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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2008/07/19(土)   CATEGORY: 雨の日のうた
雨の日のうた(10)
 可南子が泣きやむまでは相当な時間がかかった。それまで俺は可南子の右手をぎゅっと握りしめていた。思う存分に泣いて、可南子がすこし落ち着いてきたころ可南子は口を開き始めた。
「お母さん、苦しそうだった」
可南子は、記憶の中にある病に苦しむ母の姿を見つめているように続けた。
「ごはんも全然食べられないしね、食べても吐いちゃったの。ううん。何も食べなくても吐いてた。もう吐くものなんて何もないのにお母さんは吐き続けたの」
 俺はその光景を想像してみた。そして、すぐにそれをやめた。
「吐いてるとき以外はね、頭が痛いって言うの。それで助けてって。わたしどうしたらいいかわからなくていつも泣きたくなってた。お母さんがたくさん苦しんでるのに、自分は何もできないことがいやだった。」
 可南子は続けた。
「それでもね。調子が良いときは可南子と話をしてくれたんだよ? すごく楽しそうに。でも最後は決まってごめんねって謝るの。お母さんこんなになっちゃってごめんねって。それでまた自分がいやになった。何もしてあげられなくて謝らなきゃいけないのは可南子の方なのに、お母さんは何度も謝った。何もしてあげられないうえに、お母さんに気を遣わせちゃってわたし最悪だなって思った」
 そんなことないよ。そう言いたかったけれど、俺にはそう言えなかった。俺が言うには軽すぎるってわかっていたから。きっと俺には可南子の苦しみはわかってあげられない。悲しいことに。きっとこの感情は可南子がお母さんに何もしてあげられなかったと悔やむ気持ちに似ているのだと思った。それでも可南子の苦しみはわかってあげられない。どんなにわかろうとも、俺は可南子の気持ちに届くことはないんだと思った。それが無性に悲しかった。自分は無力だと思った。
「すこし休んだ方がいい」
 俺はやっとのことでそれだけ言った。可南子は何も言わずに頷いた。
 すこしのあいだ沈黙が流れた。しかしそれは不快なものではなく、その場に必要な静けさだったのだろうと思う。
「ちょっといい?」
 俺は部屋の隅に置いてあったアコースティック・ギターに手を伸ばした。古くてぼろっちいアコギに張られてある弱弱しい弦に俺は触れた。ジャララン、と音がなった。
 それから俺は歌を歌った。悲しく切ないけれど、とても綺麗なバラードを。可南子はそれを黙って聴いてくれた。俺はどこからか湧き出てくるメロディーに、思い浮かんだ適当な歌詞をのせて歌った。自分ながらにとても綺麗な歌だと思った。きっと可南子もそう思ったに違いない。
 俺が歌い終わると可南子は、涙目で笑っていた。目元に溜まっている涙は悲しいからなのか俺の曲に感動してなのかはわからない。
「やっぱりうまいね、バラード」
 俺は何も言わなかった。
「とっても綺麗な歌」可南子は続けた。「なんて歌?」
 タイトルか。俺は外を見た。相変わらずに降り続いている雨を見つめた。
「Rainy」
 この曲にはぴったりなタイトルだと思った。この曲の持つ切なさや悲しみは雨に似ているような気がした。
「雨の歌なんだね。今日の天気にぴったり」
 可南子はすこしだけ微笑んだ。
「雨のように綺麗な歌。可南子とっても好きだよ」
 俺はそうは思わなかった。この曲の綺麗さは雨に似せたものではなく、可南子に似せたものだったから。これは可南子を想って歌ったバラードだ。
「もう大丈夫?」
 可南子は微笑みながら頷く。そして俺たちは互いの唇を重ね合わせた。それはとても自然な行為だったように思えた。今までのプラトニックな関係は、今日この日のためにあったんじゃないだろうか。俺たちが初めて唇を合わせるには、とてもお似合いの日に思えた。


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