そのときだった。校内の空気が一斉に震えるほどの悲鳴が響いたのは。
 スピーカーから音割れしながら発せられる叫びに、一同が唖然として、誰もが凍りついて身動きが出来なくなっていた。何が起こったのかわからない。全員がそういう表情(かお)を浮かべていた。
「みんな、とりあえず落ち着いて!」
 担任教師が冷静を促そうとするが、誰より彼女が事態を把握できずに混乱しているように見える。
「雄大……、一体なにがどうなってるの?」
 心細そうに、千紘が呟く。
「おれにもわからねーよ……」
 そして、再び悲鳴が響(こだま)した。しかし今度はもっと近くで、だ。
 すると隣の教室から阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえてきて、教室内が騒がしくなった。さすがの雄大も怖気づく。千紘は無意識に雄大の手を強く握り締めていた。
 それは突然だった。教室のドアは吹き飛び、ぬっと現れる巨大な影。人の何倍もあろうサイズのカマキリだ。あまりに非現実な光景に、誰もが反応できなかった。そして前脚(カマ)の一薙ぎ。雄大と千紘の視界が赤く染まった。教室中が鮮やかな赤に染まった。
 噴き荒れる鮮血。首を喪失(うしな)い、胴より上を喪失い、夥(おびただ)しい血を溢れさせている躰。かつて人だったモノ。その肉塊がそこにはあった。たった一薙ぎによって、いくつもの命があっさりと絶たれ、教室は地獄絵図の様相と化す。
 千紘の悲鳴が教室に響き渡った。

 ***

 巨大なカマキリが教室に侵入によって世界が暗転、雄大のかつての日常は崩壊した。そして現れたのは阿鼻叫喚の地獄絵図。血に塗れ、肉塊が積まれた教室だった。
 千紘が悲鳴をあげ、その場にしゃがみ込むのを見て、雄大はハッと正気を取り戻す。体験したことのない恐怖が躰に貼りついて離れないが、それでもこの場を逃げなければ!という気持ちがどこからかふっと湧いてきたのだ。
雄大は千紘の腕を掴んで走り出した。
「痛い」という言葉が思わず口から漏れたが、千紘もこの教室から逃げなければならないことはわかっていた。だから、強気に行動を起こした雄大について走る。涙が頬を伝ったが、自分で気付かないふりをした。今は泣いている場合ではない。悲しみに暮れている場合でも、恐怖に慄(おのの)いている場合でもないのだ。そう自分に言い聞かせて、走った。大人でも恐怖に立ち竦(すく)むであろう場面を二人は強く生きようと全身全霊で駆け出した。
 巨大カマキリが現れたのとは別のドアから教室を抜け、廊下を突き進む。むっと押し寄せる血臭に二人は耐えた。廊下にも、多くの死体が、その肉片が散らばっていた。
 階段がもうすぐというときに、目の前の教室から壁をぶちやぶってまたも巨大な化け物が現れた。見た目は蜘蛛だ。だが、表面は甲殻類のそれに似ている。蟹のように硬く、刺々しい表皮。色は黒い。それでも八つの眼と独特の牙がある口元は蜘蛛そっくりだった。
 巨体を持つその蜘蛛――ブラックシェルスパイダーはその大きすぎる躰ゆえ、身動きが取りづらそうである。硬い表皮で壁を削りながら動いていた。そのことに気付いた雄大は、もしかすれば潜(くぐ)り抜けれるのでは? という気持ちが湧いた。
 ブラックシェルスパイダーの脚は長く、床と腹部の間に人が通り抜けられる程度には空間ができている。もし失敗すれば待つのはおそらく死だが、後方からはあのカマキリがいつ追ってくるかもわからない。「……千紘、行けるか?」
「――え?」
「あの化け物の下を潜って向こう側に行けば、あとは階段を下りれば逃げられると思う。あの化け物の大きさだときっとすぐには追って来れない。逃げるとしたら、こいつを潜り抜けて逃げるしかないって!」
「……わたし、できないよ」雄大が大声をあげた。「できなくったってやらなきゃ!」
「でも、でも……」
 千紘の両目からぶわっと涙が溢れ、嗚咽を漏らしながら頬を濡らした。
 ブラックシェルスパイダーは、ゆっくりだが二人の方へと迫ってきている。
「千紘!! 今行かなくちゃおれたち死ぬんだぞ!!」
 ポタッ。そのとき床に落ちた一滴の涙は千紘のものではなく、雄大のものだった。
「おれだって怖えよ。でも、二人とも行かなきゃ死んじゃうんだぞ……」
雄大の手にギュッと締め付けられる感覚があった。「ごめん」
「……行こう」
 二人はお互いに頷いて、同時に走り出した。ブラックシェルスパイダーの脚が二人に襲い掛かるが、それは間一髪のところで逸れ、二人は走り続けた。ブラックシェルスパイダーの口から紫色の液体が放たれ、壁や床にかかる。ジュッという音と異臭。廊下の一部が溶けていた。
だが、二人は走り続ける。何も見ない。ただ走ることだけに専念する。
 ブラックシェルスパイダーを潜り抜けて、二人は階段を下り始めた。ここは三階だ。いち早く一階に辿り着きたいという思いが二人を焦らせる。
「あっ」
 階段に躓き、雄大が全身を打ちつけながら転げ落ちる。慌てて千紘が駆け寄った。
「だっ 大丈夫?」
「……うん、なんとか」
 上の階から破砕音が聴こえてくる。おそらくブラックシェルスパイダーが校舎の壁や天井を壊しながら追ってきているのだろう。
「早く、立って」
「いてて……」
 苦痛に顔を歪ませながら雄大は立ち上がり、残る階段を下り始める。そっと千紘は肩を貸してあげた。
「おい、大丈夫か!」
 二人に声かけてきたのは、教師の斎藤だった。「斎藤先生!」
「怪我はないか?」
「あの、雄大君が……」
「どうした? 見せてみろ」
 そう言って斎藤が雄大に駆け寄り、手を伸ばしてきた――そのとき、斎藤はトンと軽い衝撃を躰に覚えた。彼は一瞬なにが起きたのかわからなかった。だが、千紘には明瞭(はっきり)と見えていた――斎藤の胸を貫くそれが。
 斎藤が自分の胸を見下ろすと、何かが生えている。自分のものではない。これはなんだ、と彼は思う。そして血が溢れていることに気付き、次の瞬間には視界が揺らめいた。全身に力が入らなくなり、体重を支えきれなくなった両脚からカクンと崩れ落ち床に倒れる。
 斎藤の胸を突き刺したのは、またもや蟲の化け物だ。
 それはムカデのように長い躰をしていて、数え切れないほどの脚を持っていた。他の化け物同様にサイズは規格外に大きい。そして頭と尾の区別がつかなかった。どちらも鋭い針のような形になっている。ニードルヘッズバグは斎藤の躰から針の頭――あるいは尾だが――を引き抜いて、ゾゾゾと幾本もの脚を蠢かせた。
「雄大! 逃げなきゃ!」
 千紘が雄大を支えて、走ることを促した。雄大もそれに応えるように足を踏み出すが躰の節々が痛む。「――くっ」
 トンッとニードルヘッズバグの鋭利な針が倒れていた斎藤の頭を貫いた。斎藤の頭に大きな穴が簡単に穿たれ、ぴくりとも動かなくなった。人ひとりがいとも容易く絶命する現実する非情さに、千紘の涙腺がまた反応する。――が、彼女は泣かない。泣いている暇はない。斎藤の次に狙われるのは自分たちなのだから。
 ニードルヘッズバグが俊敏な動きで二人に襲いかかろうとしたそのとき、突然廊下の天井が崩れ落ち、その瓦礫がニードルヘッズバグの上に降りかかった。思わぬ展開に千紘と雄大は驚いた。瓦礫の破片が二人にも飛んできたが、幸い怪我という怪我には至っていない。だが、それ以上に問題だったのは瓦礫とともに落ちてきた巨大な蟹蜘蛛――ブラックシェルスパイダーの姿である。
 落ちてきた衝撃でかブラックシェルスパイダーはまだ動き出してはいない。千紘と雄大は再び走り出した。行く先にあるのは、学校の体育館だった。



【完全版】4話は完全に雄大と千紘パートになりました。
8~10話の3話分でしたが、元の9と10のところは区切らずそのまま繋げました。

今回も少しだけ手入れしてます。 たぶん以前のものより良くなっているんじゃないでしょうか?
(ちなみに【完全版】1収録分のみ元のものも修正してますが、2からは【完全版】のみの修正となっていて、内容に変化はないとして若干印象が違うものになっているかと思います。)

しかし自分でも改めて読むと面白いです。いろいろ発見があって、見直すことで勉強になりますね。

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