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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2008/07/18(金)   CATEGORY: 雨の日のうた
雨の日のうた(9)
 今、俺の部屋には可南子がいる。それは本来ならば喜ばしいはずのことなんだけれど、今はそうは思えなかった。残念ながら。
 可南子は俺が渡したバスタオルで髪を拭いていた。それでも可南子はこれ以上ないほどのびしょ濡れ状態。このままだと風邪をひくかも。それは困るってことで俺は可南子でも着られそうな服を探した。そうした結果、見つかったのは中学のときのジャージ。まあ、すこしくらいは大きいかもしれないけれど、着られなくもないだろう。俺は可南子にジャージを渡して着替えるように言った。それから俺は部屋を出た。

「もう入ってもいいよ」
 可南子がそう言ったのを確認すると俺は自分の部屋のドアを開けて中へと入った。まだすこし可南子の髪は濡れていたけれど、さっきよりはだいぶマシだろうと思った。それから俺はベッドに腰を掛けて言った。
「どうしたんだ?」
 可南子は黙った。目からは涙がこぼれそうなのがわかる。
「言いたくないのか?」
 そう訊くと、可南子は頭を横に振った。そしてやっとのことで口を開いた。
「お母さんが…、死んじゃった」
 一瞬、時が止まったかのように思えた。
「え?」
 俺はその言葉の意味を理解しているにも関わらず、聞き返してしまった。可南子の母さんが死んだだって? それはいったいどういうこと? 俺の中でいろいろな疑問がぐるぐると回った。
「お母さんって、そんなに大変な状態だったのか?」
 可南子は言葉にならないと言ったふうに口をつぐみ、代わりに頷いた。
 俺は可南子の母さんが病院に入院していることは知っていた。だから可南子は看病のために東京からこの街へ来て、そして俺と出会ったのだから。しかし、俺は可南子の母さんの病状を聞いたことがなかった。なぜ入院してるのかも。病状は良いのか、それとも悪いのかすら知らないままだった。まさか死ぬに至るような病気だったなんて予想もしなかった。それはそういうことを感じさせないほど、普段の可南子が明るかったせいもあるかもしれない。
「可南子。おまえの母さんって、何で入院してたの?」
 俺は可南子を見た。可南子の目からは大量の涙がぼろぼろと流れていた。
「……脳腫瘍…」
 そのまま可南子から聞いた話だと、可南子の母さんの頭には神経膠腫(しんけいこうしゅ)という脳腫瘍ができていたそうだ。しかもその神経膠腫の中でも特に悪性の膠芽腫(こうがしゅ)というものだったらしい。俺には医学的知識がなくてわからないことだらけだったけれど、それは現代の医療でも手術が困難な疾患のひとつで、手術をしてもその後に再発する確率がとても高いものらしいかった。可南子の母さんはすでに一度手術を受けていたのだけど、2ヵ月後に再発してしまったという。可南子の母さんは後頭葉視覚野と小脳のあいだに腫瘍が出来てしまって、視覚障害や歩行障害に陥ってしまっていたらしい。最近では手足が震え、ものすら持てない状態だったと可南子は言った。
「なんでそれを今まで言わなかったんだ?」
 俺の問いに可南子は答えなかった。ただ涙を流し続けた。まるで外の大雨のように涙が流れていた。


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