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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2010/07/23(金)   CATEGORY: MUKURO外伝
MUKURO外伝(6)
 街が一夜にして弱肉強食の魔街へと変貌を遂げた理由を考える余裕など太田 周二にはなかった。思考する余裕(ま)も与えてもらえぬほど化け物は続々と現われた。それに対して見つからぬうちに逃げる。見つかっても逃げる。そうすることしか出来ない自分にふがいなさを感じる。自分は無力だった。10年以上連れ添った妻を守れないほどに。
 朝起きてリビングに出てみると妻の死体があった。彼は驚愕した。妻の死よりも、妻の死体に張り付いているそれらに、彼は驚愕した。
 それは巨大なヒルのようであった。赤々とした巨大な塊。ぬめぬめとした軟体をうねらせて妻――だったもの――に張り付いていた。おそらく血を吸っている。ヂュウヂュウと。おぞましい光景だった。それが数匹いた。
 巨大なヒルは体をくねらせる姿は醜悪。太田は思わず吐き気を催すほどだった。突然そのいやらしい体に変化が起こる。眼だった。ヒルの背に無数の眼が現われたのだ。ボコボコと、まるで気泡のように浮き上がってくる眼。無数の眼。それらがギョロリと太田を見つめる。彼は一瞬たじろいで数歩下がった。椅子にぶつかる。次の瞬間には叫びをあげた。そして木製の椅子を掴み、持ち上げる。振り下ろした。赤いそれに向かって。振り下ろした。軟らかい体がグチャグチャと潰れた。振り下ろした。何度も何度も。血のように赤い肉片が爆ぜた。それを返り血のように浴びる。振り下ろす振り下ろす振り下ろす。何度も何度も何度も何度も。巨大なヒルと一緒に叩き潰されて妻の死体(からだ)は見るも無惨な姿になっていた。それに気付かないほど彼は夢中になって叩いた。何度も何度も、振り下ろした。死ね死ね死ね死ね死ね!
 永い時間が経った。それは彼の感覚であって、実際にはそれほどでもなかったかもしれない。だが、その時間を彼は空虚な気持ちで過ごした。呆然と妻と化け物の死体を見下ろしながら。心は喪失(うしな)われていた。一瞬でありながら永い時間(とき)を過ごした。
 太田が自分を取り戻したのは背後の物音に気付いたときだった。彼は振り返る。そこにはイノシシがいた。両眼のない、イノシシが。あるのは穴だけだった。深い暗闇が彼を覗いていた。穴の中から。ないはずの眼で、イノシシは彼を見つめる。
 イノシシが尋常ならざるところは他にもあった。その体のびっしりと張り付いたフジツボである。まるで永い時間を海に身を曝(さら)して生きてきたかのようであった。山の生き物であるはずのイノシシが、先ほど海から這い出てきたかのような、異形。
 太田は後ずさりする。そして彼は気付く。
 無数のフジツボの殻の中から眼が覗いていた。それは太田を睨んでいるようにも見えた。ギョロリギョロリ。眼球は素早く動く。いくつかのフジツボからは触手のようなものが伸び始めた。薄いピンク色の、半透明な触手だ。ちろちろと伸びている。イノシシの異形は増す。
 太田は眼前のイノシシが興奮していることは感じ取っていた。大きな牙が垣間見える口からはだらだらと涎が滴っていた。鼻息は荒く、今にも突進してきそうな雰囲気であった。
 彼は動いた。テーブルをひっくり返してイノシシにぶつけた。そして駆ける。疾駆(はし)る。全身全霊を込めて、疾駆した。
 後方からはイノシシの迫るのがわかったが、彼は家を飛び出し走り続けた。街は様変わりしていた。まるで地獄! まるで魔界! 魑魅魍魎が跋扈し、人間は虐げられている。――いや、虐げるという表現は適切ではない。少なくとも人間に主観を置いた表現だ。化け物どもにとって人間は餌だった。糧であった。食物以外の何者でもなかった。だから化け物は人間を襲い、喰らう。それは虐げるとは違っていた。少なくとも化け物どもにとっては。純粋な弱肉強食の世界。そこで人間の生き抜く術はない。
 だが、それでも、太田は走る。疾駆(はし)る。――どうしてか?
 その解答は彼自身にもわからない。妻を喪失(うしな)った。世界は地獄に変わった。この先に一体なにがあるというのだ? わからない。しかし、彼は走る。疾駆(はし)る。本能は生きようとしていた。生きろと叫んでいた。いくら悲観に暮れても、いくら絶望の淵に立たされても、本能は生きろと彼に告げる。いや、命令する。――「生きろ」。
 どれだけ走っただろうか。息は上がっていて、呼吸がうまく出来ない。汗が眼に入り沁みた。これだけ走ったのは何年ぶりかというくらい走った。体を動かすこと自体久し振りで、彼の体は休息を求める。だが、休めるところなどあるのだろうか? この地獄に。
 足元には人の頭が転がっていて、思わず太田は飛び退いた。うわっと声をあげて、背筋がヒヤっとした。
 人頭はひとりでに動いた。
 太田は再び恐怖する。――人の首が動いた?
 よく見るとそれは頭だけではなかった。恐怖に凍りついた表情の男の頭。その口から何やら這い出ている。……ヤドカリ?
 まさしくヤドカリだった。人頭を棲み処にする魔界のヤドカリ。
 逃げた。またしても逃げた。それ以外に彼に出来ることはない。ぜえぜえ息を切らしながら走った。目には涙が浮かぶ。たすけて。だれかたすえけて。
 そのときだった。視界に生きた人間が入り込んできたのは。まともな人間。妖物ではない、自分と同じ人間。
 若い男女だった。彼らも何かから――もちろん化け物からだ――逃げ惑うように駆けている。
 太田は両手を振った。仲間だ!
 そして彼は聴く。それは彼の耳に入る。彼の聴覚はきちんとそれを捉えた。
 これは――羽音?
 通常、人の可聴域は年齢とともに狭まる。蚊の飛空音――高音域の羽音――も年齢とともに聴き取りづらくなる。しかし、それは彼の耳にもしっかりと届いた。巨大な蚊の羽音。
 彼は視界に黒い空を捉える。そしてそれが無数の蚊だということを理解する。
 気付いたときには遅かった。鋭い口吻が太田の喉元にずぶりと刺さった。ドクドクと音が聴こえた。これは吸血の際に注入される蚊の唾液であろう。そしてヂュヂュヂューーと血を吸われるのがわかった。全身の血液が彼の体感したことのない速度で移動していた。血の通るとそこは熱かった。そして彼は次第に体温を失い、冷たくなった。




<作者のことば>
もう完全に1話の文章量にムラがあって申し訳ない。短かったり、長かったり、一定していない。
でも面白ければ長くても構わないですよね。――つまり面白いものを書けってことか。ムム、難しい。

骸を活躍させたいが為に外伝を書きたい!

そんなことを言ったのは誰であったか。
まだ一度もきちんと登場していない骸さんですが、今回なんて突如登場したおっさんの独壇場。
まるで主人公さながらに1話まるごと彼の話で使い切っている。――しかも今後のストーリーに絡んでくるのかと思いきや、話の最後には死ぬっていうね。

実はこの話は前回登場した蚊のせいで生まれたエピソードで、年齢が進むにつれて人の可聴域は狭まり蚊の羽音が聴こえづらくなるってチラッと見たときに、この回のラストのシーンがふと浮かんでしまったために即興で(というかMUKUROは全て即興ですが)書いた話なのである。

(ちなみに、一応ながら登場させている生物の大体はチラッと軽~~く確認してます。どういう生き物なのかとか)

しかし太田 周二のおかげで新たな化け物を登場させることが出来た。
どれも書いてるうちに思いついたものなのだが、中でも人頭ヤドカリは気に入っている。特に害をなすシーンはないけれど、やたらとホラーな描写な気がする。無害なところが実に良い、と思っているのは俺だけかな?

あと彼の必要性としては人間死んでくれないと物語的にスリル足りないんだよっていう捨て駒要員(笑)

あまり長くしたくないので、登場人物は極力少なめに済ましたい。
そういう意味ではなかなか貴重なキャラクターなのかもしれない。

それより骸の登場はいつ?


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