MUKURO外伝(19)
デパートの屋上で、高儀 未来は意識を失って倒れた佐々木 弘之を揺さぶっていた。だが、いくら揺すっても目は覚めない。このまま死んでしまうのではないだろうか――そんな思いが心をかすめた。
弘之の腹には穴が穿たれており、そこから血がとめどなく流れている。その傷はイノシシの化け物にやられたものだった。巨大な角のような牙が彼の腹をえぐったのだ。
これほどの血が流れていれば、いつ失血死していてもおかしくはない。
未来は弘之の鼓動がまだ動いているのを確かめて、「死なないで」と何度も叫んだ。涙がとまらない。彼の呼吸は浅かった。未来にはどうすることも出来ず、ただ腹の傷を両手で押さえるくらいだ。
無我夢中で逃げていた結果、辿り着いたのがここである。何もない屋上。これ以上どこに逃げることも出来ず、だからといって戻ることも出来ない。建物の中はもはや化け物の巣窟と化しているからだ。
彼女は、途方に暮れた。
あの骸という男、ここまで助けに来てくれるだろうか。あの男、どういった人間かはわからないが只者ではないことは感じていた。なんともいえない異様な雰囲気が男を包み込んでいた。しかし、邪悪な感じはしない。およそ感情というものが認められない雰囲気はあったが、なのにどこか優しさを感じた気がする。実に不思議だった。肌は蝋細工のように白かった。髪は闇に紛れるような黒さだった。妖しげなオーラを纏い、骨のような剣を操っていた。――そもそも人間なのだろうか? だが、あの化け物の仲間とも思えない。
弘之の血はまだ流れ出続けている。
早く手当をしなければならなかった。そのためには、どうにかここから離れなければならない。でもどうやって? 来るなら早く来て欲しい。お願い助けて。――未来は、気付けば見ず知らずの男を頼っていた。
誰かが屋上にあがってきた気配がして、未来は躰を硬直させた。あの男だろうか? それとも――化け物なのか? 彼女は恐るおそる、ゆっくりと振り向いた。そして、そこに居るのが一人の男だと知った。
――それは西田だった。
先ほど未来を襲い、辱めようとした西田はなぜか全裸だった。確かに下半身は脱いでいたかもしれないが、どうして上半身まで脱いでいるのかわからない。だが、全裸なのだ。
彼は呆けた表情で、ただ立っていた。その視線はどこに向いているのかわからない。何かを見つめているようにも、何も見ていないようにも見える。その状態で、よくぞ化け物に捕まらずここまで来たと思う。彼は廃人と化してしまっていた。
意味もなく口をぱくつかせながら呆然と立っているだけの西田に、未来はどうしたらいいのかわからずにいた。正直、近付くのは怖い。だけれど、このまま放っておいてもいいものなのだろうか。
――出来れば、勝手にどこかへいなくなって欲しい。
未来がそう願っても、西田は依然としてそこに立っているままだった。ここまでは自分で歩いて来られたというのに、どうしてそこで立ち止まっているのだろうか。わけがわからない。
そのとき、弘之がわずかに呻いた。
「弘之っ!?」
「うぅ……ぁ………」
少しの間を空けて、弘之はゆっくりとまぶたをあげた。
「……み、らい………」
「しっかりしてよ!」
「ん、あぁ、大丈夫だよ……」
大丈夫なはずなかった。彼の傷口からはまだ血が溢れている。
「未来、お前に怪我はないか?」
「うん、大丈夫」
「そうか」弘之がわずかに微笑んだ。「よかった」
もっと何か言ってあげたい。でも何を言えばいいのかわからず、未来は何も言えない。弘之は着実に死に向かっているのがわかる。そんな彼を前にして、自分は何を言えばいいのか……。
「あああうううううう」
突然の声に二人はびっくりする。それは西田のものだった。
急にどうしたというのだろう。先ほどまでは何にも反応せず、興味を示さずといった様相だったのに、今は何かに声をあげている。
そのときだった――
突然、大きな影が彼らを包み込んだ。
弘之の腹には穴が穿たれており、そこから血がとめどなく流れている。その傷はイノシシの化け物にやられたものだった。巨大な角のような牙が彼の腹をえぐったのだ。
これほどの血が流れていれば、いつ失血死していてもおかしくはない。
未来は弘之の鼓動がまだ動いているのを確かめて、「死なないで」と何度も叫んだ。涙がとまらない。彼の呼吸は浅かった。未来にはどうすることも出来ず、ただ腹の傷を両手で押さえるくらいだ。
無我夢中で逃げていた結果、辿り着いたのがここである。何もない屋上。これ以上どこに逃げることも出来ず、だからといって戻ることも出来ない。建物の中はもはや化け物の巣窟と化しているからだ。
彼女は、途方に暮れた。
あの骸という男、ここまで助けに来てくれるだろうか。あの男、どういった人間かはわからないが只者ではないことは感じていた。なんともいえない異様な雰囲気が男を包み込んでいた。しかし、邪悪な感じはしない。およそ感情というものが認められない雰囲気はあったが、なのにどこか優しさを感じた気がする。実に不思議だった。肌は蝋細工のように白かった。髪は闇に紛れるような黒さだった。妖しげなオーラを纏い、骨のような剣を操っていた。――そもそも人間なのだろうか? だが、あの化け物の仲間とも思えない。
弘之の血はまだ流れ出続けている。
早く手当をしなければならなかった。そのためには、どうにかここから離れなければならない。でもどうやって? 来るなら早く来て欲しい。お願い助けて。――未来は、気付けば見ず知らずの男を頼っていた。
誰かが屋上にあがってきた気配がして、未来は躰を硬直させた。あの男だろうか? それとも――化け物なのか? 彼女は恐るおそる、ゆっくりと振り向いた。そして、そこに居るのが一人の男だと知った。
――それは西田だった。
先ほど未来を襲い、辱めようとした西田はなぜか全裸だった。確かに下半身は脱いでいたかもしれないが、どうして上半身まで脱いでいるのかわからない。だが、全裸なのだ。
彼は呆けた表情で、ただ立っていた。その視線はどこに向いているのかわからない。何かを見つめているようにも、何も見ていないようにも見える。その状態で、よくぞ化け物に捕まらずここまで来たと思う。彼は廃人と化してしまっていた。
意味もなく口をぱくつかせながら呆然と立っているだけの西田に、未来はどうしたらいいのかわからずにいた。正直、近付くのは怖い。だけれど、このまま放っておいてもいいものなのだろうか。
――出来れば、勝手にどこかへいなくなって欲しい。
未来がそう願っても、西田は依然としてそこに立っているままだった。ここまでは自分で歩いて来られたというのに、どうしてそこで立ち止まっているのだろうか。わけがわからない。
そのとき、弘之がわずかに呻いた。
「弘之っ!?」
「うぅ……ぁ………」
少しの間を空けて、弘之はゆっくりとまぶたをあげた。
「……み、らい………」
「しっかりしてよ!」
「ん、あぁ、大丈夫だよ……」
大丈夫なはずなかった。彼の傷口からはまだ血が溢れている。
「未来、お前に怪我はないか?」
「うん、大丈夫」
「そうか」弘之がわずかに微笑んだ。「よかった」
もっと何か言ってあげたい。でも何を言えばいいのかわからず、未来は何も言えない。弘之は着実に死に向かっているのがわかる。そんな彼を前にして、自分は何を言えばいいのか……。
「あああうううううう」
突然の声に二人はびっくりする。それは西田のものだった。
急にどうしたというのだろう。先ほどまでは何にも反応せず、興味を示さずといった様相だったのに、今は何かに声をあげている。
そのときだった――
突然、大きな影が彼らを包み込んだ。
| ホーム |