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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2010/06/25(金)   CATEGORY: 短篇小説
櫻宮家の呪い(1)
 人里から少し離れた山奥に、その屋敷は聳え立っていた。
 屋敷は一目見ても相当古いことが窺える。実際近くの村の人間ですら、その屋敷がいつからあるものか明瞭に憶えている者はいなかった。あるいは村の歴史より遥かに古いのかもしれない、そう思ってしまうほど、その屋敷は古く、そして謎に包まれていた。

 屋敷には大きな庭があった。
 そして数本の櫻の樹があった。

 その中でも一際大きな樹が一本ある。

 それは他のどの櫻よりも紅い花を咲かせている。
 まるでその樹だけ血を浴びたような紅さである。とても紅い。

 樹の下には娘が立っていた。
 彼女は血を浴びたような紅い花弁をじっと見つめていた。

 辺りには血飛沫のように、紅い花弁が舞っていた。


 ***


 彼女とは最近知り合った。
 名を櫻宮 一葉と云って、とてもお淑やかで、可憐な女性だ。

 そう、彼女は、私とは比べ物にならないほどの美人だった。

 私は今その一葉さんと一緒にある処(ところ)へ向かっている。
 実際のところ私も詳しくは聞いていないのだが、向かう先はとあるお店である。しかし残念なことに彼女の説明ではいまいち要領を得ることは出来ず、向かっている今でさえ向かう先が何の店なのかすら明確には把握出来ていないのだ。
 しかしどうやら彼女の話から察すると古い我楽多(がらくた)屋のようだった。

「もう少しよ。」と一葉さんが云った。

 我楽多屋と云えば、私は以前不思議な骨董屋にお世話になったことがある。
 当時は成り行きで親しくなって、とてもお世話になってしまった。あれからずっとお礼を云いたいのだけれど、不思議なことに私は彼のお店の場所を覚えていないのだ。

 そしてそのとき私は彼に御守りを貰った。
 紫の袋に包まれたそれは今でも大切に持っている。

「見えて来たわ。」と一葉が云って指差した。
 私は彼女の指が示した処に目を遣(や)った。そこには年季の入った小さなお店があった。看板には「あやかし堂」と書かれている。

「え?」

 私は自分の目を疑った。
 今まさに目の前にあるこの古びた骨董屋こそ私がずっと探していた「あやかし堂」なのである。

 私は慌ててその古びた店のドアを押して中へ這入った。
 店の中には黒猫を膝(ひざ)に載せた男が木の椅子に腰掛けている。男は幼く少年のような顔立ちだった。

「四郎さん!」私はつい叫んでしまった。

 この古い骨董屋「あやかし堂」の主人、神堂 四郎はこちらを見た。
 よく見ると本当に幼い顔立ちだ。とても私と同い年とは思えなかった。しかし彼はも私と同じく二十歳(はたち)である。もはや大人(おとな)だ。

「こんにちは。」と四郎は云った。

 私が、自分が以前世話になったことを告げようとしたのだがその前に「久しぶりですね。」と彼は云った。あれから1年は経とうとしているのに彼は私のことを憶えてくれていたのだ。
 私は嬉しくて少し涙目になってしまった。

 背後から、ギイ、と云う音がした。

 振り返るとそこには一葉が立っていた。
 一瞬のことではあるが、私は気が動転し過ぎて彼女のことを忘れてしまっていた。少し申し訳ない。

「どうしたの? 凄い勢い走って行ってしまうんだから吃驚(びっくり)したわ。」

 私は彼女に説明をした。
 私が以前に彼にお世話になったこと。そしてお礼を云いたかったのだけれどこのお店を何故か見つけることが出来ずにいたこと。それからずっとこのお店をずっと探していたこと。

 私が全てを説明すると彼女は「そうだったの。」と少し驚いたように云った。

「もう説明は終わりましたか?」と四郎が云った。
「ええ。もう充分なほどに。」と一葉がそれに答えた。

 いつの間にやらテーブルにはティーカップが3つ並んでいた。
 四郎はそれに紅茶を注(そそ)ぐと、どうぞ、と云って勧めてくれた。

 そして私たちは本題へと入った。
 いや、正確に云うと彼女が本題へと入ったのだが。

 彼女がここへ足を運んだ目的とは私と同じく相談があってのことだった。
 彼――神堂 四郎――に話せば大抵のことは解決してくれるのではないか、不思議とそんな気持ちになる。彼女が四郎に頼りたくなるのもよく解ることだった。

「実は、母が消えてしまったのです。」と一葉が云った。

 母が消えた? 私も初めて聞く話だった。
 そのあと彼女は詳しい説明を四郎にした。

 ――先日、実家から1件の電話が掛かってきました。
 その電話は実家の執事からの電話でした。とても慌てているようで何を云っているのか聞き取り難(にく)いところもありましたが、執事は私の母が消えてしまったと云うのです。
 私は驚きました。大慌てで実家へと急ぎ向かいました。そして実家に着くと本当に母は消えてしまっていたのです。
 それから辺りを何度も捜しましたが、母は一向に見つかりません。

 後半部分、一葉の声は涙声になっていた。

「お訊きしてもよろしいでしょうか。」と四郎は云った。
「なんでしょう?」一葉は涙を堪えた様子だ。
「お母様が家出をなさった可能性はないのですか?」
「いいえ。ありません。」一葉ははっきりと云った。
「それはどうして?」四郎が訊き返す。
「実家は田舎の山奥にあるのです。」
「それで?」
「あそこから出るには車が要ります。特に母は女ですし、そう若くもありませんからなおのことです。」
「それはつまり、近くに民家などはないと?」
「ええ。その通りです。家の周りは何もありません、ただの山です。一番近くの村まで行くにしても車で30分はかかります。」
「それは確かに遠いですね。さらに辺りが山となると、まず歩きはしないでしょうね。」
「そういうことです。」

 話を聞く限りでは、一葉の実家は不便極まりないような処にあるらしい。
 一番近くの村ですら車で30分も山道を走らねばならないとなると相当だろう。
 何故そんなところへ家を建てる気になったのかが私には解らないが、それを一葉に云っても仕方がない。そこに家を建てたのは彼女ではないのだから。

「お母様は車を運転にならなかったのですね?」
「ええ。運転は出来ませんでした。それに屋敷には車が1台あるだけです。」
「それは執事さんが?」
「そうです。もう結構な高齢なのですが、まだまだ元気でよく働いてくれています。」

 高齢と云うのは何歳くらいなのだろうか。
 しかしそんなことのためだけに私が話に割り込むのはどうかと思ったのでそれを訊ねるのは止めておいた。

「誰かが迎えに来たと云うのは考えられないのでしょうか?」
「誰かが来たならきっと執事が気付くと思います。あとウチの屋敷に行く道を通る者は少ないので、通れば村の方が気付くのです。私も訊いてみたのですが、誰も通らなかった、と。」

 整理するとこうなのだろう。
 ひとつは、一葉の実家のお屋敷は人里離れた山の中で、歩いて何処(どこ)かへ行くことは困難を極める。
 ふたつめは、一葉のお母さんは車の運転が出来ない。よってお母さん1人だけで何処かへ行くことも出来ない。
 みっつめは、誰かが車で一葉のお母さんを迎えに来た可能性も捨てられないが、そうなると執事や村の人々が気付く可能性が高く、そうは考え難い。
 つまり要約すると一葉のお母さんは何処へも行くことも出来ないので、まるで煙のように消えてしまったと云うことになるわけだ。

「もちろん山も調べたんですよね? その屋敷の周りなんかも。」
「ええ。もちろんです。」と一葉が云った。

 四郎は少し黙って考え込んでしまった。
 彼の足元を見てみると、そこには黒猫が寝そべっていた。

「では、一葉さんはどうお考えになっているのですか?」
 しかし直ぐに沈黙は破られた。
「私ですか? 私は、そうですね。神隠しではないかと。」と一葉は云う。
「神隠しですか?」
「実家の辺りでは昔から神隠しの噂があるので。」
「それは興味深いですね。」
「神隠しは神堂さんの得意分野でしょう?」
「それは何故?」

「ご活躍はお聞きしております。」と一葉は云った。

 得意分野と云うのはどういうことだろうか。
 一葉の云う「活躍」というのは一体どのようなものなのだろう。
 私は解らないことばかりだった。しかし私のくだらない質問を投げかけるには今はタイミングが悪すぎる。

「妖怪や怪異を専門に取り扱ったご商売をなされていると伺っております。」

 妖怪? 怪異?
 四郎の商売と云うと「あやかし堂」と云う骨董屋だろうと私は思った。
 妖怪や怪異などを扱うような如何(いかが)わしい商売にしていると云うのはどうも信憑性に事足りない。

「それは一体誰から?」と四郎は云った。
「それは云えませぬ。」
「どうしてもですか?」
「どうしてもです。」

 四郎は一呼吸置いた。
 それと同時に黒猫がニャと短く鳴いた。

「解りました。そのご依頼を受けましょう。」

 そう云うと四郎は紅茶を啜(すす)った。
 私には彼女、一葉が四郎に何を依頼したのかがいまいち解らずにいた。つまり母親の捜索と云うことだろうか。

「では、出来るだけ早くに一葉さんの実家へ足を運ぶことにしましょう。」

 私は未(いま)だに何も解らぬままだった。


 ***


「面倒なことになったな。」と黒猫が云った。
 四郎は返事をせずに黙ったままでいた。

「まさか神隠しとはのう。」

 黒猫がそう云うと少し開いた窓の隙間から春の風が入ってきた。
 その風が四郎の輪郭をなぞった。四郎は春の風の心地よさを感じた。

「うん。これは面倒なことになった」

 そうだけ云うと四郎は再び黙った。



<作者のことば>
おお、恥ずかしい。まさかこの物語を人目に晒す日が来ることがあろうとは……。
――というのも、この物語は途中まで書いて長らく放置されていた、言葉を換えればお蔵入りになっていたものなのである。

いつか書き直すことがあるかもしれない、とは思っていた。
しかし今回、とある思い付きによって今このタイミングで載せたいと思い、だが、書き直すほどの気力はなかったので(笑)、当時の文章をほぼそのままに使っている。
ファイルの日付を見てみると2007年――約2年ほど前の文章ということになるのだ。これは恥ずかしい。

まるで小学校のときの文集を他人に見られているような恥ずかしさである。

やや見苦しいところもあるかもしれませんが、短い話なので、どうか軽い気持ちで読み流してやってください。
書き直すという手間を省いてしまった自分のことについては、存分に責めてくださって構いませぬ。さあ、鞭で打つなり、蝋を垂らすなり好きにしてくださいませ。

……え? 変態? 何のことやら。


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COMMENT

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ポール・ブリッツ | URL | 2010/06/25(金) 18:47 [EDIT]
「未完」として続きを途中でほっぽりだしたら、わたしが団鬼六氏もハダシで逃げ出すようなきつい責めをしてあげるので覚悟することです(笑)

もちろん、この場に上げたということは完結させる気まんまんですよね、そうですよね?(^^)

匡介 | URL | 2010/06/25(金) 18:51 [EDIT]
>ポール・ブリッツさん
仕方ないのでもうそのときにはブログ閉鎖して雲隠れしようかと思います。責めとか嫌ですし(笑)

おそらく完結できるとは思います。
当初の構想よりだいぶ短くまとめることになる気がしますが、一応終わらせるつもりではありますよ。

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