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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
ガール・イズ・ダンサー・イン・ザ・ウエストゲートパーク
 東京は眠らないというのは少し嘘のことで、終電を過ぎれば街はいくぶんか静かになる。もちろんこの時間にも営業している店はたくさんあるし、ということは働いている人も大勢いる。それでも東京は眠る。人間だって眠っている間にすべての活動がストップしているわけじゃないように、東京もまたその活動が緩やかになっただけなのだと俺は思っている。
 先ほどまで酔っ払いが何やら意味不明の言葉を叫んでいたが、今はここも静かになった。そろそろここも眠りに就いたようだ。そう、池袋西口公園で俺は思った。
 今この西口公園は静かに活動していた。言い換えれば、緩やかに。
 まず、小さな鏡を見ながら頭髪を剃っているおっさんがいた。そして中東出身と思われる浅黒い肌のカップル。一匹の黒猫。毛並みはビロードのように滑らかで光沢があり、黒豹を思わせる気高さを放っていた。それからその数メートル先には酔っ払いすぎた結果、冷たく硬い地面の上で眠り始めてしまった中年サラリーマン。あと俺自身のことも忘れてはいけない。
 終電を逃した男女がタクシーに乗り込むのが視界の隅で確認された。
 タクシーは眠った街の中で最もよく働く細胞のひとつだ。夕方眠っていた運転手もここぞとばかりにむくりと身を起こし、終電を逃した客をすかさず拾い上げる。そして指定された場所まで彼らを運ぶ。先ほどは細胞と言ったが、タクシーは血液に似た役目を果たしている。眠っていても血液は巡るものだ。
 タクシーに乗り込んだ男女のことを考えてみる。
 彼らは恋人同士ではないと思う。そこまでの親密さは見えなかった。だが、お互いにある程度は気を許しあってるだろう。そうでなければこの時間まで一緒にいないだろうし、同じタクシーにも乗らないはずだ(純粋に金銭的理由からの行動ということも考えられなくはない)。おそらく、彼らは別のところで降りる予定なのだろう。しかし、先に自宅の近くに着いた彼女がドアから半身を出して、車から降りかけているときに言うかもしれない。「ウチに寄っていきませんか?」
 それは彼女にとって多少勇気のいる言葉だ。彼女は普段からそうして軽々しく男を部屋に上げるような女性ではない。だけど、彼ならいいだろう、そう思って彼女は誘う。「あの、ウチに寄っていきませんか?」
 幸い、明日は休日だった。2人とも特に予定もない。強いて挙げれば、彼は溜まっている洗濯物をそろそろ洗濯機に放り込み、洗濯洗剤と水でかき回し、途中で柔軟剤がそれに参加して、最終的にはびしょびしょと言わないまでも充分に濡れた衣類だけがそこに残る。それを手に取り、はたき、ハンガーにかけてぶら下げる。それを何度も繰り返さなくてはいけない時期だということくらいだろう。でも、それは後回しにもできる。だから彼は彼女の申し入れを素直に受け止めることだと思う。彼女は自分が軽い女ではないと、いつもこうしているわけではないというエクスキューズのためにこう付け加えるはずだ。「ここからタクシーで帰るより、ウチで始発を待って電車で帰った方が随分と安く済むはずだから」
 そこまで脳内で展開させたとき、目の前でミャアと鳴いた。現実に意識を戻すとそこには黒猫がいた。黒豹のような黒猫が。
 そして、白く細い脚も見えた。
 ――脚? 一体だれの?
 俺は顔を上げて、そして初めて彼女の存在に気付いた。細身で、たぶん黒髪で、小さな唇と小さな鼻とぱっちりとした二つの目。ロリピンクのワンピースを着た女の子。
 ――女の子?
 彼女は本当に女の子なのだろうか。見ようによっては自分と同じくらいにも見える。そして、自分より遥かに年上のようにも見えた。独特の、落ち着いた雰囲気をその瞳は放っていた。
 しかし、見た目は幼い。幼いといえば語弊かもしれないが、彼女は確かに童顔だった。
「なにか?」
 こちらをじっと見つめる彼女に俺は問う。返事はなかった。
 そして彼女は踊りだした。独特のリズムに乗って、確かに彼女は踊りだした。独自のステップで、彼女は彼女のダンスを始めた。それはクラシック・バレエにも似ていた(ちゃんとクラシック・バレエを見たことはない)。童顔の彼女は、何も言わず踊った。時に激しく、時に静かに。それは動脈と静脈を思わせる。まるで「生」そのものにも見える。彼女は呼吸をしていた。胸を膨らませて、肺を振り絞って。彼女は呼吸をしていた。
 そして彼女の踊りもまた呼吸をしていた。彼女と一緒に。彼女に合わせるように。彼女のダンスもまた呼吸をしていた。
 池袋西口公園に設置されている時計の針がこのときばかりは止まってしまっているのではないかと思った。彼女は時間を超えて踊っている。誰かが言うには時間と空間は同じものらしいから、彼女は空間も超えて踊っていることになる。そのダンスは時空を超えていた。時空を超えて、彼女は踊っていた。
 ついさっきまで熱い抱擁とキスをしていたはずの中東人カップルも今は彼女に釘付けだった。剃髪していたはずのおっさんもその手を止めていた。酔っ払いすぎた中年サラリーマンは相変わらず眠っていて(たぶんあとで家族に怒られるのだろう)、黒豹みたいな黒猫は姿を消していた。
 そして彼女は踊っている。
 その行為の放つエネルギーに、その踊りのエネルギッシュさに、俺の鼓動は熱く高鳴っている。脈が速くなっている。なんなんだ、この気持ちは。
 ふいに彼女の動きが止まった。
 数秒間閉じられたのち、ぱっちりとした両目が開いてそれがこちらに向けられた。
 中東人のカップルが彼女に拍手を送った。パチパチパチ。ブラボー! ファンタスティック! ○※$=▽×@!!
 最後はなんと言ったのかよくわからなかったが、たぶん彼らの国の言葉での最高の賛辞であろうことは安易に想像できた。
 俺も思わず短いながらも彼女に拍手を送った。
「……すごいね」
 彼女は何も答えない。
「ねえ、どうして踊ったの?」
 特に何かを考えての発言ではない。ふと零れ落ちた言葉だった。
「――どうして?」
「うん」
「どうしてって、それはあたしがあたしだから」
「きみがきみだから?」
「そう」
「それはどういう…」
「どうもこうもない。それだけの意味よ。あたしはあたしだから踊るの。だから踊ったの」
 なぜか、不思議と説得力があった。
 おそらく言葉そのものにではなく、彼女という存在に強い説得力があった。
「あなたは踊らないの?」
「俺?」
「そう。あたしはあたしがあたしだから踊るわ。だけどあなたは踊らないの?」
 どういう意味だろうか。
 今度はよくわからない。
「俺は、踊らないよ」
「じゃあ、何があなたがあなただと証明するの?」
 ……………。
 沈黙。
「あなたはあなたであるために何をするの?」
「……わからない」
「じゃあ、あなたは今なにをしてるの?」
「街が眠ってるのを見てる」
「そう。あたしは踊るわ」
 彼女は踊った。
 それは心臓のように力強く、生命を漲らせていた。
 しかし彼女は心臓ではない。
 彼女もまた、この街の細胞なのだ。
 東京も眠る。
 池袋も眠る。
 この西口公園だって眠る。
 だが、それと同じくらいそれらは力強く活動していた。
 それが彼女であり、中東人カップルであり、剃髪のおっさんであり、黒豹みたいな黒猫であり、タクシーであり、それに乗った男女であり、酔っ払いすぎたおっさんのことはよくわからないけれど、そして俺であるのだ。
 東京は眠る。
 池袋も眠る。
 この西口公園だって眠る。
 だが、それと同じくらいそれらは力強く活動している。いつだって。




<作者のことば>
「ウエストゲートパーク」といえば石田衣良のシリーズ小説が連想されるだろうと思う。
内容は一切関係ないが、タイトルについてはその影響を受けていないとは断じて言えない。

だって俺の読書ライフのそのきっかけになった作家のひとりが石田衣良で、そのきっかけになった小説のひとつが「池袋ウエストゲートパーク」なのだから。

それが原点だということは過去に何度か書いてきている。
俺は常に何かに影響を受けていることは間違いない。目にした物語に、耳にした音楽に、頬を撫ぜたそよ風に、嗅覚を刺激する若草の匂いに。俺は常に何かに影響を受けて生きている。もはや生きる=影響受ける、みたいな。ライフ・イズ・影響受ける、みたいな。

それは何かを口にしているようなものだと思う。だから俺は咀嚼して、飲み下す。
そして体内を巡って血となり肉となる。

だから「池袋ウエストゲートパーク」に影響を受けた俺がその言葉を使ってのなんの不思議もない。
それは前向きに受け止めれば継承で、前向きに考えれば伝承でもあると思う。そうやって俺から物語は出来ている。

でも「池袋ウエストゲートパーク」が好きだからタイトルに入れたの?って言えば、それはノーだと思う。
最初はそんなタイトルにするつもりはなかったし(そして黒猫を出す予定もなかったんだけど)、全く違うようなタイトルをイメージしていた。それがなんだったかは忘れたけど。で、書いてみて、この物語には「ウエストゲートパーク」って言葉が必要だと思った。そう感じた。感覚的に、直感的に。

同じようにガールも必要だと思ったし、ダンサーが必要だと思った。

だからこのタイトルになった。必然的に。
「ウエストゲートパーク」って言葉が必要だと感じれたのは、やはり「池袋ウエストゲートパーク」があったからで、ここの感覚的な問題を言葉にするのは難しい。そして、そういう感覚がこの物語の中心だったりする。

この、上手く説明できないような感覚を俺は物語に変換している。

何かを言葉として理解する必要はない。
ただ言葉を通じて感覚的な何かを感じ取ってもらえたら幸い。

だってこの物語は衝動というエネルギーで書いている。インスピレーションという活力で書いている。

つまり?

言葉に出来ないものを物語に換えているのだ。
とても遠回りに、とても迂回して、そうして自分の受けた感覚をどうにかカタチにしようとして。


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