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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2008/07/26(土)   CATEGORY: 短篇小説
夢魔。
猫だ。黒い猫が居る。
私が公園のベンチに座り呆けていると気付かぬ間に黒猫が目の前に立っていた。
その猫はこれぞ黒猫!というまでに真っ黒い猫だった。

「牛乳あるけど飲む?」

黒猫は返事をするようにニャアと鳴いた。
私は牛乳パックを開きビニール袋を敷いてその上に中身を垂らす。ビニール袋は受け皿となって中心には牛乳が溜まった。
私が、飲んでもいいよ、と云うとそれを理解したかのように黒猫はビニール袋の上に溜まった牛乳を飲み始めた。ゴクゴクという牛乳が咽喉(のど)を通る音が聴こえてくる。

「こんなところに居たのか。」

私は反射的に声の主の方へと視線を遣(や)った。
そこには一人の少年が立っていた。歳は16、7のように見える。

「どうも申し訳ありません。」

私は彼の口から発せられた言葉の意味を理解するまでに数秒かかってしまった。
彼の言動から予想するに彼はこの黒猫の飼い主なのだろう。それ以外に私に謝る理由が見つからない。

「いえ。全然構いませんよ。」
「その牛乳はわざわざ買って頂いたのでしょうか。」

私はそれを否定して、小さい頃から牛乳が好きでいつも持ち歩いていることを説明する。
その説明を終えたあとに、いきなり何を云っているのだろうと気付き、少し恥ずかしくなる。
「そうなんですか。」と彼は云ったのが聴こえると同時に私の顔に熱が帯びていくのを感じた。

「お礼をしたいのですが。」
「お礼なんて別にいいですよ。私が勝手にした事だし。」
「でも。もしお時間をお気にされないようならば是非ともお礼を。」

結局私は彼の誘いを受けてしまった。
そうして私は彼に連れられるがまま公園を出て、少し歩いたところにある建物の前に着いた。建物には看板があり<あやかし堂>と書いてある。
「ここは僕の店です。」と彼は云った。彼は私の予想より年上なのかも知れない。

彼のお店の中は骨董品らしきもので埋め尽くされていた。おそらくここは骨董品屋なのだろう。
私の予想が外れていたとしても彼はまだ若いように見える。その若さで骨董品を扱うというのは中々風変わりだと思った。

「ここは元々僕の父がやっていた骨董品店なんです。」

なるほど、と私は納得してしまった。親の店を継いだとなれば合点がいく。
私は彼に勧められ古い木の椅子に座った。これも古い木のテーブルに紅茶の入ったカップが置かれた。私が思うにこの椅子もテーブルの紅茶の入ったティーカップまでもがどれも骨董品のように見えるのだけれども商品ではないのだろうか。

「どれも売れそうにないですし私用として使わせて貰っています。」

私はまた納得してしまった。
彼の名前は神堂四郎(しんどうしろう)と云うらしい。それなりに古風な名前だと思う。それに四郎というのだから兄がいるのかと思ったのだがそうではないらしい。
私は正直に変わっているな、と思った。

「最近、悩みがお有りなんじゃないでしょうか。」

彼の若さの割には丁寧(ていねい)過ぎる口調で云われたその言葉に私はどきりとした。
確かにそうなのだ。悩みといえるのかわからないけれど、矢張(やは)り私にとっては悩みである。

「どうして。」
「何も不思議な事などありません。人間誰しも何らかの悩みは持ますよ。」と彼は笑って云った。その笑顔がとても可愛くて私は思わずきゅんとしてしまった。
「それに顔にそう書いてあります。」と彼は付け足す。

彼には全てを見透かされているような気がする。
何故かは解らないけれど、私は彼に悩みを打ち明けようと思った。

「実は、夢を視(み)るの。」
「それはどんな?」
「悪夢。」
「悪夢、というと?」
「そのままよ。同じ内容だとかそういうのじゃないの、只単に悪い夢よ。悪夢同士に何の関係性もないと思う。でも毎日何かしらの悪夢を視て朝起きたときには汗でぐっしょりよ。」

私の話を聞いて彼は「ほう。」とだけ云った。
そして少し考えたような格好になる。

「少しお待ちください。」

彼はそう云って店の奥へと姿を消した。
私は紅茶を啜(すす)った。数分すると彼は戻ってきた。

「お待たせして申し訳ありません。」

彼はそう云って右手を差し出してきた。彼の右手には紫の袋に入った御守りのようなものが乗っている。

「これをお持ちになってください。」

よくわからないまま私はそれを受け取った。
紫の袋には何か書いてあるのだけれど、私には読めなかった。旧(ふる)い漢字だろうか。

「それがお礼です。どうぞそれをお持ちになって帰ってください。」
「これは?」
「安眠の御守りですよ。」

彼はそう云って可愛く微笑んだ。
不覚にも私はまたしてもきゅんとしてしまう。

「それを寝るときに枕元に。」

私はお礼を云って外に出た。
また来てもいいかと訊くと是非と彼は云ってくれた。

「最後に訊いてもいいかな。」
「どうぞ。」
「キミって幾(いく)つなの?」
「今年で19になります。」

意外にも私と同じ年齢だった。
しかし丁寧な口調といい落ち着いた物腰といい私よりも大人だ。

帰ったら云われた通りに枕元に御守りを置いた。
何故かは解らないけれど、今夜は悪夢を視ないような気がした。

私は眠りに就いた。


***


――ここはどこじゃ?


「いらっしゃい。」と四郎は云う。


――お前は誰だ?


「云う必要はない。」


――そうか。ならばここは?


「僕の店ですよ。」


――何故こんな処に出たのじゃ?


「それは彼女の処(ところ)に門を作ったからです。」


――門?


「そう。だからお前は彼女の処ではなくここへ出てしまった。」


――お前は何者だ?


「最初に云ったはずです。云う必要はない、と。」


――儂が誰か解(わ)こうているのか?


「夢魔でしょう? 人に悪夢を視せては恐怖を喰らう。」


四郎は笑みを浮かべた。
それは昼間に見せたような可愛らしいものではない。見るものを凍らす様な笑みだった。


「もうお終いにしましょう。」


***


私は彼から紫の御守りを貰って以来、悪夢を視る事はなくなった。
一言お礼を云おうと彼の店を探したけれど、不思議と見つける事が出来なかった。

何故か記憶が曖昧でお店の在った場所を思い出すことは出来ない。
あの公園からそう遠くもないはずなのだけれど、そこに<あやかし堂>の文字は見つからなかった。

それからというもの、また彼と逢えるような気がして公園のベンチに居る事が多くなった。
ちゃんとあの黒猫の分の牛乳を持って私は彼が再び現れるのを待っている。


***


四郎の足下に黒猫が近寄った。

「只働きではないか。」

黒猫がそう云うと四郎は笑う。

「たまにはいいじゃないか。それにお前はミルクを貰っただろ?」

黒猫は、ふん、といった表情だ。

「ティータイムにしようか。」

四郎は骨董品(アンティーク)のティーカップに紅茶を注いだ。


<作者のことば>
実はお気に入りの1本です。
みなさまにも気に入っていただけたら嬉しく思います。

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COMMENT

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| URL | 2008/07/31(木) 21:33 [EDIT]
こんばんわ!梶です。
私のブログに訪問・コメントありがとう御座いました^^
「夢魔。」読ませてもらいました!
なんかもう凄いです!物語の中に引き込まれる感じがしました。
短編ながら、中身が詰まってていいお話しでしたv
私も神堂四郎さんに会いたくなってしまいました・・・v
他の作品も読んでみたいと思うので、また来させていただきますね!
でわ^^

匡介 | URL | 2008/08/01(金) 02:50 [EDIT]
>梶さん
どうも、わざわざ来て頂けて嬉しいです。
そんなに褒められるなんて、恐縮です。
自分自身気に入ってるので余計に嬉しく思います。

是非、またいらしてくださいね。

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