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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2008/07/22(火)   CATEGORY: 雨の日のうた
雨の日のうた(13)
 可南子の母さんの葬式も終え、迎えた次の日曜日。可南子は俺の部屋にいた。
 ベッドの腰掛けている可南子にいつのまに進入してきたのかもわからないカシスがすり寄る。それからニャアと鳴いた。
「可愛い猫ちゃん」
 可南子はそう言ってカシスの頭をなでた。
「なんて名前なの?」
「カシス」
 そうかー、カシスちゃんかー。ってカシスはオスだけどな。オスに「ちゃん」付けは可哀相だと思うのは人間のオスの感覚なのだろうか?
「なんでカシス?」
「色だよ」
「色?」可南子はわからないといった表情。
「光に当ててよく見てみると、ただの黒じゃなくて、すこし紫がかって見えるだろ?」
 可南子は言われるままにカシスを持ち上げ部屋の灯りへと近づけてみていた。
「あー! ほんとだぁ! けっこう紫色なんだね、この子!」
 可南子がはしゃぐ。
「だからカシス」
「なるほどー。カシスっぽい色してるもんね、たしかに」
 俺たちはいつもと変わらないように会話をしていた。だけど、この前みたいに唇を、肌を、身体を重ね合わせるなんてことはしない。あんなことはもうすることはないだろうということは俺たちふたりともわかっていることなんだと思う。そう、なんとなく。感覚的に。
「いつ、帰るんだ?」
 母親の看病のためにこんな田舎にまで来た可南子は、もう役目を果たして帰ることになる。
「えーっとね、水曜日に帰るよ」
 俺は見逃さなかった。可南子はすこしだけ悲しそうな顔をしたことを。
「帰るなよ」
 思わず出た本音。
俺にそう言われ、可南子は困惑した表情になった。それからすこしだけ沈黙が流れる。
「冗談だって。そんなこと言って可南子に迷惑かけるつもりはないよ」
 沈黙に耐え切れずに俺は言った。
本当は本当に引き止めたい。だけどそんなこと可南子に言えるか? 可南子は可南子で、元の生活というものがあるんだ。
「ごめんね」
 可南子がぽつりとそう言った。あまりに小さく呟くから思わず俺は聞き落とすところだった。そして可南子の瞳は涙で陽炎(かげろう)のように揺れている。
「何も言うな」
 俺はもう二度とするはずのなかったキスをした。俺と可南子の唇が触れあう。そのまま数分の時が流れた。現れたときと同じように、いつのまにかにカシスはいなくなっていた。きっと「はいはい。ふたりの邪魔はしませんよ」と小言を漏らしていったに違いない。
「いつか俺が行くからさ。可南子の住む街に。それまで待っててくれよ」
 唇を離すと俺はそう言っていた。
「あ、待っていれたらでいいんだけどな」
 可南子は泣いてるのか笑ってるのかわからないように笑った。俺も何言ってるんだろうな? って感じで笑った。
 俺たちはわかっていた。短い時の中で急激に近付いた俺たちには、それがわずかな時間だとしても離れるのは俺たちにとって致命的だということが。

もう俺らの時間が重なることはないだろう。

+++

「もう帰るね」と可南子は言った。俺がそれを母さんに伝えると、ごはんも食べていったらいいのに、というようなリアクションをした。でも可南子はそれを丁寧に断った。
 俺は家の前に停めてあったヨンフォアにエンジンをかけようとすると可南子はそれを止めて言う。
「今日は迎えがあるからいいよ」
「迎え?」
「うん。お兄ちゃんが来てくれるって」
 オイオイオイ。可南子に兄貴がいるなんて初耳だぜベイベッ!
「兄さん、いたの?」
 俺はおそるおそる訊いてみた。
「あれ? 言ってなかったっけ?」
 ハイ、イッテマオリセン。
どうしようかと俺は悩んだ。以前、セフレの女の兄貴が出てきたときは大変な目にあったという苦い記憶がある。そいつの兄貴はプロレスラーくずれみたいなえらいガタイで俺なんかじゃ全然太刀打ちができなさそうなやつ。
「こいつと付き合ってるのか?」そのとき俺はそう訊かれて思わず言ってしまった「ハイ、オツキアイサセテモラッテマス」と。それを聞いたプロレスラーくずれの兄貴は「大切にしてやってくれ」と意外にも妹思いな発言をしてみせた。それを聞いて「絶対大切にしてみせます!」なんて言ったどっかの誰かは、その女を大切に思っていたわけでも、別に兄妹間の愛に打たれたわけでもなく、ただ単に自分の身の危険を察知して自己防衛のためについ言ってしまったのだった。
 ああ、思い出したくもない苦い思い出。
「あ、来たみたい!」
 俺は可南子の視線の先に目を合わせた。ホンダのインテグラ タイプRがこちらへと向かって走ってきている。
 再び苦い思い出が脳裏をよぎった。いや、今回はちゃんと付き合ってるじゃあないか。俺は自分に言い聞かせる。…俺たちは付き合ってるのか? よく考えてみたら、他人から見たらいなくなるとわかってる女が弱っているところを突いて、一日だけの関係を結んだ男っていうふうに見えていてもおかしくはない。可南子は俺のことをどれだけ兄貴に伝えたんだろうか。
 白のインテRはこちらへと近付いてきた。
 落ち着け落ち着け。可南子の兄さんがそんな人なわけないだろ? とりあえずプロレスラーくずれのはずなんかはない。と思う。
「可南子の兄貴って、母親似?」
「えー、お父さん似かなぁ」
「可南子の親父さんって、プロレスラー目指してたとかじゃないよね?」
「どうだろ? 観るのは好きみたいだけど」
 やばいやばいやばい。もしかして兄さんもプロレス好きじゃあないだろうね?
「兄貴は?」
「え?」
「プロレス」
 俺の質問の意味を可南子が理解して答えようとしたそのとき、車のドアが開く音がした。そしてバタンと閉まる音も。
「こんにちは」
 そう声をかけられ、俺はおそるおそる振り返る。
 そこには一見すれば好青年といった感じの細身の男が立っていた。
「どうも。可南子の兄の源一郎です」
 さわやかなその男はそう言ったあと手を差し伸べてきた。
「あ、ああ、龍次です」
 やっとのことでその行為の意味を理解して、俺の手を差し伸べ、源一郎さんの手を握った。幸運なことに、可南子の兄貴は好青年そのものといった感じだった。ふう、気が抜ける。
「話は可南子から聞いているよ。本当に真っ赤な髪なんだねぇ」
 可南子の兄貴、源一郎さんはそう言って笑う。
「本当はゆっくり話をしていたいところなんだけれど、可南子の荷物の整理が残っていてね。俺も手伝ってなんとか半分は済んだんだけれど、まだ半分は残ってるんだ」
「ごめん! お兄ちゃんは今日の夜帰るからさ。急いで帰って整理を手伝ってもらわないといけないんだ!」
 可南子はそう言うと急ぎ足でインテRへと飛び乗った。
「そういうことだったら俺に言ってくれればいいのに」
 可南子は笑った。
「ううん。いいよ、いいよ。たまには兄らしいこともしてもらわないと! 妹の荷物の整理を手伝うとか、ね」
 それを聞いてすこし困惑した表情で源一郎さんは言った。
「こういう妹を持つと大変でね。とりあえず今日はこれで失礼するよ。また今度ゆっくり話ができるといいね。じゃあ」
 そう言って源一郎さんも車に乗り込んだ。インテRにエンジンがかかる。
「じゃーねー! また明日!」
 可南子はインテRの窓から顔を出し手を振っている。俺も小さく手を振り返した。


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