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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
平成百鬼夜行案内(第二夜)――目目連 精螻蛄
 煙霞跡なくして、むかしたれか栖し家のすみずみに、目を多くもちしは碁打のすみし跡ならんか。

 ***

 夜になってまた僕は眠り就けずにいた。疲労感はあるのだが神経が昂っていて、睡魔が訪れる気配は全くといっていいほど見られなかった。頭の中ではずっと“手の目”のことを考えている。実は、今まさに僕はあの“手の目”に視られているのではないかという被害妄想にまで陥っていた。
 どうしてないはずの視線を感じるのか。見ないように見ないようにと思っているのだが、どうしても気になる。窓の方が。
 そのうち壁に目があるような錯覚に囚われた。部屋中をずらりと並ぶ目目目。まるで目目連のようである。本来ならば障子にたくさんの目がついた妖怪だが、僕の妄想がランダムに目の妖怪を呼び寄せたのであろう。空間を視線が飛び交う。目目目。頭がおかしくなりそうだ。目目目。――呼吸が――それがぎょろりとこちらを向く――誰――風を入れようと窓を――何かがいる。
 目の前には窓に張り付く異形。黒く、魚を思わせる肌。妖怪。――しょうけら。
 躰が震え出す。しょうけらと視線が絡み合う。どこか笑っているようにでもある。どうしてここに? しょうけらは、しょうけらは――。
 冷静さを取り戻そうと必死に尽くしたが、それはどうやら無駄のようだった。「しょうけらはわとてまたか我宿へねぬぞたかぞねたかぞねぬば」無意識に僕の口から発せられるのは記憶の再生。呪文の暗唱。言霊言霊。
 どうしてここに? その疑問が再び浮かび上がってきた。しょうけらは本来、庚申の夜に現れる妖怪。庚申待ちという、庚申の夜に体内にいるとされる三尸という蟲を体外に出さぬように眠らずに夜を過ごす行事がある。もし三尸が外に出るとそれは天に昇り天帝に日頃の罪悪を告げられるとされているからだ。天帝に罪悪を告げられたものは寿命を縮められたり、あるいは死後に地獄道・餓鬼道・畜生道という三悪道のいずれかに向かわせられたりするという。それでは堪らないので、寝ずに三尸が出て行かぬよう見張りをするのである。そしてしょうけらは人々が眠らずにいるか確認をする妖怪なのだ。しょうけらに眠っているのを見つけられるとその者に災いが訪れるといわれているのだが、三尸が抜け出す上に災いが降り注ぐのだからそれこそ堪ったものではないだろう。
 一説によればしょうけらは三尸が妖怪化した姿、あるいは三尸は上尸・中尸・下尸の三つからなっていて、その姿は順に道士・獣・牛頭に足が付いた姿をしているのだが、そのうちの獣の姿をした中尸がしょうけらだともいわれてもいる。
 ちなみに鳥山石燕は黒い異形の獣が屋根の天窓から中を覗くようにしている姿でしょうけらを描いていて、まさに今目の前にいるのはそんなしょうけらだった。
 ――僕が眠らずにいるのを見張っているのか?
 そんな考えをしたが、僕は即座にそれを振り払った。
 僕の心中にある、寝てはいけないという思いが具現化しているだけだ。視られている、もし眠ったらどうなってしまうのだろうという不安がこの妄想を生んだのだ。何も恐れることはない。何も。
 ――本当か?
 本当にこのままで無害なのだろうか。いや、もし何もないにしても目目連にしょうけらが居るここでは、とてもじゃないが穏やかな心を持つことは出来ない。逡巡。こうなったら出よう。そうするしかない。このままこの部屋には居られない。
 僕は恐るおそる部屋を飛び出し、夜の街に出た。

 夜の風は相変わらず生温かいものだったが気になりはしなかった。魑魅魍魎が跋扈するあの部屋に比べたら余程居心地が良い。
 しかし外が安全というわけではなかった。もし本当にあの“手の目”がいるとしたら外でしかない。そして、真夜中の殺人者。安全どころが危険な香りすらする。僕はもしかすると“手の目”のあの男が連続殺人犯なのではないかと思っていた。何の確証もないのだが、そんな予感めいたものがあった。
そんな空想にふけていたせいもあってすぐにはわからなかったが、近くに誰かがいることに気が付いた。つい身構える。いや、緊張によって躰が硬直している。
前方にいるその人は、女性だった。あの“手の目”でも、おそらくは連続殺人犯でもないことにほっとして、安堵の息を漏らすとともに胸をなでおろした。女性は酔っているのかふらふらと不安定な足取りでこちらに向かって来ている。心配とともに、何か嫌な予感がした。
どん、と彼女は僕にぶつかると小さく「すみません」という声が聞こえたような気がした。それはあまりにか細くて、僕の耳にようやく届いたといった感じである。それより避けて歩いたつもりなのだがそれでもぶつかるとは余程だな、と思った。
「大丈夫ですか?」普段は人見知りが激しい性質であるのだが、さすがにこれは心配で女性に尋ねた。
「ええ」
 そう返事が聞こえてきたのだが、次の瞬間に僕は恐ろしいものを見てしまった。
 ――女性のその腕にはびっしりと目がひしめき合っているではないか!!
 僕はあまりの唐突さに混乱して、叫びの言葉すらでなかった。
 目目目。ここでもか、と思う。目目目。逃げられない。目目目。いや、逃げなくては。
 おそらく蒼白の顔で、僕は全力でその場を逃げ出した。一度も振り返らず、どこに向かっているかもわからないまま走り続けた。


 ギィギィという何かが軋むような音が聞こえてきたのはあの女が見えなくなって随分としたところだった。ギィギィ。このとき僕は過去の教訓を思い出していた。再度の怪ではないが、一度妖怪を視ると立て続けに出会ってしまう自分の法則。妖怪は妖怪を呼ぶのだ。
 近付いてくる音に、僕は戦慄を禁じ得なかった。そして目の前にはあのときと同じ曲がり角。当然脳裏に浮かぶのは“手の目”のことだ。
 ギィギィ。しかしその音を聞いていて、“手の目”とは別の妖怪のことを思い出した。釣瓶落としという妖怪がいる。カヤや松の木の上から落ちてくる炎に包まれた顔という姿をしていて、木の下を通っていた人を引っ張り上げて食べてしまうという。ある地域では、木の上から突然落ちてきてゲラゲラと笑い出し、「夜鍋済んだか、釣瓶おろそか、ギイギイ」と言って再び木を登っていくという話もある。何となく何かが軋む音がその「ギイギイ」という言葉を連想させる。一応見まわしてみたが、そのような木は見当たらなかった。心配のし過ぎか。
 そのときだった。目の前の角から牛車の車輪のようなものがちらりと見えた。それはゆっくりと進んでいて、このまま居れば完全に姿を現すだろうと思われた。
 ――車輪?
 何かが引っかかる。車輪。車輪車輪。連続殺人。車輪車輪車輪…。見てはならない。車輪車輪車輪車輪…。またか、逃げなくては。このままでは僕は――死ぬ。




<作者のことば>
冒頭の文は鳥山石燕の「今昔百鬼拾遺」からの引用ですが、毎話引用文を載せていたつもりが、なぜか2話は引用がないことに気付いて慌てて加えました。
今回のは「手の目」についての説明を引用。本当は「しょうけら」を引用したかったところですが、鳥山石燕は全部の妖怪に注釈を加えてるわけではないんですね。「しょうけら」は絵だけで、説明はないんです。ちなみに前回のは「輪入道」。

これは雰囲気として楽しんでもらおうと引用を載せているのですが、漢字が難しいのでこれ読めないだろってものの読みを少し。前回は「甑」が一番難しい漢字だと思うんですけど、これは「こしき」と読みます。
鳥山石燕は一部の漢字に丁寧にもルビ振ってくれてるのですが、引用文だけは読みを()で表記したくなかったので漢字だけにしちゃいました。ルビ振るタグもあるけど、あれ環境によって適用されるかわかんないしね。

で、今回一番難しいのは「栖し」だと思うのですが、これは「すみし」。
なぜか二度目に出てくるときは「すみし」とひらがなになってるんですが、古文とか苦手なので理由あるのかよくわかりません。意味はそのまま「住む」ってことかと。

まぁ、よくわかんなくても内容に関わるわけじゃないので大丈夫です。
サクッと流して読みましょう(笑)

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