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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
平成百鬼夜行案内(第四夜)――倩兮女 雲外鏡
 楚の国宋玉が東隣に美女あり。墻にのぼりて宋玉をうかゞふ。嫣然として一たび笑へば、陽城の人を惑せしとぞ。およそ美色の人情をとらかす事、古今のためし多し。けらけら女も朱唇をひるがへして、多くの人をまどはせし淫婦の霊ならんか。

 ***

 蒸し暑い。湿気を含んだ夜闇がねっとりと絡まるようだった。
腹が減っていた。もう何日もまともな食事はしていない。男は人気のない道を選びながら彷徨っていた。
 ――誰にも会いたくない。
 男にあるのはその一念のみである。

 うおおおおお!!

 突然、男は吼えた。それは獣の咆哮だった。
 どうして自分はこうも苦しまなくてはならないのか。ただ、普通に生きていたいだけなのに。母はどうして俺をこんな風に産んでくれたのか。
 涙は涸れていた。次流すときは血の涙ではないか、男はそう思っている。
 夜の風が凪いだ。
 夜闇の中を彼は彷徨った。再び、ぬるいものが頬を撫ぜ始めた。

 ***

 ずっと愛染のいう「第六感」という言葉が頭のどこかに引っかかっていた。何か大事なことを忘れている気がする。だが、それが何なのかいくら考えてもわからなかった。
 百々目鬼の女性が殺されてから数日が過ぎて、僕の日常に平穏が帰ってきていた。次第に落ち着きを取り戻し、妖怪を視ることもなくなった。しかし、またしばらくは普通の生活が出来るだろうと安堵するも束の間のことで、すぐに僕は非日常の世界に引き戻されることになってしまった。
 その事件が起きたとき僕は眠っていたはずである。現場は近所だった。深夜に男が殺されていて、その男は強い力で体を引きちぎられていたらしい。そして両眼が潰されていた。まるで烏に突かれたかのように、それは両眼を喪っていた。
 それを聞いて最初に思い浮かんだのは“手の目”のことである。両眼を喪った男。
 もし本当に自分に「第六感」というものがあるならば、それが妖怪というカタチとして現れるのならば、今回の事件には「目」が関係しているのではないか。手の目、百々目鬼、目目連。この数日で視た妖怪の多くは「目」に関係あるものばかりだ。また、精螻蛄も「見る」という点では「目」に関係する妖怪である。
 目。――そのとき先日視た車輪のことを思い出した。車輪。そして目。それで思い付く妖怪といえば輪入道だった。車輪の中心の顔のある妖怪なのだが、輪入道と目が合うとその人間は魂を失うという。愛染の説が正しいとすれば、僕は相手の性質を感覚的に読み取って妖怪として視ることができる。あのとき逃げずに車輪の全貌を視ていればどうなっていただろうか。
 輪入道にまつわるエピソードとして、ある母親が夜に輪入道に出会い「我見るよりも我が子を見よ」と言われたというものがある。その輪入道の口には噛み千切られた脚があり、慌てて母親が帰ってみると家で子どもが脚を切り裂かれて倒れていたという話だ。輪入道に似た妖怪として片輪車というものもいるのだが、こちらは炎に包まれた車輪に乗った女性という姿で鳥山石燕は描いている。片輪車は輪入道に対して夜に出会った母親の子どもを攫うというエピソードが残されていて輪入道と似た性質が見られるが、こちらは母親が悔い改めれば子どもは返ってくるらしい。輪入道に比べどこか母性を感じさせる妖怪だ。夜に子を放って出歩く母親に対しての戒めとも思える妖怪だが、もちろん僕には子どもはいなく、僕があのときに視たのが輪入道だったとすると魂を奪われるほど危険な存在だと「第六感」が告げていたとも考えられる。
 確かに、あのとき僕は死を意識した。
 ここ最近の連続殺人事件との関連があるのだろうか。もしかすればあの夜そこに居たのは――。


 愛染から連絡があり、今夜付き合って欲しいとのことだった。何に付き合うのかといえば、またもや妖怪狩りである。今回の事件に愛染がどう関わっているのかわからないが、まだ例の「研究所」繋がりだろうことは予想できた。おそらく未来を読む少女が“何か”が起こることを予知したのだろう。
 気乗りはしないが、自分の周りで何が起こっているのか知りたい気持ちはあった。僕は了承して、愛染と夜の街に出掛けることにした。




<作者のことば>
今回のタイトルにある倩兮女と雲外鏡は作中では直接名前が出てこないんですが、個人的には結構重要なキーワードじゃないかなって思ってます。第5話を読んで、何が倩兮女で何が雲外鏡のことを指しているのか想像を巡らせてみてください。
そういう意味では、雲外鏡の注釈も引用したかったのだけど、1話1引用みたなルールを設けたので雲外鏡は残念ながら加えなかったのですが、おまけとしてここで紹介。

照魔鏡と言へるは、もろもろ怪しき物の形をうつすよしなれば、その影のうつれるにやとおもひしに、動出るまゝに、此かゞみの妖怪になりと、夢の中におもひぬ。


(「百器徒然袋」より引用)

照魔鏡というのは妖怪の正体を暴く鏡のことなのですが、それが付喪神(つくもがみ)になったのが雲外鏡という認識を俺は持ってます。まぁ 鳥山石燕の創作妖怪だといわれているので説明には諸説あるのですが、妖怪化した照魔鏡って認識でいいと思います。

あと「我見るよりも我が子を見よ」というのは正確には輪入道ではなくて片輪車のセリフで、輪入道は「俺を見るより自分の子どもを見ろ」なのかもしれないんですけど、まぁ 意味は同じだし「我見るよりも我が子を見よ」の方がかっこいいのでそっちを採用しました。
そもそもこの2つの妖怪は同一視されがちで、というか元々は1つの妖怪を鳥山石燕が2つに分割して、片方を輪入道としたという説があるので、そう問題はないかなって。たぶん妖怪について自分より詳しい人もいるでしょうが、妖怪は定型を持たないもので、時代によって変化しているものだと思うので、もし知っている内容と違ってても間違ってる!と思わないで、オリジナルの妖怪だと思って欲しいと思ってはいます。
こちらも一応、調べつつ、全部オリジナルの妖怪だと思って書いているので。

しかし今作は各話タイトルに結構頭悩ませました(笑)

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