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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2011/01/27(木)   CATEGORY: MUKURO・煉獄篇
MUKURO・煉獄篇‐12 (遭遇Ⅰ)
 彼がまず思ったのは法律は死んだ、ということだった。
 街には見るも奇怪な化け物が横行し、人々が残虐無惨にも殺されていく。それを止めるような力は人間にはなく、秩序(ルール)はもはや喪失(うしな)われたも同然だった。
 化け物が通ったあとの破壊された場所で、彼は見知った顔を見つけた。中肉中背のその男は、化け物に襲われたものの命は助かったのか、傷を負いながらも地面を這っていた。
 いい気味だ、と彼は思った。
 男は彼の存在に気付き、助けを求めた。彼はゆっくりと近付き、男を見下ろした。
 彼には男を助けようという気は毛頭ない。――今度は俺が見下してやる。
 男は脚を怪我しているようだったが、それ以外のどこかにも傷を負っているのだろう。それを想像するのは難しくないほど、血に塗(まみ)れている。
 ――どうせ放っておいても死ぬだろうが。
 彼は足元に落ちていた瓦礫を拾い、にやりと嗤った。
 それを見て、男は戦慄した。
 何かを言おうとしたのだろう、男が大きく口を開き声を発しようとしたその瞬間に、瓦礫は男の頭に落ちた。
 確かな感触が彼の手の内にあった。今の一撃が確実に男を殺したであろうことは確かめる必要もないほどに明白だ。
 男の頭蓋骨は陥没して、血と脳漿が持ち上げた瓦礫から滴った。
 人を殺した、ということに対する感覚はあまりにも薄く、彼は無感動だった。意外にもあっけない。罪の意識もなければ、殺してやったという満足の念もない。それは、そこらの虫けらを踏み潰すのと同じことだった。
 
***

 今村 冴子は逃げていた。突然現れた化け物の群れにより世の秩序が乱れ、生き残りの人間の中にどうせ死ぬならと自らの欲望を満たそうとする輩が多く現れ始め、冴子を追っている若い三人組もそういう人間たちだった。
 若い男の淫らな欲望の矛先は、偶然にも冴子に向いた。たまたま視界に入ったただそれだけの理由。このときばかりは運が悪く、冴子は器量の良い容姿だ。男の欲望の捌け口にはもってこいの女性だった。もちろん獲物を探していた男たちはそんな冴子を見て、すぐさま狩り(ハント)を始めた。ニヤニヤと駆け寄る男たち。その表情(かお)には明らかに欲情し、女の躰を求める肉欲の奴隷のものだった。
 それを察した冴子は一瞬の判断のあと、走り出した。
 走るにはヒールが邪魔だ。彼女は途中でハイヒールを脱ぎ捨て、裸足で走った。小石が足の裏に食い込むのも気にしない。恐怖が痛みを忘れさせていた。
 そして、角を曲がったところで視界に入った小さな本屋。あるいは古書店だろうか。古ぼけた看板には「萬紅堂」とある。後方に男たちの姿が見えないことを確認して冴子は店の扉を開け、中に飛び込んだ。
 店内は静まり返っている。
薄暗く、間隔の狭い本棚の間を縫うように進んだ。本棚には「自由」「螺旋の棘」「Erus Menel」「ホルンの契約」など、彼女の知らないタイトルが並んでいたが、そもそも冴子は本をあまり読まない。
 ――そこで初めて人の気配に気付き、冴子の全身に緊張が奔った。
 その男は無造作に伸ばした黒髪の間から、鋭い双眸を冴子に向けている。「あんた、誰?」
「あ……え……」
 そのとき冴子の心には物凄い勢いで恐怖が拡がっていた。先ほどの男たちのことが思い出される。目の前にいる男も、あの男たちと同類だったらどうしよう?
「まぁ、誰でもいいけど」
 男は興味なさげに手元の本に視線を落とす。どうやら漫画のようだ。表紙には「shrieker」とあった。
「どうでもいいけどさ、血出てるぜ。足」
 男の言葉で冴子の痛覚はやっと正しく機能した。気付けば足が痛む。滲んだ血が、かすれた足跡を残していた。
「……あ、あなたは、何をしているの?」
「見りゃわかるだろ。読書」
 男が数冊の本を放り投げた。それが冴子の足元に落ちる。本のタイトルは「爆音デイズ」「水辺の女」「魔人狩り」などだ。冴子には意味がわからない。「……なに?」
「読み終わったやつ。どれも大したことない同じ作家のやつだけど」男は持っていた漫画を横に置いた。「それで、どうしてここに?」
 そのとき、店の扉が乱暴に開けられて若い男の三人組が侵入してきた。
 あまりの恐怖に冴子は声も出ない。ガクガクと脚が震えた。
 男はそれまで腰掛けていたレジカウンターから降りて、床に落ちていた本を拾い、侵入してきた三人組の内のひとりの顔に本を当てた。本を当てられた男は一瞬ぽかんとしていたが、次の瞬間には床を舐めていた。男が本越しに思いっきり殴ったのだ。
 男の動きはスムーズで一切の無駄がなかった。そのままもう一人の腹部も殴った。殴られた男は内臓が押し潰されるような痛みに立っていられず、その場にしゃがみ込んだ。
 残る一人は完全に怯(ひる)んでいた。仲間の二人があっという間に打ちのめされてしまったのだ。――だが、彼の予想とは裏腹に男は店の奥のカウンターに戻っていく。安堵の気持ちがフッと心に拡がった。
 しかし、それも少しの間だけであった。
 男がレジカウンターの向こう側から取り出したのは、斧だ。それを片手で持って、刃の方を引きずりながら残る一人に近付いていく。
「死にたくなかったら、どっか行け」
 言われるより先に、男は店の外に逃げていた。残された二人も、慌てふためきながら逃げようとする。腹部を殴られた男は半ば這いながらの逃走だ。
「……ありがとう」
 冴子は素直に男に礼を言った。
「見るからに不快な連中が入ってきたから追い払っただけだ」
「その、あなた名前は?」
「自分も名乗らねえのに、人には訊くのかあんた」
「……ごめんなさい。私は今村冴子っていうの」
 男は持っていた斧を本棚に立てかけてから、言った。
「黒川 宗二郎」
 それが男の名前だった。




<作者のことば>
まずお礼と謝罪を。
わかる人はわかると思いますが(本人ならなおさら)、今回は今まで付き合いがあった方の作品へのオマージュが込められています。応援の意味とありがとうの意味で。
ただ、何の承諾なしに使用してしまったので、もし問題があればお申し付け頂ければ修正を承ります。

どれも勉強させてもらった作品なので、なにかしらのカタチでお返しできたらな、と思っていました。
今回はそれがやっと実現することができて嬉しいです。

そして物語は新しい展開を見せてきています。いうなれば第2章突入です。
第1話の序章から2~11話が第1章「前触れ」、そして今回から第2章「悪意」といったところでしょうか。

徐々に加速しながら展開していきたいと思いますので、これからも読んで頂ければこうして書いている甲斐があります。
面白いものが書けるかわからないけど、面白いものを書きたい!という気持ちはいつだって変わらない。試行錯誤しながら、より面白い物語を書き続けていけたら本望です。

やっと新展開で章が変わったので、今後も是非よろしくお願いします。

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