雨の日のうた(14)
水曜日。
俺は空港に向かう途中のカーキのランクルに揺られていた。隣りには可南子。運転席にでは哲郎さんがハンドルを握っていた。
可南子が飛行機で帰ることにしたのは月曜日に本人から聞いた。
「最初は新幹線で帰るつもりだったんだけどね」
可南子の黒く大きな瞳がこちらを見ていた。もう可南子といられるのも水曜日までなのだと思うとすこしさみしくなった。
「お兄ちゃんが飛行機で帰れって。お金も出してくれたから、飛行機で帰ることにした」
「堕ちないといいな」
なにが? といった表情の可南子。
「飛行機」
俺の言ったことを聞くと可南子は笑った。
「もう! 不吉なことは言わないでぇ」
飛行機代っていくらくらいなのかな? 俺が可南子に会いに行くとしたらどれほどの金が必要になるんだ? 俺はそんな気なんかないくせに、そんなことを考えていた。
「ケンくんってばー」
可南子の声を聞いて俺は可南子たちに目をやった。なぜか知らないがケンも勝手について来ていて、俺らと同じ車に乗っていたのだ。
「どうしたんだよ?」
「ケンくんがさー」
自分で訊いておきながらだけれど、俺は可南子のせりふが耳に入っていなかった。
もうすこしで可南子ともお別れなんだよな。あとすこしの時間で。もっと一緒にいたい。いつからこんなに弱くなったんだろう。昔はそれが好きな女でも、ここまで別れることに執着しなかったはずだ。しっかりしろよ、俺。これが今生の別れじゃないだろ? いや、そうなるのかもしれない。俺と可南子を繋ぐものなんて、思っているより拙(つたな)いんだ。
「ちょっと聞いてる?」
俺は現実世界に意識を戻した。
「ああ、聞いてるよ」
「大丈夫? 車酔いでもした?」
「いいや。大したことはないって」
ヘイヘイヘイ。しっかりするんだ、俺。
「龍次ってば、可南子ちゃんとお別れするのがさみしいんだよー」
ケンが言った。いつのまにかに「ちゃん」付けに戻っているのが気になった。
「うるせェよ」
「あー、ほんとなんだぁ」と可南子。「可南子と離れるのがそんなにさみしい?」
俺は何も言わなかった。
そうしているうちに車は空港に着いた。俺はずっと何も言わないまま黙っていた。可南子の荷物を哲郎さんが持ってあげているのが見える。俺はずっと、ただただ黙っていた。可南子はそんな俺を気にしていたが、ケンがそんな必要ないと言って俺から可南子を離し、自分が可南子と話し始めた。
「もう行っちゃうよ?」
哲郎さんの言葉を聞き、俺は時計を見た。もう搭乗する時間だ。
「何も言わないままでいいの?」
哲郎さんは優しい口調でそう言った。
何も言わないままでいい? そんなわけないだろ。何やってんだよ、俺は。
「可南子!」
搭乗時間が迫って、先へと進もうとしている可南子を呼び止めた。可南子がこちらを向く。
「さみしいんだ!」
俺は続けた。
「俺、可南子と離れるのがすげぇさみしい! 正直言うと離れたくなんかない! どうしようもないくらい好きなんだ! 俺、可南子のことが大好きだ!」
可南子は微笑みながら俺のことを見てる。
「なんだんだよ、チクショウ。こんな気持ちなったことねーからわかんねぇんだよ。こんなに人と離れるのが嫌だなんて今までなかった。これが本当に好きってことなのかよ? ああ? 俺はどうすればいいんだよ? なあ! 教えてくれよ! 俺はどうすればいい? なあ!」
俺の中のどこか奥底から熱いものが込み上げてきて止まらない。なんなんだこの気持ちは。なんで俺は泣いてるんだ? それも大泣きだ。涙が止まらねえ。これはどうすれば止まるんだ!
「ありがとう。」
可南子は言った。
「そんなに好きになってくれてありがとう」
可南子も泣いていた。笑いながらだけど、泣いていた。
「可南子も龍次のことが大好きだよ。」
そう言ってから可南子は自分の涙を拭う。
「もう時間だから行くね。じゃあね。バイバイ」
そのまま可南子は行ってしまった。それからすこしすると大空に飛び立つ飛行機が見えた。空は快晴だ。もう雨は降っていない。梅雨は明けたんだろう。
俺はこれからの日常を思ってみた。とりあえず、じめじめもムシムシも消えた。もう俺を悩ますものはない。俺は笑った。大声で笑ってみた。相変わらず涙は止まらなかったけれど、俺は笑った。バイバイ、可南子。グッバイ、梅雨。俺はすべてを笑い飛ばすかのように笑った。涙なんか梅雨と一緒にどっかに行っちまえ!
俺は空港に向かう途中のカーキのランクルに揺られていた。隣りには可南子。運転席にでは哲郎さんがハンドルを握っていた。
可南子が飛行機で帰ることにしたのは月曜日に本人から聞いた。
「最初は新幹線で帰るつもりだったんだけどね」
可南子の黒く大きな瞳がこちらを見ていた。もう可南子といられるのも水曜日までなのだと思うとすこしさみしくなった。
「お兄ちゃんが飛行機で帰れって。お金も出してくれたから、飛行機で帰ることにした」
「堕ちないといいな」
なにが? といった表情の可南子。
「飛行機」
俺の言ったことを聞くと可南子は笑った。
「もう! 不吉なことは言わないでぇ」
飛行機代っていくらくらいなのかな? 俺が可南子に会いに行くとしたらどれほどの金が必要になるんだ? 俺はそんな気なんかないくせに、そんなことを考えていた。
「ケンくんってばー」
可南子の声を聞いて俺は可南子たちに目をやった。なぜか知らないがケンも勝手について来ていて、俺らと同じ車に乗っていたのだ。
「どうしたんだよ?」
「ケンくんがさー」
自分で訊いておきながらだけれど、俺は可南子のせりふが耳に入っていなかった。
もうすこしで可南子ともお別れなんだよな。あとすこしの時間で。もっと一緒にいたい。いつからこんなに弱くなったんだろう。昔はそれが好きな女でも、ここまで別れることに執着しなかったはずだ。しっかりしろよ、俺。これが今生の別れじゃないだろ? いや、そうなるのかもしれない。俺と可南子を繋ぐものなんて、思っているより拙(つたな)いんだ。
「ちょっと聞いてる?」
俺は現実世界に意識を戻した。
「ああ、聞いてるよ」
「大丈夫? 車酔いでもした?」
「いいや。大したことはないって」
ヘイヘイヘイ。しっかりするんだ、俺。
「龍次ってば、可南子ちゃんとお別れするのがさみしいんだよー」
ケンが言った。いつのまにかに「ちゃん」付けに戻っているのが気になった。
「うるせェよ」
「あー、ほんとなんだぁ」と可南子。「可南子と離れるのがそんなにさみしい?」
俺は何も言わなかった。
そうしているうちに車は空港に着いた。俺はずっと何も言わないまま黙っていた。可南子の荷物を哲郎さんが持ってあげているのが見える。俺はずっと、ただただ黙っていた。可南子はそんな俺を気にしていたが、ケンがそんな必要ないと言って俺から可南子を離し、自分が可南子と話し始めた。
「もう行っちゃうよ?」
哲郎さんの言葉を聞き、俺は時計を見た。もう搭乗する時間だ。
「何も言わないままでいいの?」
哲郎さんは優しい口調でそう言った。
何も言わないままでいい? そんなわけないだろ。何やってんだよ、俺は。
「可南子!」
搭乗時間が迫って、先へと進もうとしている可南子を呼び止めた。可南子がこちらを向く。
「さみしいんだ!」
俺は続けた。
「俺、可南子と離れるのがすげぇさみしい! 正直言うと離れたくなんかない! どうしようもないくらい好きなんだ! 俺、可南子のことが大好きだ!」
可南子は微笑みながら俺のことを見てる。
「なんだんだよ、チクショウ。こんな気持ちなったことねーからわかんねぇんだよ。こんなに人と離れるのが嫌だなんて今までなかった。これが本当に好きってことなのかよ? ああ? 俺はどうすればいいんだよ? なあ! 教えてくれよ! 俺はどうすればいい? なあ!」
俺の中のどこか奥底から熱いものが込み上げてきて止まらない。なんなんだこの気持ちは。なんで俺は泣いてるんだ? それも大泣きだ。涙が止まらねえ。これはどうすれば止まるんだ!
「ありがとう。」
可南子は言った。
「そんなに好きになってくれてありがとう」
可南子も泣いていた。笑いながらだけど、泣いていた。
「可南子も龍次のことが大好きだよ。」
そう言ってから可南子は自分の涙を拭う。
「もう時間だから行くね。じゃあね。バイバイ」
そのまま可南子は行ってしまった。それからすこしすると大空に飛び立つ飛行機が見えた。空は快晴だ。もう雨は降っていない。梅雨は明けたんだろう。
俺はこれからの日常を思ってみた。とりあえず、じめじめもムシムシも消えた。もう俺を悩ますものはない。俺は笑った。大声で笑ってみた。相変わらず涙は止まらなかったけれど、俺は笑った。バイバイ、可南子。グッバイ、梅雨。俺はすべてを笑い飛ばすかのように笑った。涙なんか梅雨と一緒にどっかに行っちまえ!
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| | 2008/07/24(木) 12:33 [EDIT]
| | 2008/07/24(木) 12:33 [EDIT]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
●
匡介 | URL | 2008/07/25(金) 20:20 [EDIT]
匡介 | URL | 2008/07/25(金) 20:20 [EDIT]
>シークレットさん
そうです、前にも載せました。ありがとうございます。
漫才(笑) 暇潰しに書いてるだけですが(笑)
またのお越しをお待ちしてます。
そうです、前にも載せました。ありがとうございます。
漫才(笑) 暇潰しに書いてるだけですが(笑)
またのお越しをお待ちしてます。
●
匡介 | URL | 2008/11/18(火) 21:28 [EDIT]
匡介 | URL | 2008/11/18(火) 21:28 [EDIT]
>mikanさん
ありがとうございます♪
是非またのお越しをお待ちしています。
ありがとうございます♪
是非またのお越しをお待ちしています。
こんばんわ、藍色イチゴです。
龍次さんの 可南子さんを想う気持ちがこちらに伝わってきました。とても良いお話でした。
何年か先に、二人が会えると良いな、と無意識に願ってしまいました。
それでは、また。
龍次さんの 可南子さんを想う気持ちがこちらに伝わってきました。とても良いお話でした。
何年か先に、二人が会えると良いな、と無意識に願ってしまいました。
それでは、また。
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