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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2010/07/01(木)   CATEGORY: 短篇小説
櫻宮家の呪い(4)
 幼いときに、父は蒸発した。そう、母には聞かされていた。
 どのような父だったのか、あまり記憶にない。おぼろげに憶えているのは笑いながら自分に手を振る姿。
 父はどこに行くつもりだったのだろう。どこかに出掛ける父を見送っている記憶だということはわかる。あるいはそれが最後の姿だったのかもしれない。
 父より憶えているのは祖母のことだ。今はもう亡くなってはいるが、元気な人だった。普段はとても人が好かったが、嫌なことがあると陰湿なまでにそのことに固執した。祖母の機嫌を損ねたら最後、その人は何箇月も、長ければ何年も、もしかしたら何十年もそのことで陰から何か言われ続けることになる。運が悪ければ一生赦されないこともあっただろう。そんな祖母だった。
 祖父のことは知らない。写真で顔くらいは見たことはあったが、自分が生まれるより先に亡くなっていたようだった。誰かにそう聞かされた気がするが、あるいは勝手にそう思い込んでいただけなのかもしれない。少なくとも祖父に会ったという記憶はなかった。
 しかし、ずっとあとになって実は祖父は祖母を置いて蒸発していたという話を聞いた。これは親戚の誰かが云っていた。その人が誰かわからない。親戚付き合いは滅多になく、親戚というその人物に会ったのも、おそらくその一度だけだったろう。
 祖父は蒸発して、その息子である父も蒸発した。
 血は争えない――、祖父の蒸発のことを教えてくれた人はそのようなことを云ったと思う。
 血は争えない。父も、祖父も、どこぞの女に惚れてしまい、母を、祖母を、捨てて去ってしまったのだろうとその人は云っていた。それを聞いて、特に感情が揺れ動いたということもない。ただ、そんなものか、ということを思ったかもしれない。
 幼い頃からたまに変なものを視た。そこにあるはずの映像(もの)が視えたのだ。
 それは時によって様々な映像だった。ふとした瞬間に、今まで見ていたものと違うものが視える。知らない人がそこにはいて、彼らには自分のことなど見えていないようだった。

 それが普通とは違うと気付いたのは10歳になった頃だった。

 自分がたまに視るこれは何なのだろうか? その答えがわからず、一時期は自分の殻に引き籠っていた。誰かに話そうとは思わなかった。変人扱いされてしまうだろうからとかそういう理由ではない。なんとなく、話す気にはなれなかったというだけのことだ。
 ある日、突然父が現れた。例の映像(もの)の中に、父はいた。何度か話しかけてみたが、その声は届かない。そのことはわかっていたのだが、それでも何度も話しかけてみた。だけれど、途中でそれも止めた。実際には目の前に、父はいなかったから。
 たまに祖父のことも視かけることがあった。祖父は優しそうな人だった。生きていれば会ってみたいとも思った。だが、それが叶うとは思っていなかった。もしかしたらこの眼に映るのは、死んだ人間なのではないかという思いがその頃からあったからだ。
 霊という存在を信じていたわけではないが、自分が視ているのは知らない人間ばかり。視えているのが死者の姿だというならば多少納得するところもあったのだ。

 しかし、それは間違っていた。

 その日は久し振りに実家に帰っていた。実家の庭には桜がいくつか植えられており、その中でも一際目立つ大きな桜を眺めていた。その樹は毎年紅い花を咲かす。
 一瞬、視界が暗くなった。貧血のように目が眩んで、若干ふらついてしまいその場にしゃがみ込んだ。しばらくして顔を上げたそのとき、目の前に母の姿があった。
 母に声をかけた。いつの間にそこにいたのかと。そして何をやっているのかと。母は桜の樹の根元に向かって何かしていた。――その手にはシャベル。穴を掘っているらしかった。
 一体、急に何をしているのか自分にはわからず、母が狂ってしまったのかと恐くもなり、慌てて執事の石川を呼びにいった。何がなんだかわからないまま石川は連れられて、例を樹の下を見た。
 しかし、そこには何もなかった。
 母の姿もなければ、掘られていた穴も、それを埋めた形跡すらない。
 意味がわからない。
 母はどこにいった? あの穴は? どこへ、どこへ消えてしまったの――?
 そのあと、屋敷の中にいる母を見つけた。訊いてみると、ずっと部屋にいたらしい。不可解だった。確かに母は外にいたはずである。あの桜の樹の下に。あの真っ赤な桜の下にいたはずなのである。
 そのことを訊ねると母の顔色が変わった。一瞬で蒼白になり、動揺しているのがわかった。でも一体どうして? いくら問いかけても母は答えず、気分が悪くなったと云って自室に引き下がっていってしまった。
 何もかもがわからず、混乱しつつ屋敷の中を彷徨うように歩いていた。
 そこで、再び母の姿を見た。
 そして、父の姿。
 母は父と何かを話している。云い争っているように見えた。

 ――父は生きていた?

 自分に視えるのは死者の姿だと信じ込んでいたので母と父が目の前でお互いを認識しているのはどうにも不思議なことだった。でも、彼らは生きてはいなかった。――そう、ある意味では。
 二人が自分のことにいつまでも気付かないことに違和感を抱き、そして全てを理解した。
 自分が視ている映像(もの)は何なのか。
 自分に視えている映像(もの)は何なのか。
 ずっと謎だったその答えがその一瞬で簡単に解けてしまった。まるで公式がそこにあったかのように、足りなかった何かが埋められ、視ている映像(もの)を理解した。

 ――わたしが視ているのは過去だ。

 自分は今まで勘違いしていたのだ。
 決して霊が視えているのではない。
 この眼に映るその存在、その映像は過去なのだ。過去の出来事なのだ。
 確信があった。
 どうしてかはわからないが、自分は過去を視ることができるらしかった。



<作者のことば>
本当は順を追って段階的に説明が展開していく部分をグッとまとめた結果が今回のこれ。
2007年当時に書いていた前半と比べ文章が変化していると思われる。でも、出来るだけ全体の雰囲気は統一されるようには努力してみた。そうしたらなんか納得いかない感じになってしまったが、そこは力量不足だろう。

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