MUKURO・地獄篇‐12 (邂逅-Ⅱ)
太陽はその姿を隠そうとしていた。夕陽に染まる空のグラデーションは、いつもなら綺麗なはずなのに、今日は不気味に色付いている気がした。
いたるところで暗がりが繁り始めた。世界は魑魅魍魎の異形が街を蔓延るようになってから、最初の夜を迎えようとしていた。
濃い霧の中、ヴウウウン…という羽音を耳にしながら、檜山 詩帆はその夜を迎えた。
車ごと断層による崖からの転落後、安生 三貴彦の姿はない。どこへ消えてしまったのだろうか? そして無事なのだろうか? 詩帆の心に不安が募る。
彼女は、残されたランドクルーザーの中にいた。車は横転していて、走らせることはできなかったが、この闇の中で、身を隠す場所にはなった。外では人面蜂たちが蠢いている。自分の居場所だけは、悟られるわけにいかなかった。彼女は息を殺し、機を待った。
ゴウンゴウン、という音で目が覚めた。どうやらいつの間にかに眠ってしまっていたようだ。
この状況でよくもまあ眠れるな、と詩帆は自嘲気味に笑った。
ゴウンゴウン。何の音だろう?
気付けば車内が揺れている。――地震?
ゴウンゴウン。いや、揺れているのは車だけだった。
暗闇に紛れていて気付かなかったが、詩帆の目の前には顔があった。大きな、猿の顔。
猿が、車を揺さぶっていた。ゴウンゴウン。傾いた車体が地面を打っていた。
「なっ なに?」
猿は人間さながらの笑みを浮かべ、詩帆を見つめた。
その下半身、毛むくじゃらの中に、大きな隆起。太く、硬く、はち切れんばかりにそそり立つペニス。
明らかに猿は欲情していた。
何に?――詩帆に。人間の牝に。
ハッハッハッ。荒い息遣いが聞こえてきた。
窓硝子一枚を隔てて、猿が詩帆に欲情している。
――犯される。
――猿に、犯される。
本能が警鐘を鳴らす。逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ――!!
ガタガタと震える体。言うことを聞かない。
動かない、動けない。
今までにない、恐怖。
ただ殺されるより怖い。肉を引きちぎられるより恐ろしい。
動かない、動けない。
あのケモノに犯されるのか?
ケダモノだ。ケダモノに犯される女。
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ――…
襲いかかる恐怖の中、やっとのことで手が車のドアに届いた。
猿が詩帆の動きにピクリと反応した。
急がなくては――犯される!!
思い切ってドアを開けた。そして車から這い出ると一目散に駆け出した。
ヒぃーッ! ヒぃーッ!
奇怪な鳴き声が響いた。猿が興奮しながら追いかけてくるのがわかる。
ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ――…
人面蜂の羽音。近い。――もう無理かもしれない。
詩帆の心に諦めの色が浮かんだ。
絶望――このまま自分はあの猿に犯されて、人面蜂の気味の悪い触手に捕らえられ、最終的には死ぬのか。やつらに殺されるのか。それとも化け物の仔を孕ませられるのだろうか。
何にせよ、希望はなかった。
猿の毛むくじゃらの腕が、詩帆の腕を掴んだ。
――終わりか。
「ヒィギャアアアアアアアアア!!」
絶叫。生温かいものが顔にかかった。
――血?
詩帆の腕には、毛むくじゃらの猿の腕。――が、ぶらさがっていた。
「……腕?」
腕だけだった。腕が切断され、血を撒き散らしながらぶらさがっている。
詩帆は顔を上げた。
目の前に男がいた。
黒髪の、陶磁器のように滑らかで、白い肌をした、無機質で、美しい顔。
血が通っているのかというほどに白く、青く、生気がない。
男は無表情のまま、手には何かを握っていた。白い剣のようなものだ。
「――大丈夫か、女?」
その声は氷のような冷たさで、しかし雪のような温かさを併せ持っていた。
いたるところで暗がりが繁り始めた。世界は魑魅魍魎の異形が街を蔓延るようになってから、最初の夜を迎えようとしていた。
濃い霧の中、ヴウウウン…という羽音を耳にしながら、檜山 詩帆はその夜を迎えた。
車ごと断層による崖からの転落後、安生 三貴彦の姿はない。どこへ消えてしまったのだろうか? そして無事なのだろうか? 詩帆の心に不安が募る。
彼女は、残されたランドクルーザーの中にいた。車は横転していて、走らせることはできなかったが、この闇の中で、身を隠す場所にはなった。外では人面蜂たちが蠢いている。自分の居場所だけは、悟られるわけにいかなかった。彼女は息を殺し、機を待った。
ゴウンゴウン、という音で目が覚めた。どうやらいつの間にかに眠ってしまっていたようだ。
この状況でよくもまあ眠れるな、と詩帆は自嘲気味に笑った。
ゴウンゴウン。何の音だろう?
気付けば車内が揺れている。――地震?
ゴウンゴウン。いや、揺れているのは車だけだった。
暗闇に紛れていて気付かなかったが、詩帆の目の前には顔があった。大きな、猿の顔。
猿が、車を揺さぶっていた。ゴウンゴウン。傾いた車体が地面を打っていた。
「なっ なに?」
猿は人間さながらの笑みを浮かべ、詩帆を見つめた。
その下半身、毛むくじゃらの中に、大きな隆起。太く、硬く、はち切れんばかりにそそり立つペニス。
明らかに猿は欲情していた。
何に?――詩帆に。人間の牝に。
ハッハッハッ。荒い息遣いが聞こえてきた。
窓硝子一枚を隔てて、猿が詩帆に欲情している。
――犯される。
――猿に、犯される。
本能が警鐘を鳴らす。逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ――!!
ガタガタと震える体。言うことを聞かない。
動かない、動けない。
今までにない、恐怖。
ただ殺されるより怖い。肉を引きちぎられるより恐ろしい。
動かない、動けない。
あのケモノに犯されるのか?
ケダモノだ。ケダモノに犯される女。
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ――…
襲いかかる恐怖の中、やっとのことで手が車のドアに届いた。
猿が詩帆の動きにピクリと反応した。
急がなくては――犯される!!
思い切ってドアを開けた。そして車から這い出ると一目散に駆け出した。
ヒぃーッ! ヒぃーッ!
奇怪な鳴き声が響いた。猿が興奮しながら追いかけてくるのがわかる。
ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ――…
人面蜂の羽音。近い。――もう無理かもしれない。
詩帆の心に諦めの色が浮かんだ。
絶望――このまま自分はあの猿に犯されて、人面蜂の気味の悪い触手に捕らえられ、最終的には死ぬのか。やつらに殺されるのか。それとも化け物の仔を孕ませられるのだろうか。
何にせよ、希望はなかった。
猿の毛むくじゃらの腕が、詩帆の腕を掴んだ。
――終わりか。
「ヒィギャアアアアアアアアア!!」
絶叫。生温かいものが顔にかかった。
――血?
詩帆の腕には、毛むくじゃらの猿の腕。――が、ぶらさがっていた。
「……腕?」
腕だけだった。腕が切断され、血を撒き散らしながらぶらさがっている。
詩帆は顔を上げた。
目の前に男がいた。
黒髪の、陶磁器のように滑らかで、白い肌をした、無機質で、美しい顔。
血が通っているのかというほどに白く、青く、生気がない。
男は無表情のまま、手には何かを握っていた。白い剣のようなものだ。
「――大丈夫か、女?」
その声は氷のような冷たさで、しかし雪のような温かさを併せ持っていた。
COMMENT
● 感謝です!!
コバヤカワ セツナ | URL | 2010/02/13(土) 07:30 [EDIT]
コバヤカワ セツナ | URL | 2010/02/13(土) 07:30 [EDIT]
大変遅くなりましたがブログ訪問ありがとうございました☆
小説読ませていただきました。なかなか複雑みたいですね。
私事ですが、
もし機会があれば、また見に来てくださいね。
広めてもらえると、もっと嬉しいです♪
小説読ませていただきました。なかなか複雑みたいですね。
私事ですが、
もし機会があれば、また見に来てくださいね。
広めてもらえると、もっと嬉しいです♪
●
匡介 | URL | 2010/02/13(土) 09:39 [EDIT]
匡介 | URL | 2010/02/13(土) 09:39 [EDIT]
>コバヤカワ セツナさん
わざわざどうも、こちらこそありがとうございます。
読んで頂けたのはこのMUKUROでしょうか? 個人的にはシンプルな内容だと思っているのですが、複雑でしたか。わかりにくいという意味の複雑ではなければいいのですが(苦笑)
では、暇を見つけて伺わせて頂こうと思いますね♪
わざわざどうも、こちらこそありがとうございます。
読んで頂けたのはこのMUKUROでしょうか? 個人的にはシンプルな内容だと思っているのですが、複雑でしたか。わかりにくいという意味の複雑ではなければいいのですが(苦笑)
では、暇を見つけて伺わせて頂こうと思いますね♪
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