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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2010/04/14(水)   CATEGORY: MUKURO・地獄篇
MUKURO・地獄篇‐33 (世界の真実)
 横転した車から他の者も無事這い出し、骸の姿を見た。望美は信じられないように口をぱくつかせ、あからさまに動揺してしまっていたがどうにか柳瀬が落ち着かせた。耕太は子ども特有の吞み込みのよさを発揮し、飯沼は初対面だった。
 全員が揃ったところで骸は話し始めた。辺りに妖魔の姿はない。
「きっと俺が何者なのかということが知りたいと思う。しかしそれを説明するにはやつらのことが何なのかを話さなくてはならない。別に隠していたわけではないが、言う必要もないと判断して黙っていたのだが、俺はやつら化け物が何なのかを知っている」
 骸は語り始めた。
「やつら――化け物、妖魔、魑魅魍魎、呼び名は何でもいいが――は、人間の強い想いが形を成したものだ。あるいは欲望か。――何にせよ、心に強く念じられたものがお互いにくっつき合い、力を得て、形を作ったものだ」
「よく意味がわからないんだけど」と詩帆は言った。
「たとえば何かを強く欲しいと思う気持ち。食欲や性欲という根源的な欲求。あるいは物欲。金や女が欲しい。そういった欲望は互いにくっつき合って強いエネルギーになる。
 他にも嫉妬心や猜疑心、恨み、憎しみ。不満や殺意。そういった感情は強いエネルギーを持っていて、似た性質の感情はそれぞれが引き付け合う性格があるということだ」
 それらは一般的に負のイメージとして認識の強い感情だ。
 そうした感情が他の感情よりも強い力を持っていることは想像に難しくないことだろう。永遠に続くと思っていた幸福感はちょっとしたきっかけで崩壊し、絶望に変わり、怒りに変わり、悲しみに変わることがある。それら負の感情が一切を支配してしまうというのは、生きていれば誰しもが経験することかもしれない。詩帆を始め、全員が感覚的に骸の言葉の意味を理解していた。負の感情はときに手がつけられないことがある。心の主導権を奪い去り、理性を吹き飛ばし、どうしようもない激情。ときに人はそれに狂わされてしまうのだ。それは自分ではコントロールし切れない感情であり、しかし切り離すことは不可能なものだ。誰しもが強い欲望を持ち、ときに感情を荒ぶらせ、人を傷付けたりするものである。
「そういった欲望、感情のエネルギーは宙を浮遊し、彷徨い、結び付き、さらに大きなエネルギーとなって世界に蓄積されている。そのエネルギーは何かに作用して、あるいは吸収され、循環することもあるが、もはや禍々しいといってもいいこのエネルギーの集合体があまりに大きく成長してしまった場合、世界はそれを排出しようとする。世界の外に――つまり異次元や異空間と表現すればいいだろうか。
 そしてそのエネルギー体は誰の目にも留まらぬところで成長を続けていた。力は強大になり、形を持つことが出来るようになっていた。ある程度の意思も存在しているのかもしれない。いつしかそんな成長し過ぎたエネルギー体を異次元空間は抑えきることが出来なくなっており、空間が持つ容量(キャパシティー)をすでに大きく超えていた。そしてその異次元空間は崩壊した。形を持ったかつてのエネルギー体は世界に流れ込み、こうして現れたというわけだ」
 本来なら到底信じられない話であったが、現実に世界には魑魅魍魎が跳梁跋扈している。誰もが骸の話が真実だと悟った。それは予想もしない事実だった。つまり人間は自分らが生み出したものに今こうして滅ぼされようとしているのか。
「それで――あなたの正体は何なの?」
 望美が問う。突然の世界の変貌で、何も一つ理解出来ないままでいたが、今こうして話を聞いてそれも感覚的に理解は出来た。しかしまだ知りたいことは残っている。
「俺もやつらと同じエネルギー体でしかない」単刀直入に骸は言い放った。「人間というのは肉体と精神、そして魂で構成されている。その中で最も重要となる核と呼べるものが魂だ。魂が全ての基盤といってもいい。精神はそれに付随した存在に近い。肉体はそれらを守る鎧のようなものだ。俺はそのうちの精神のみで形成されているといえる」
「しかし僕らと同じように物に触れることが出来ている。肉体も持っているように見えるが?」と柳瀬は言った。
「――ある意味、そこが一番大事なところかもしれない。非常に言いにくいことなのだが、ここは肉体を持たない世界なのだ」
「肉体を、持たない…?」
「この世界はエネルギーだけで構成されている。物質的なものは何一つとして存在しない。実際に君たちが肉体と感じているものも同じだ。――つまりその肉体は精神ということなのだが」
 衝撃的な事実だった。
 骸の話は今まで感じてきたもの全てが虚構だと言っているようなものだ。これまで触れてきたものに何一つ本物はなかったということになる。そしてこの肉体も本物ではないらしい。――しかし人は肉体と精神、そして魂で構成されていると先程は言っていたはずだ。これはどういうことなのか?
「ここは、この世界は裏側のようなものだ。肉体ある世界とは別の世界。わかりにくいかもしれないから率直に言うが、君たちはすでに死んだ存在だ」
 誰もが、理解できなかった。
「人は死ぬと肉体は滅ぶ。精神もいずれ滅び、魂だけが次の生を迎える。しかしすぐにではない。肉体ある世界で人が死ぬと精神と魂が肉体から離れ、この肉体のない世界へと移ってくることになる。つまり、ここは、君たちの言葉で言うところのあの世という存在なのかもしれない」
「――どういうことなんだ? 俺は今こうしてちゃんと生きているじゃないか!」
 柳瀬が激昂して骸に詰め寄った。
 それに構わず、骸は話を続けた。
「魂はいずれ新しい肉体を得ることになるのだが、それまでにかなりの時間がかかる。どう表現するべきかわからないが、リサイクルにはそれなりの手間隙がかかるだろう? つまり浄化の時間ということだ。魂は次の肉体を得る前に浄化されるのだが、それには時間が必要だということだ。
 しかし魂は単独で存在していることが出来ない。
 魂が存在を維持するには肉体と精神が必要不可欠だ。だが、そのうち肉体はなくてもある程度の期間なら存在を維持していられる。肉体の死後に大事なのは精神だ。肉体を失った魂は次の肉体を得るまで精神に守られることになる。精神とはエネルギー体の一つで、便宜上“精神”と呼んでいるだけなのだが、その魂と精神で構成された存在はこの世界を生きる者たちだ」
 それを信じろというのか。誰もが自身のアイデンティティーを失った気分になった。まさか自分が幽霊のようなものだとは考えたくはなかった。そんな実感はどこにもない。
「俺には、過去に自分が死んだという記憶はどこにもない。それにここが死後の世界とは思えない。ここがあの世だか冥府だか知らないが、実際には誰もが普通に生活だってしている。そんなはずはない」
「それは、そのように思わせるのがこの世界の役割だからだ。この世界を維持するのに大事なのは人々の先入観や固定観念だ。“こうあるべき”“こうなるはず”という意識が生んだエネルギーがこの世界を作っている。そこに物があれば掴めるはずだし、宙で放せばそれは落ちるという思い込みの力。それがこの世界の基本だ。
 本来、魂に性格というものは存在しない。性格を持つのは肉体と精神であって魂ではない。同じように記憶の保持も魂はすることが出来ない。記憶を持つことが出来るのは主に肉体であって、それが肉体の持つ一つの役割でもある。そして精神は、一応ながら物事を記憶する能力を有しているがその容量は小さく、あまり多くのことを記憶しておくことは出来ないようになっている。それがこの世界で生活するに当たって大事なことなのだ。
 精神は魂にあたかも肉体があるように錯覚させるため、死ぬ前の生活を再現しようという力が働く。それが今、肉体を持っているという感覚の正体だ。生きているはず、という思い込みのもとでもある。
 しかし、人々の先入観や固定観念だけで形成された日常には限界があり、ところどころが矛盾によっていつでも綻び兼ねない。――そもそも多くの人の思い込みによって世界が作られているにも関わらず、全員の意識は最初から少しずつズレているのだから矛盾は当然のことなのだが。
 そんな矛盾も精神の記憶容量の小ささによってある程度は解決されている。もし世界の矛盾に気付いてしまっても、感じた違和はそれほど長く維持されないからだ。そして人々はまるで日常の違和に気付いても見て見ぬ振りをするように過ごしてしまうのだ」
 耕太は骸の話のほとんどを理解できていなかった。ただ自分がすでに死んでいるらしいということだけはわかった。望美はショックに涙を流していた。他の者は骸の言葉を信じられないか、いまいち理解できていないかで呆然としており、館岡だけがその楽観的な性格で真実を受け止めることが出来ていた。
 楽観主義もここまでくると大したものである。
「ここにいる全員が去年の記憶はないと思う。あるいは1箇月前の記憶もないかもしれない。もしかしたら昨日の記憶だっておぼろげだろう。誰かが死んだという記憶はないはずだ。あるいは生まれたという記憶だってそうだ。基本的にこの世界の人間は同じ毎日を繰り返しているだけで変化がない。世界では常に誰かが生まれ、死んでいくということをわかっているから周りでもそのようなことがあったという感覚だけがあるのであって、実際に人が増えたり減ったりしていることはまずないはずだ。家族だって存在しているはずだと思い込んでいるだけで、実際にこの世界に入ってからは会ったことだってないだろう」
 詩帆の内部で多くのものが音を立てて崩れていくようだった。
 確かに家族や友人とはしばらく会っていない。驚くべき発見や新しい事実に出会ったこともない。変化のない日常。考えてみれば幼い頃の思い出が何一つ浮かばなかった。それまでは昔のことだから忘れてしまっているのだと思っていたが……。そういえば親の顔ってどんなだっただろう? 誰かが年老いたか? ずっと同じままではないだろうか。そうだ、自分は日常に変化があると思い込んでいただけだった。この世界の何もかもが虚構の存在だったのか――…
 その場の全員が、これまでにない絶望感に襲われた。




<作者のことば>
ごめんなさい。すっごく長くなりました。どうしても区切れなくて。
そしてとっても理解の難しい説明になってしまいました。説明力なくて。

この世界がどういったものかというのは作品にとってそれほど重要ではなく、ある種の世界観作りの一つなのですが、おぼろげにあったイメージを言葉にしてみたらとても難しく、とてもじゃないけれど理路整然とまとまったものではありません。

今まで再三言っていたように、アバウトに読み流して頂いて結構!
わからなかったところで作品の本質を損ねるわけではありません(では本質とは何か?とかは訊かないで)。

さて、一応謎解きも終わったところで物語はついにクライマックスを迎えます。
あと少し! あと少しですから最後までお付き合い願えると幸いです。


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COMMENT

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ポール・ブリッツ | URL | 2010/04/14(水) 18:07 [EDIT]
たしか小松左京先生の短編に似たアイデアのやつがありましたな。
たしかそれではもっとミもフタもなく、「死んだ」ことを認識していない死者は宇宙の崩壊まで「生き」続けなくてはならない、もしかしたらもっと長く、それが「地獄」の正体だというのがオチになっていたような。

なにぶん読んだのが昔のことですからタイトルどころかほんとうに小松先生の作品だったのかすら覚えていないであります(^^)

匡介 | URL | 2010/04/15(木) 04:33 [EDIT]
>ポール・ブリッツさん
そうですか。小松左京はあまり、というか読んだ記憶があるのは1冊の短編集だけなのですが、いかにも小松左京らしい話ですね。

それ、死んだのちに老いるのかどうなのかわかりませんが(老いることなく日常だけが繰り返されていくのでしょうか? その場合は時間的感覚の喪失してしまう?)、それが地獄というオチならば、「生きることは地獄」だという解釈もできますね。
「生きる」というのは、確かにそういう一面も持っていると思うので、小松左京さんは生きていてそういうことを感じたときがあったのかもしれません。

人によっていろいろな地獄(苦痛)があると思うと、これはなかなか興味深いテーマだと改めて思います。

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