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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
平成百鬼夜行案内(第五夜)――逢魔時 日の出
 黄昏をいふ。百魅の生ずる時なり。世俗小児を外にいだす事を禁む。一説に王莾時(わうもがとき)とかけり。これは王莾前漢の代を簒ひしかど、程なく後漢の代となりし故、昼夜のさかひを両漢の間に比してかくいふならん。

 ***

 愛染と僕は闇の中を二人で歩いていた。いつものことだが、目的地は知らされていない。
「もうすぐ田島さんと落ち合うことになっている」
 田島というのは正体不明の怪しげな「研究所」に関わっている男のことであり、変人だ。「研究所」のことはほとんど知らないが、この国で起きている不可解な事象・事件にはこの「研究所」が関わっているのではないだろうか。とにかく、決して表には出てこないだろう謎の組織だ。
「お~い、國彦くぅん。ちょっと待たせたかな、ぶふぅ」
 見るからに太った男が息を荒くしながら駆け足で近寄ってきた。この男が田島だ。
「田島さん、今晩は」
「やあ、神宮寺くぅん。久し振りだねぇ、ぶふぅ」
 僕は田島に挨拶を返して、彼の後ろを見た。例の予知する少女の姿がある。それから――
「あれは、誰ですか?」
 予知する少女の隣には見知らぬ女性が立っていた。一瞬“何か”が視えた気がするが、それはすぐに消え去った。愛染の云う性質の妖怪化だろうか。だが、もう何も視えない。ただ女性が立っているだけだ。
「ぶふっ、紹介するよ。櫻宮一葉さんだ。今回の件について手伝ってもらおうと思っている」
 一葉という女性は実に綺麗な顔をしていた。可憐という言葉がよく似合う。彼女の周囲に漂う上品さは育ちによるものだろうか。
「今晩は。櫻宮一葉です」
 落ち着いた声が、妙に心地好い。
「愛染です。こっちは友人の神宮寺」
「田島さんからお二人のことは窺っております」
 丁寧な言葉遣いだ。やはり育ちが良いだろう。――などと思っているとき、嫌な気配がした。ギイギイ。それはまるで牛車の車輪が軋む音。ギイギイ。すぐそこまで来ている。
「来るわ」と未来を読む少女が云った。
 僕は大慌てで振り返った。背後には巨人のような男が立っていて、僕たちを見下ろしている。男の顔は暗闇に隠れてよく見えない。
「こっちを見て」
 一葉さんの声がした。僕は彼女の方を見遣る。彼女の双眸が赤く煌いていた。

 ***

 母は俗に云う娼婦だった。金さえ払えばどんな男とも寝ていたのだろう。そうやって生活をしていた。あるとき、彼女は妊娠をした。今まで取った客の誰かの子だということだけは明瞭(はっきり)していたが、誰の子かということまではわからなかった。母は堕ろすことも考えたが、結局は堕ろさなかった。理由は単純明快で、単に堕胎に必要な費用を払うことを渋ったからだとあとから知った。母は自分ひとりでこっそりと子どもを産んだ。大きな赤ん坊だった。毛むくじゃらで、泣いているその姿は猿のようにも見えた。そして、産まれたときにはすでに歯がいくつか生えていたらしい。
 母はそんな自分を心底気味悪がっただろう。
 それでも母親というのは不思議な生き物で、その不気味な子を育て始めた。初めは母乳を与えていたのだが、乳首に歯が当たる痛くてすぐに粉乳に変えた。赤ん坊というのは最初に触れた味を好む。母乳の味を知ってしまった赤ん坊は粉乳をひどく嫌がった。それでも母は無理に粉乳を与えた。それも少しの間で、赤ん坊はおそるべき早さで離乳を迎えた。半年もした頃には立派に歩けるようになっていた。
 まるで化け物のようだった。
 さすがの母も気色の悪い我が子を道端に捨てた。そもそもが誰の子かすら知らないのである。それほど未練があるわけでもない。それに子どもがいると商売がしにくかった。ただ母乳が出ることを喜ぶ客もいたし、妊娠中も妊婦が好きだという男がいたので生活には困っていなかった。そういう偏った性癖の男は金払いが良いことが多かったのである。それでも近くに子どもがいれば商売はやりにくいし、寝ているときに泣かれれば客の男も白けてしまう。正直に云えば邪魔であった。そして何より、その子は化け物じみて醜かった。
 捨てられた1才にも満たない醜い赤子は生命力だけは人一倍強靭であった。赤子は地力で母の許(もと)へと帰った。それを見て母は余計に我が子に恐れを感じた。
 赤子は母に愛情を与えられぬまま育った。
 子は数年が経った頃には大人にも見えるほど大きく成長していた。言葉を覚えるのは早かったが、知能は遅れているように思われた。それは母が子どもに何の教育もさせていないことも理由としてあったかもしれない。もう学校に通っているべき年齢に達していたが、その子はどこの学校にも通っていなかった。隠れて産まれたので、そもそも籍すら存在していない。
 10歳になる頃だろうか。母が姿を消した。どこへ行ったかはわからなかったが、母が自分を捨てる日が来るだろうことは理解していた。母は自分を気味悪がっていた。気色悪がっていた。軽蔑していた。産まなければよかったと思っていた。自分にはそれが手に取るようにわかる。自分は人の考えが読めるからだ。人の気持ちが聴こえてくる。人の心がわかってしまう。それが普通ではないことに気付いたときにはもう遅かった。母は醜く人の心を見透かしてしまう我が子を嫌悪した。それが原因で、出ていってしまったのだ。
 嗚呼、母はどうして自分を産んだのだ。
 どうして俺を産んだ。どうして。このような姿で、誰にも愛されず、人の心がわかってしまうために、人の蔑みが全て聴こえてくる。醜い。醜い。醜い。誰もがそう思っている。俺を見るな! 俺を見ないでくれ! その目で俺を見るな!
 そうだ、その目がなければ。
 俺は悪くない。俺は何もしていないというのに。
 俺を見る目さえなくなってしまえば。
 そんなもの潰してしまえばいい。
 俺が潰してやる。
 潰す。
 潰す潰す潰す潰す。
 俺は――
 俺はただ愛されたかっただけなんだ!!

 ***

 ぬるい風が頬を撫ぜる。
 暗がりの間から男の顔は見えた。恐ろしく醜い顔であった。まるで爛れたような、醜い顔。それを見たとき僕はぞっとして、全身が粟立つのを感じた。
「お前も俺を醜いと思うのか!」
 男は野太い声でそう叫んだ。
 そして逞しい腕で僕を掴もうとする。
「実際に醜いじゃねえか」
 そう口にしたのは見知らぬ男。黒髪の間から見える金色の瞳。――誰だ?
 男は持っていたナイフで巨漢の脚を切り裂いた。風のように迅(はや)い。
「ぶふっ、なにをする!」
 田島が大慌てで駆け寄ると巨漢は凄まじい力で田島を払い飛ばした。田島の重そうな躰が地面に叩きつけられ、彼は「ぶへぇ」と嗚咽らしきものを洩らした。
「あんた、田島か? 聞いていた通りのやつだな」
 男は転がる田島を見て嘲笑(わら)う。
 巨漢が男に襲いかかった。――が、男のナイフが素早く展開して巨漢の両の手首が切り裂かれた。血が舞い、骨が露出している。
「そんなに醜い自分が嫌なら、せめて自分でそのツラを拝めないように手伝ってやるよ」
 男の刃が一閃して、巨漢の両目が傷付けられた。巨漢は血が流れる腕で顔を覆う。
「ぶふぅ、お前はなんてことをしてくれたんだ! 大事な研究対象に!」
「田島さん、残念だがこいつは俺が貰うよ。上の決定でな、こいつはあんたとは別で引き取ることになった」
「う、上だって? お前はなんなんだよぉ、ぶふぅ」
男は金色の瞳で田島を見下ろすような格好で云った。「俺は、鵺と呼ばれてる」
「ぬ、鵺だと。どうしてお前が出張ってくるんだ。これはお前の仕事ではないだろう」
「知らねえよ。俺は命令されたからやってるだけだ。文句なら上に云うんだな」
 そうして、その夜は僕には何もわからぬまま終えることになった。


 のちに聞いた話では、一葉という女性は過去視ができる体質だということだった。未来を読む少女と過去を視る女性。本当かどうか確かめるすべはないが、もしかしたらそういう人間もいるかもしれなかった。
 そして一葉さんが視た男の過去は、化け物のように生まれてしまったゆえに母に捨てられ、愛を知らぬまま愛に飢えながら生きてきた悲しい歴史だった。
 そして田島が云うには男は人の心が読めるらしい。「研究所」ではそのような類いの特殊な人間を集めているそうだが、今回の連続殺人事件はその能力によって引き起こされたものだろうと愛染は云う。
 化け物と蔑まれるほど醜い容姿と人の心を読める力。この二つがあればどれだけ苦痛のある人生を送るはめになるだろうか。僕の想像を絶する。覚(さとり)という人の心を読む妖怪がいるが、あるいは彼のような人間が過去にもいて、覚と呼ばれていたのかもしれない。ただ真実はわからない。
 そしてあの夜に覚の男を捕まえた鵺という男は「研究所」の人間らしかった。「研究所」も一枚岩ではなく、それぞれのセクションがあり、覚の男は田島とは別の研究室――と呼べばいいだろうか――に引き取られていったらしい。田島は心底悔しがっていることだろう。
 全てが終わったあと、僕と愛染は残る謎について話し合った。そして僕たちの結論は同じで、あの“手の目”は覚の男に目を潰された人間ではなかっただろうか、という考えに達した。僕に性質を妖怪化して視ることができる「第六感」があるとすれば、目を潰された憎しみに夜な夜な覚の男を捜し回っていた男に“手の目”を視たのかもしれない。これも真実はわからない。だが、そうだとすれば今もまだ男は彷徨っていることだろう。自分の目を潰した男を捜して。

 ***

 夫妖は徳に勝てずといへり。百鬼の闇夜に横行するは、倭人の闇主に媚びて時めくが如し。太陽のぼりて万物を照らせば、君子の時を得、明君の代にあるがごとし。


(平成百鬼夜行案内・了)




<作者のことば>
第5話はおそらく一番長かったので読むの疲れたかもしれませんがそれでも読んで頂いた方々、本当にありがとうございます。おかげさまで完結することができました。(そしてミスで1日間が空いてしまった!)
長かったので逢魔時と日の出で分けようかと思ったのですが、もう一気に載せちゃいました。

今回は引用文が2つありますが、最初が逢魔時。妖怪が現れ始めるという黄昏の時間。最後が日の出。太陽には勝てず妖怪が消えていく時間のこと。
覚の男(特に名前はないですね)との邂逅と物語の終わりを意味してこの2つをタイトルに入れたのですが、考えてみたら逢魔時を第1話にして日の出を最終話に使えばよかったかな、とあとになって思いました。というのも、最初は日の出の引用使ってなかったのですが、やっぱ入れておきたいなっと思って蛇足かと思いつつ公開直前になって足したのですが、そのときに逢魔時は第1話に使うべきだったかもしれない、と(笑) 時すでに遅し!

あと玖堂作品を結構読んでくれている方がいればもしや気付かれたかもしれませんが、今回クロスオーバー的に出てきたキャラが2名おります。
他作品読んでなくても楽しめるけど、読んでる人は「おっ」と別の楽しみ方ができるような、そんなものに今回はしたいと思ってました。それは今までお付き合いしてくださった方、他の作品も読んでくださっている方に対してのサービスみたいなものです(笑)

もしこのシリーズをまた書くとしたら今度は「水辺の女」みたいな雰囲気のが書きたいですね。
あるいは田島メインのスピンオフ的なやつも面白そう(笑)

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