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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
平成百鬼夜行案内(第一夜)――輪入道 手の目
 車の甑に大いなる入道の首つきたるが、かた輪にてをのれとめぐりありくあり。これをみる者魂を失ふ。此所勝母の里と紙にかきて家の出入の戸におせば、あへてちかづく事なしとぞ。

 ***

 暑苦しい夜だった。まだ梅雨明けもしていないというのに猛暑日が続いている。あまりの暑さで眠ることが出来ず、外の風に当たりに出た。しかし一歩出るとそこは亜熱帯さながらに蒸していて、頬をなぜる風は暖房から放たれる温風そのものだった。
 しばらく歩くことにした。すぐ部屋に戻ってもよかったが、喉が渇いたので近くの自動販売機かコンビニで飲み物を買おうと思ったからだ。
 ヒタリ、ヒタリ。その音は小さいものだったが、静かに耳を捉えた。何だろう? ヒタリ、ヒタリ。足音にも似ていた。裸足で床を歩いたときの音に近いものがある。ヒタリ、ヒタリ。心なしか音は近付いているように思えた。ヒタリ、ヒタリ。それは前方からだった。目の前にある曲がり角の陰に何かが居る。「誰か居るのか?」
 ふいに足音が止んだ。やはり誰か居るのだろうか。僕は恐るおそる近付いていき、覗きこむようにして曲がり角に立った。
 ――そこには男が居た。
 坊主頭の、年齢のわからぬ男だった。浴衣のような格好で、身長はあまり高くない。
 ――そして、瞼は下りていた。
 目を瞑ったままだが、男はこちらの様子を窺っているように思えた。耳を澄まして、こちらの音を聴いているような、そんな気がする。――もしかして目が見えないのだろうか?
 そのとき男の腕が持ち上がり、こちらの方を向けてきた。その格好は彊屍(キョンシー)を彷彿させる。僕は思わず仰け反るように後ずさった。「お前は――」
 男が言葉を発したその瞬間、恐ろしいものに気付いた。僕に向けられた男の手のひらには、大きな目がぎょろりと見開いており、こちらを凝視しているではないか。
「うわあああ!!」
 反射的に叫び声が喉からあがった。その恐ろしさのあまり逃げようとした僕は、何もないにもところで躓き、慌てて立ち上がってから脱兎さながらに走った。その途中も依然として背中には男の視線を感じたが、どうやら追ってくるような気配はなく、住んでいるアパートが見えた頃には辺りには誰も居なかった。
 暑さとは違う汗が大量に流れ、夏だというのに寒気を感じた。
 そして潜むように布団を被り、暑さを忘れて朝を待った。


「顔色が悪いが大丈夫か?」
 言っていることとは裏腹に、愛染の傷痕だらけのツギハギ顔は無表情に徹していて、とてもこちらのことを心配してくれているようには見えなかった。しかしそれもいつものことで今さら言うことでもない。彼は心の裡を顔に露わすように人間ではないことは解りきっている。あるいは本当に心配などしていないのかもしれないが。どうせまた悪いものを視たに違いないと思われていてもおかしくはないだろう。
「あまり眠れなくてね」
 あえて詳細を話すことはしなかったのだが、やはり愛染は大体の予想はついていたようだ。
「またおかしなものを視でもしたか」
 おそらく初めからそう思っていたのだろう。解っていて、そう言わないのが愛染らしいといえばそうなのだが。本当にこの男は素直ではないと思う。それは僕も同じかもしれないけれど。
「実はそうなんだ。昨夜暑さのあまりなかなか寝付けず、外に出てみたら――」
言い終わらないうちに愛染が口を挟んできた。「どうして君はそんな時刻に外に出るかな。自分の体質は解っているだろう。本当に呆れる」
 否定は出来ない。
「そう言われると僕も何も言えなくなるな」
「――それで?」
「歩いていると、音が聞こえてきたんだ。足音のような」
「君は本当にそういうことによく出会うな。もはや尊敬すらしてしまうよ」
「目の前も角を曲がると、そこにはひとりの男が立っていた。浴衣を着た、坊主頭の男で、目は終始閉じていたんだ」
「目を?」
「ああ。そしてその男の手のひらには、ぎょろりとした目がこちらを覗いていた。――あれは“手の目”だ」
「手の目? そのままだな」
「妖怪の名前なんてそんなもんだって前にも言っただろう?」
「そうだったな」愛染は本当に解っているのかわからないような適当さで言った。「それで、その“手の目”っていうのはどういうやつなんだ?」
「鳥山石燕の百鬼夜行に描かれている妖怪なのだけれど、詳しいことは何も記されていない。一説によれば盲目の男が盗賊に金を奪われ、その盗賊を見つけるために両の手のひらに開眼したのだと云われている」
「執念だな。だったらよかったじゃないか。その男が探しているのは君じゃないんだから、今夜からは安心して寝たまえ」
 確かに愛染の言葉は的を射ていてなかなかの説得力があった。あれが“手の目”だとしたら探し人は他なのだろう。その証拠に男は追って来なかったではないか。
 それでもどこか安心出来ていないのが、自分の悪いところなのかもしれない。
「それより今朝のニュースは観たかい?」
「ニュース?」
「その様子では観てないみたいだな。また殺人があったらしい」
 また、というのはここ最近起きている連続殺人のことだろう。いずれも深夜の犯行だということから、真夜中の殺人者と呼ばれているようだ。その殺害方法はかなり残虐なもので、遺体は無惨な姿であるらしいが詳しくは知らない。
 こういう話題は殺人鬼フリークの愛染にとっては興味深いものなのだろうな、と思った。彼も殺人を推奨しているわけではないだろうが、起きてしまった事件に対して好奇心的な興味を抱く気持ちはわからないでもない。
「ここ最近の連続殺人のあれか? 犯人はいつになったら捕まるんだろうね」
「今回の事件は無差別に被害者を選ばれているし、目撃者がひとりもいない。今のところ犯人を突き止めるのは難しいだろうなぁ。決定的な証拠もないようだし」
 それほど興味のない僕は適当に頷いておくと、それを察してか愛染もこの話題を切り上げた。今の僕には昨夜の“手の目”のことしかない。そこで気付いた。――真夜中の殺人者? もしかするとあの“手の目”と何か関係あるのだろうか。連続殺人の犯行時刻はいずれも深夜か。今になって事件のことが気になったが、愛染はもうそれについて話すことはなかった。




<作者のことば>
煉獄篇やる前にこれ載せるの忘れてました。
結構前に途中まで書いていて、なかなか続きが書けず、今年の夏あたりに少し書き足して、今回やっと仕上げました。

1話分が結構あるかもしれないのですが、5話構成なので時間あるときに読んで頂けたら嬉しいです。

「平成妖異奇譚」「水辺の女」のシリーズの最新作で、5日連続更新の予定。
久々に書いたので語り手である神宮寺の口調ってどういうのだったか思い出せず、過去作品読み返したくらいですが(笑)、このシリーズはかなりお気に入りなのでぜひ楽しんで貰いたいです。妖怪もいっぱい出ます。

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