FC2ブログ
みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2010/01/04(月)   CATEGORY: 短篇小説
紅い花
 冷気が渦を巻くように風に乗り、大地を駆けていった
 シオンは白い息を眺めながら、遠くに見える高い壁のことを思った。あの壁の向こう側は、おそらく町だ。それはこの地域で唯一の町だった。
 瓦礫砂漠と化している大地を踏みしめ、シオンは進んだ。
 冬が近付いている。今が何月の何日なのか彼は知らなかったが、空気が刺さるほど冷たい。皮膚が凍ってしまったかのように、体の動きが鈍かった。指の関節がかじかんで上手く動かせない。
「冬が近付いているのか、東に近付いているのか。どちらにせよ、寒いな」
 東には一面が氷で覆われた大地があるという。見たことのないその地を思って、シオンは両手を合わせ、擦った。わずかに手に感覚が戻ってくる。
 前方に、大きな瓦礫の山が見えた。かつて大きな建物だったものだろうか。それが崩れ、積み重なって、それは形成されていた。巨大なオブジェ。無機質な印象は、冷たい雰囲気を漂わせ、心なしか吐く息がより白く濁った気すらした。
「迂回路を探すべきかな」
 目の前に現れたその山のことは聞いていた。最後に立ち寄ったコロニーの住民に、警告されていたからだ。あの辺りはハイイロオオカミの縄張りになっているらしい。
 もう視界に捉えているにも関わらず、ここで迂回してしまえば町は遠くなってしまう。シオンはしばし進路を悩んだ。正直なところ、かなり疲労が溜まっていた。早く休みたいという欲求が強い。
「まあ、何とかなるだろ」
 どこからがハイイロオオカミの縄張りかわからないまま迂回路を取るとすれば、どこまでも遠回りしなければならない。迂回したつもりが縄張りに足を踏み入れてしまえば元も子もないからだ。だとすれば最初から覚悟を決めて突っ切った方が楽だろう、そうシオンは思い、一歩踏み出した。
 近付けばより大きく聳(そび)える巨塊。シオンは眼前のそれを見上げ、感嘆の息を漏らした。「凄いな」
さすがに瓦礫の隙間を縫うように進めば、ハイイロオオカミたちの神経を逆撫でしてしまうことはわかりきっていた。山に沿って進む。瓦礫は触れると冷たかった。
「――ん?」
 幻聴か、思わずシオンは立ち止まった。ここで聞こえるはずのない声。子供の声。
「誰かいるのか?」
 耳を澄ませ、神経を集中させた。かすかだが、やはり声は聞こえてきた。少年のような、幼い声。それは山の中から反響してきているようだった。
「おいおい、まさか中にいるのか……?」
 自分の耳が信じられない傍ら、シオンは覚悟して、足先の向きを変えた。
 愛用のナイフをいつでも引き抜けるように、柄(つか)を握った。馴染みの感触。それを手で確かめて、山の内部へと侵入した。すでにハイイロオオカミの縄張りに深く入り込んでしまっているはずで、シオンは息を殺し、足を忍ばせて進んだ。
「ほら、こっち!」
「待ってよー」
「早く早く」
「そんなこと言われても~」
 少年と少女の声だった。シオンが声の方角に視線を向けると、瓦礫の山を器用に登っていく少年の姿。そしてそれをたどたどしく追う少女の姿。どうしてこんなところに子供がいるのか、彼は見当もつかなかった。
「おい、そこのふたり!」
 ビクリと体を硬直させて、ふたりはシオンに振り向いた。
「何やってるんだ」
「やばい、早くこっちに」
「ま、待ってよ!!」
 少年たちは逃げるように奥へ進もうとしているのが見て取れた。いつハイイロオオカミに襲われるかわからないのに、ここでもたもたしていられない。すぐにふたりを連れてここを抜けなくては――シオンはふたりに駆け寄った。「ちょっと待てよ!」
 声が響く。シオンは足を止める。違和感。どこか空気が変わったのを感じた。――ハイイロオオカミ? これ以上、ここには居られない。しかし今動くのも危険だと直感が示していた。
「待て! それ以上そっちに行くな!!」
 シオンの叫びと同時に、瓦礫の小さな隙間から、数匹のハイイロオオカミ現れた。
曇天を思わせるグレイの体毛がわずかになびいた。ハイイロオオカミはグルル…と明らかな敵意を剥き出しにシオンに対峙した。
 それを見た少年たちは慌てて瓦礫を登る。上へ上へと逃げようとしていた。
「馬鹿野郎!!」
シオンは叫んだ。それ以上行くな、そう大声を上げた。下手に動くと複数のハイイロオオカミたちに飛びつかれるだろう。声を張り上げるだけでも充分に彼らを刺激しているのはわかっていた。
 シオンは懐(ふところ)からナイフを引き抜き、強く握った。空気が緊張する。汗が流れた。ハイイロオオカミが低くうなる。ヴヴヴ。一触即発の雰囲気で、辺りは張り詰めていた。
「うわああああああ!!」
 少年の叫び声が響いた。それが合図になり、シオンは俊敏にその場を動いた。ハイイロオオカミがそれを追う。自分の身軽さをもって、シオンは瓦礫の上を跳んで進んだ。瓦礫から瓦礫へ。ハイイロオオカミも同様に追いかけてきている。すぐに少年に追いついて、それと同時に一匹の大きなハイイロオオカミの姿がシオンの視界に入った。
「俺の後ろに下がれ!!」
 より力強くナイフを握り、ハイイロオオカミの前に立ちはだかった。明らかに気が立っている。ハイイロオオカミの異常なほどの怒りように、少年は目に涙を溜めていた。少女はすでに大粒の涙を大量に流している、が、それでも声を出すのを堪えて、必死に黙ろうとしていた。小さな嗚咽がシオンの耳に届いた。
「大人しくしてろよ」
 ハイイロオオカミが飛びかかった。物凄い跳躍で、シオンに降りかかってきた。それを見て素早く懐に忍び込み、握ったナイフを振り上げた。肉を断つ感触。ナイフはハイイロオオカミの喉元を深く抉(えぐ)り、切り裂いた。血が雨のように降り注ぐ。ハイイロオオカミは残った力を振り絞り、シオンの左腕に噛み付いた。力強く、がっちりと牙が肉に食い込んでいる。
 シオンは再びナイフを振り上げて、そして下ろした。血が飛沫をあげた。
「すげえ」
 背後で少年が呟くのが聞こえた。
 ハイイロオオカミに喰い込んだナイフを、シオンは引き抜いた。
「大丈夫か?」
 少年たちは小さく頷く。
「そうか。じゃあ逃げるぞ」
 後方から追ってきていたハイイロオオカミたちの姿がもう見えていた。
 ハイイロオオカミたちを前に、シオンは大声で凄んだ。そして殺したハイイロオオカミを全力で投げつけた。同胞の亡骸を見て、ハイイロオオカミたちは憤りとともにシオンに対する恐れを抱いた。危険信号。シオンが一歩踏み出すと、ハイイロオオカミたちが後ずさった。シオンの双眸は、ハイイロオオカミたちを離さなかった。
「ゆっくりとついて来い」
 こくり、と頷いた子供たちを確認して、シオンは進んだ。
 ハイイロオオカミたちが、ゆっくりと退き下がる。
「合図したら、走って出来るだけここから離れろよ?」
 山の入り口が見えて、シオンは叫んだ。「今だ! 走れ!!」
 子供たちが全力で走り出した。素早くシオンが続いた。
 一瞬のためらいのあと、ハイイロオオカミたちがそれを追った。
 ただただ走る。大きな壁が見える。あそこまで行けば町だ。少年は脚に力を込めた。少女は必死に少年について行こうとしている。それをシオンは見守るように走った。


 縄張りを抜けてしまえばハイイロオオカミたちが追いかけてくることもなくなった。元来とても賢い動物なので、獲物でないものを無駄に追うことはしないのだ。ただでさえシオンの強さを認識していたので、それはなおのことだった。縄張りの外まで追いかけるのは、ハイイロオオカミたちにとってもリスキーだった。
「ありがとう」
 少年が言った。
「すごい強いんだね!! ハイイロオオカミを簡単にやっつけちゃった!!」
 無邪気にはしゃぐ少年に、シオンは苦笑した。
「もう、あそこには行くなよ」
 少年は渋々頷いた。「でも、いつかお兄さんみたいに強くなって、ハイイロオオカミたちを退治しにいくよ!」
「なあ、ハイイロオオカミだって生きてるんだぞ? むやみやたらに殺すものじゃない。俺が殺したあのハイイロオオカミだって、本当は殺したくなかった」
「どうして?」
「あれは母親だよ。ハイイロオオカミはメスの方が体が大きい。子供を生むとそれはより大きくなる。あのサイズから考えると、きっと子供がいたんだ。だから余計に気が立っていたんだよ。そのせいで、殺すしかなかったんだ。殺さなきゃ、殺される。母親は子を守るためには常に命懸けだ。――わかるか?」
 急に少女が泣き出した。「じゃあ、お母さんが死んじゃって子供はどうなっちゃうの?」
「さあな。ハイイロオオカミは群れで生活するが、子を育てるのは母親だけだ。きっと何も食べられなくて、死んでしまうんだろうなぁ」
 それを聞いて、少年もやっと自分が招いてしまったことを悟ったかのように泣き出してしまった。
「泣くなよ。何事も経験だ」
 それでも子供たちは泣き続け、シオンは困り果ててしまった。
 そのうち疲れたのか泣き顔は寝顔に変わり、仕方なく羽織っていたマントを毛布代わりにかけてやった。
(兄妹か、幼馴染みか。――何にせよ、昔の俺たちを思い出すな)
 ともに旅をしていた友人を思い出していた。今は離れ離れで、互いにどこにいるかもわからないが、いずれ旅をしていればまた出会うかもしれない。それは運命というやつに任せておこう。そう、シオンは思う。
 紅い花が視界に入った。灰色の大地に、際立つ赤。1年のうち100日間咲くといわれるヒャクニチソウだった。
 紅いヒャクニチソウ。それは紅い髪と紅い瞳を持つ、かつての友を彷彿させた。シオンはそれを摘み取り、友を想った。
辺りには雪虫がちらつき始めていた。スノーフェイクと呼ばれる白く小さな羽虫の群れ。雪虫は、雪が降る前兆。それはユキフラセクジラがスノーフェイクに誘われて現れるためだと謂われている。
「なあ、お前は元気か? どっかでまだ旅を続けているか?」
 強い風が吹いた。その風に乗って、ヒャクニチソウの花が宙に舞った。風は雪虫を巻き込みながら、花を運んでいく。それはシオンの想いを乗せて、かの友のところまで運んでいってくれているかのようだった。



<作者のことば>
2009年最後の作品となる予定だったモノ。色々あって書けず終いだった。
おかげで気持ちとしては今日は2009年12月35日(笑)

しかしこの気持ちなど構わず、世間は2010年になっている。

結局のところ、これは2010年最初の作品となった。
新年を迎えてもまだクリスマスを引きずっているのはここだけの秘密。

どうでもいいけど、最近タイトルを考えるのが本当に億劫で仕方ない。適当に「紅い花」にしてしまったぜ。


←応援してくれる人はclick!!
[ TB*0 | CO*0 ] page top

COMMENT

 管理者にだけ表示を許可する

TRACK BACK
TB*URL
Copyright © みやび萬紅堂。. all rights reserved. ページの先頭へ