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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
上野のパンダ
 1周34.5kmの円環を少なくとも3周は回り、少なくとも103.5kmを進んだ電車が、少なくとも87回目の停車をしてプラットフォームに横付けされた。少なくともここまでの時間は177分かかっているはずだ。しかし僕は少なくともあと3回はこの電車の停車に付き合っている。なので全体的にもう少しだけ数が加算されることになる。だが正確なことまではわからない。別に数えていたわけではないから。
 上野駅で降車したあと、上野公園に向かうつもりだった。だけれども気分は変わり、公園口からではなく正面玄関口から駅を出た。多くの駅が東西南北の名を出入口に使っているけれど、この上野駅にはそのような名の出入口はない。その理由が出入口の数が多くてわかりにくいからなのか、名付けた人が他と同じことを好かないへそ曲がりなのかはわからない。とにかく、僕が知っている中で東西南北の名が付いた出入口はなかった。あって東上野口くらいものだ。あ、西郷口もあったか。
 今日は朝起きてからずっと彼女のことを考えている。これはつまりSheという意味の彼女なのだけれど、だからといって恋人という意味の彼女と捉えてもらっても間違いではない。僕と彼女は恋人同士だからだ。
 彼女は平均よりも少し背が低く、それをコンプレックスに思っている。優しいブラウンの髪をしていて、ヘアスタイルはショートボブだ。いかにも可愛らしい。彼女は読書が好きだ。それは僕と共通の趣味でもある。映画を観ることも、音楽を聴くこともも、それから散歩が好きだということも、僕たちは共通していた。偶然に。そして必然に。
 僕たちは時間をかけて多くの本を読んだ。そして映画を観た。音楽を聴いた。天気の良い日には気の向くままに歩いたりもした。時には雨の日もあったし、風の強い日もあった。そうして僕たちは多くの時間を過ごした。そしていろいろなことを話し合い、さまざまな感覚を共有した。それはとても素晴らしいことなんだろう。
 だが、共通に流れた多くの時間は残酷な一面も持っている。あるいはそれは多くの恋人たちが突如として突き当たる壁なのかもしれないが、僕は彼女のことを好きなのかどうかがわからなかった。
 もちろん嫌いなわけではない。もちろん好意もある。そして愛情も確かに持っている。でも、だけれど、それでも確信が持てない――僕は彼女のことが好きなのだろうか?
 つまり、恋愛の対象として、心にときめきを抱いているのだろうかということなのだと思う。
 わからなかった。
 僕は多くの時間を彼女と過ごし、共有した。共通の愉しみもある。そしてこれからも多くの時間を彼女と過ごし、共有したいと思っている。共通の愉しみもあるから。
 それでも僕は彼女のことを好きなのかどうかわからない。愛しているのかわからない。つまり恋をしているのかがわからないということなのだと思う。そういうときめきをまだ抱いているのかがわからなかった。
 だから僕は一人でここに来た。
 だから1周34.5kmの円環を少なくとも3周は回り、少なくとも103.5kmの距離を進み、少なくとも87回の停車を経験して、少なくともそれにあと3回の停車をプラスして、少なくとも177分の時間をかけてここに来たのだ。そして全体的にもう少しだけ数が加算されることになるはずだ。
 まだ5月に入ったばかりだというのにこの日は猛暑で、すでに僕は汗を掻き始めていた。前方に見えるマルイの建物に引っ付いている電光のディスプレイによると気温は29度を超えていた。地球温暖化の影響はついにここまできたらしい。まだ5月に入って数日しか経っていないというのに。
 左に視線を移す。そして歩き出すことにした。
 つまり僕は浅草通りを稲荷町に向かって歩き出した。
 そして奇妙なものを目にする。
 というか、目にした。
 そこにいたのは白と黒のクマだった。モノクロームの、クマ。大きなパンダが歩道を我がもの顔で闊歩していた。パンダについては一切詳しくはないけれど、たぶん目の前のこいつは、きっとジャイアント・パンダだと思われる。理由は大きいから。
 昼間の浅草通りで、いかにも「問題ありません」といった風にジャイアント・パンダが闊歩していた。周りの人々はそれがさも当たり前のように振る舞っている。あたかもそいつがパンダではなく人間のような扱いだ。しかし、どう見ても、目の前にいるのはパンダである。
 しかし、どうしてこんなところにパンダが?
 ふと左に視線を移す。
 路地の向こうに台東区役所が見えた。中野区はあるのに、どうしてここを上野区にしなかったんだろう?などという考えがわずかによぎったが、今はそれどころではない。いや、でも、やっぱ上野って結構有名な地名だよなぁ、どうして上野区じゃないんだろ?
 しかしそのくだらない疑問も次の瞬間には消え去っていた。
 台東区役所の建物に大きな垂れ幕がぶら下がっていて、そこにはこう書かれていた。
『上野にパンダが戻ってくる!』
 ……いや、そんな馬鹿な。
 戻ってくるってそういう意味じゃないだろう。――それともそういう意味なのか? どこからかジャイアント・パンダが歩いてここまで来て、上野動物園に自ら足で入っていくということなのか?
 これは夢だと思いたいが、現実は否定できない。なによりこの暑さ。これが夢であるはずがない。本当に暑いんだから。まじで。
 そこでジーンズのヒップポケットが振動した。ヴァイヴレーションがメールの着信を報せてくる。僕はヒップポケットからケータイを取り出して、ディスプレイに目を向けた。彼女からだ。
 僕はメールの内容など無視して返信画面へと移した。そして途中まで打って、その画面を消した。そして短縮ボタンを押して、彼女に電話をかける。
「もしもし。どうしたの?」
「いま上野にいるんだけどさ、そこですごいことが起きた」
「なに?」
「きっと驚くと思う」
「そんなに驚くようなことなの?」
「とても」
「なあに、早く教えてよ」
 僕は深く呼吸をした。
「実は1周34.5kmの円環を少なくとも3周は回り、少なくとも103.5kmの距離を進み、少なくとも87回の停車を経験して、少なくともそれにあと3回の停車をプラスして、少なくとも177分の時間をかけて上野まで来たんだ。たぶん全体的にもう少しだけ数が加算されることになると思う。それから正面玄関口から駅を出た。マルイの建物にあったディスプレイには気温が29度を超えてることが示されてた。で、僕は浅草通りを稲荷町の方に向かって歩いたんだ」
「それで?」
「絶対に驚くと思うよ。もしかしたらきみは信じないかもしれない。僕の作り話だと疑うかもしれない」
「聞いてみないとわからないよ」
「あのね、それでね――」
 彼女は僕の話を信じてくれるだろうか。でも、重要なのはそんなことじゃないとわかっている。
 だから僕は見たままのことを、そのまま彼女に話す。
 そして彼女はどんな反応をするだろうか。それはあと10秒もしないうちにわかることだ。



<作者のことば>
上野駅から浅草通りを稲荷町の方に歩いていたとき、実際に似たような内容の垂れ幕が台東区役所に大々的に掲げられていた(正確な内容は憶えていない)。
そのときは大したことは思わなかった。ただ俺は初めて踏みしめる土地を足裏で感じながら、初めて訪れる街の空気を吸うことに必死だった。

しかしそれがあとになって、こうして何かと出会い。物語に生まれ変わった。

たぶん経験は、言葉には出来ない何か(それは霊感のようなものだろうか)と触れ合ったその瞬間に化学反応を起こし烈しくスパークして、そうして物語が生まれる。まるでビッグバンで宇宙が生まれたみたいに。
だから別に俺じゃなくてもよかったんだと思う。たまたま俺がそれを経験した一人で、たまたまその中の一人だった俺が何か(それは霊感のようなものだと思う)に出会ったのだ。きっとたぶん外因的な何かと外因的な何かがたまたま俺の内部で結合しちゃったってだけで、俺はフラスコやビーカーに似た存在なのだと思う。

重要なのは外因Aと外因Bが出会ったということで、触れ合ったということで、混ざり合って結合して化学反応起こして烈しくスパークして小さなビッグバンを引き起こして今までそこになかったものが生まれたということであり、別にフラスコやビーカーなどではない。決して。

もし俺がフラスコやビーカーや、あるいは試験管だったとして、じゃあ誰が外因Aと外因Bを混ぜ合わせたんだってことに関しては、俺はこういう表現ってあまり好きではないんだけど他に言葉が見当たらないからこう表現する。たぶん他のみんなだって他に表現が見当たらないからこう表現してしまうんだと思う。それを配合したのは、たぶんきっと神様なんじゃないかな、と。
(間違っても神懸ったようにこの物語が優れているという賛美のつもりではない。ただ自分にはそのような力がないというだけの話。それについてのエクスキューズ)

こうして物語は生まれていく。

これは東京で起きた物語である。
そして東京で起きる物語でもある。あるいは東京で起きている物語なのだ。

世の中に同一の物語などありはしない。
それだけは明記しておかなければならない。どれだけ似通っていてもどれひとつ同じ物語などは、この世に存在しないのだ。



(地味に再開したいと思います。マイペースにはなりますが、改めてよろしくお願いします。)



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COMMENT

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ポール・ブリッツ | URL | 2010/06/06(日) 09:17 [EDIT]
今主人公が話している「彼女」は、ほんとうに昨日までと同じ世界の「彼女」なのかわからない、ということに主人公が気づいていないのはある意味救いかもしれません(^^)

この考え方をつきつめると独我論にいっちまいますけど。

匡介 | URL | 2010/06/06(日) 13:39 [EDIT]
>ポール・ブリッツさん
え、そういう話ですか?(笑)
ちょっと考えてなかったですが、そういう受け取り方もあるんですね。なるほど。

それぞれの解釈があるんだな~と再認識しました。

ポール・ブリッツ | URL | 2010/06/09(水) 13:06 [EDIT]
あれ、そういう話ではなかったんですか(汗)

「上野にパンダがいる世界」から彼女に電話をかけたんですから、電話に出た彼女も『「上野にパンダがいる世界」の彼女』ではないかと思ったもので……。

ジャック・フィニイみたい! と思っていましたが、誤読していたらしいです。すみません。

匡介 | URL | 2010/06/09(水) 18:22 [EDIT]
>ポール・ブリッツさん
いえ、受け取り方や感じ方は自由だと思うので、誤読とかそういうのはないですよ。
特に深く考えて書いたものではなく、なんとなく浮かんできたものを書いただけなんです。

書き終わってから、これってこういう意味なのかな?って自分で思うことはありますけど、それも解釈の一つというだけで、正解って思ってるわけではないですし。
あえて後付けの解説を加えても構わないのですが、ポール・ブリッツさんのように受け取ったまま、自由な解釈も面白いんじゃないかと思います。
というか読み手に面白いと思ってもらえたなら、そこで作者があれこれ言うのは水差すようなものなんじゃないかなって思うので。

それより不勉強なものでジャック・フィニイがわかりません(汗)
しかし、どうも著名な方に譬えてもらった気がするので、ものすごく恐縮です(笑)

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