FC2ブログ
みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2010/08/22(日)   CATEGORY: MUKURO外伝
MUKURO外伝(21)
 西田は捕えられた。空中に浮かぶ巨大な化け物に。
 巨鯨の外皮に溶け込むように取り込まれながら、それでも生き続けている人間。彼らは蠢き、叫び、助けを求めている。だが、彼らを救う術(すべ)などない。永遠の地獄。宙に浮かぶ地獄がそこにはあった。そして、そこに西田も加わってしまった。
 取り込まれた人たちはどのような感覚なのだろうか。痛みはあるのか。未来には想像も出来ない。ただ、彼らは苦しんでいた。泣き叫んでいた。だけれど、彼らはもはや人ではない。そう思うしかない。彼らの腕は伸びて、西田を捕え、連れ去ってしまった。“あれ”はもはや巨鯨の一部なのだ。彼らは一つの器官として、存在していた。
 目の前では弘之が息絶え絶えに横たわっていた。新たな腕がこちらに向かってきている。未来は脱力感に襲われた。もう限界だと悟った。自分の命はここで終わるのだと、そう思った。それは確信だった。
「逃げろ、未来」
 弘之が言った。
「俺のことは置いて、逃げろ。今ならまだ間に合う。逃げれるはずだ。俺のことなんか、構うんじゃねえ」
 弱弱しい声であった。だが、その言葉には彼の信念に似た何かが宿っていた。彼は覚悟していたのだ。おそらく、俺はもう死ぬ。この場を逃げ延びたとしても長くは生きられないだろう。ならば、せめて未来には生き延びて欲しい。この変貌してしまった世界で生きていくことがはたして幸せかどうかはわからないが、それでも死んで欲しくない。「頼む。逃げてくれ…」
 弘之の言葉に未来は頭を横に振った。絶対に嫌だ。ひとりにはなりたくない。お願い。一緒に逃げて。諦めないで。だってこの先ひとりでどうしろっていうの? お願い、死なないで。
「ばぁか。こうなったら、生きれるやつは生きていくしかないだろ。生きたくても生きていけなかった人間の代わりに。……俺はもうダメだ。自分のことだから、よくわかる。さっきから感覚がほとんどねえんだ。躰に力も入らねえ。逃げられやしねえよ。――だから、お前だけでも生きてくれ」
「いやだ!」声にしたつもりが嗚咽しか出てこなかった。涙が溢れ出す。未来は、弘之の手をぎゅっと握りしめた。
 数本の腕が迫ってきている。未来は目を閉じて、覚悟を決めた。わたしは最後まで弘之と一緒にいる。いつまでも、一緒にいるから。
 突如、一瞬の風が横切った。
 漆黒を身に纏った男が目の前に立ち、迫りくる腕を斬り落とす。
「逃げろと言ったはずだ」
 さらに襲いかかる腕を骸の骨刀は斬り裂いた。
 最初は何が起こったのかわからなかったが、状況を理解して、未来に生き延びる希望が湧きあがる。――もしかしたら助かるかもしれない。
 黒き救世主は巨鯨の放つ腕を次々と薙いでいく。早く逃げなければ――だが、弘之は立ち上がれそうにない。どうすればいいの? 未来は思った。お願い、立って!
 切断された腕の断面が変形して、鋭い槍になった。それが再び骸を襲う。数が多い。捌ききれない。骨刀を逃れた槍のひとつが彼の躰を貫いた。骸の動きが鈍る。それを皮切りに無数の槍が彼の躰に突き刺さる。骸の動きが封じられた。
 巨鯨から新たな物体が近付いてくる。それは腕ではなかった。――人の躰だ。
 上半身は人の躰をしていて、下半身は巨鯨から伸びるようになっている。髪はなく、目は虚ろだった。もはや人の思考や意思はないように見える。完全に巨鯨の一部と化した、取り込まれた人間のなれの果てなのだろうか。皮膚は青白く、口は半開きだった。
 それが未来に向かって突き進む。
 彼女には悲鳴をあげる余裕すらなかった。それほどまでにおぞましい光景だ。
 次の瞬間、未来は強い衝撃を受けた。気付いたときには地面に叩きつけられていて、痛みで小さく呻いた。どうやら突き飛ばされたらしい。
 視線をあげると、彼女の目の前には弘之が立っていた。顔色が悪い。血はとめどなく溢れ続けていた。――だが、彼は笑っている。
 巨鯨の一部と化した人間だったそれは、背後から抱き締めるように弘之を捕まえた。そして彼は引っ張られ、宙に浮く。
「弘之!」
 反射的に、未来は叫んだ。
「未来、俺の分まで生きろよな。お前は死ぬんじゃないぞ。絶対にだ。――約束だ」
 彼の躰はどんどんと遠ざかり、巨鯨へと引き寄せられていった。それ以上を、未来は見ることは出来ず、思わず顔をそむけた。
 弘之は、巨鯨に捕えられ、その一部となった。




未来と弘之、この2人が登場したときから唯一考えていたエピソードが今回のもの。
第一に、地獄篇では骸がすでに巨鯨の存在を知っていたことからこの外伝で巨鯨の登場は確定していた。

そして、MUKUROは「希望を見い出だし生きようと足掻く」物語と思われている人も多いと思うが、自分が本当に書きたかったのは「希望」ではなく「絶望」の物語。
どうしても抗えない存在を前にした絶望を描きたかった。その中で、人間がどのように立ち向かうかは実は副次的なテーマである。

MUKUROに登場する数々の化け物が既存の生物をモチーフにしていることはすでに述べているが、ヴィジュアルの説明がわかりやすいといった理由の他に、自然というものを意識してのことだ。
人間が“どうしても抗えない存在”の中に含まれる一つとして、自然があると思う。そして、その自然とは、野生で力強く生きている様々な生物が含まれているはずだ。
圧倒的な自然の力に対しての人間の脆弱さ。それを描きたかった。そのためには、主要な人物でも容赦なく切り捨てなければならない。今回はその役割を弘之が担ってくれた。

しかしながら、人もまた自然の中にいる生物である。
いくら人工物が増え、その中で暮らそうとも、それは人間視点からのものであり、実際はそれすら自然の中に内包されているはずである。蜂だって巣(家)を造り、多くの生物がその仲間内で社会を形成している。たまたま人間はその規模が他より大きいだけで、自然界の外にいるわけでは絶対にないと俺は思う。

生物は常により強い力によって淘汰され、あるいは淘汰している。

これは絶対の掟であるように感じる。
一瞬で世界が転じてしまった世界で、人は再び弱肉強食というものを知るだろう。その中で、生きようと必死に足掻くだろう。それは、本来自然界では当たり前の光景のはずだ。
そして、絶望がなければ希望も存在しない。これは対照的でありながら、表裏でもある。絶望を描くということは、希望もまた描くことになる。

つまり、MUKUROとはそういう物語だ。

登場人物は圧倒的な力の前に絶望し、それでも生き抜こうと足掻き、それでも力に捻じ伏せられるかもしれない。
どれだけ強い肉体や精神力を持ったキャラクターでも、この物語は容赦はしてくれない。生きる希望を抱いていても、あっさりと強大なそれに呑み込まれるかもしれない。
しかし、それでも生き抜くことが出来るのは、やはり生き抜こうという意志を持った者だけだと思う。

強い意志を持ってなお乗り越えられないことがあるのは事実だが、強い意志を持たなければ困難を乗り越える可能性すらないこともまた事実なのだ。
願わくば、(この外伝に関わらず)登場人物には生き抜く希望を捨てずにいて欲しい。書いているのは自分なのに、なぜか物語というのは全て思い通りにはいかない。物語は、物語自身が進めてしまうことがある。だから俺は願う。力強く生き抜く意志を保ち、彼らに生を掴み取って欲しいと。

←応援してくれる人はclick!!
[ TB*0 | CO*0 ] page top

COMMENT

 管理者にだけ表示を許可する

TRACK BACK
TB*URL
Copyright © みやび萬紅堂。. all rights reserved. ページの先頭へ