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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2009/12/22(火)   CATEGORY: 短篇小説
出会いと休息の旅人
 冷たい風が吹いていた。ジニアは体を覆うマントを強く掴んだ。そうすることで寒さをしのげるかのように、マントを強く掴んだ。
 眼前にあるのは何もない大地。かつて建物であったろうモノが、崩れ瓦礫となってあちらこちらに見えている以外は、何もない。その光景がより寒さを引き立たせていた。彼女は歩を速めた。
 まさか、人が住んでいるとは思えないこの大地にも人間は存在していた。一見して砂漠と何ら変わらぬほどの印象を受けるこの土地でも、人はその営みを続けていた。その順応力はなかなか目を見張るものがある。(どんなところにも人は住めるものだな)――ジニアは人の力強さというものをふと感じた。
 この瓦礫砂漠の各地には、いくつかの生活共同集落(コロニー)が存在している。そこでは仲間同士、力を貸し合い助け合って生活を送っていた。そうでもしなければとてもじゃないがこの地では生き延びられないのだが、かつてこの地にあったであろう村、街、あるいは都市が存在していた頃より人々が互いに助け合いより強固な絆で結ばれているのは何という因果の皮肉だろうか。
 空には雲が覆っていた。この時代、それは当たり前のことで、ジニアはその暗い空に構わず歩を進めた。やがてコロニーが近くにあることを悟り、周りを見回した。彼女の嗅覚は、食べ物の匂いを捉えていた。
 コロニーは瓦礫の陰に、細々と築かれていた。そこは20人ほどの男女が共同生活を送っている、中規模のコロニーだった。
「こんにちは」
 初老の男に声をかけた。男はジニアの姿を認めると、見知らぬ来客を珍しがった。人の出入りがないわけではないが、彼女のような旅人の風体の人間は少ない。それもジニアは女だ。女の身ひとつでこの地を旅するということが、どれだけ大変なことか。「旅の人かい?」
「ええ、まあ」
「ひょえ~、そりゃすごい。おひとりで?」
「はい」
 男は驚きに目を丸め、とりあえずとジニアをコロニーの中へと案内した。
「お嬢さんは、どこへ向かっているんだね?」
「行き先は決めていないので」
「行き先も決めずにこの地を旅しているというのか。世の中には変わった人もいるもんだなぁ」
 男が自分の家――実際はただの寝床と言っていいほど、小さく、何もないスペースだった――にジニアを入れ、大きな声で女性の名を呼んだ。しばらくするとジニアとさほど変わらない歳ほどの娘が姿を現した。「なあに? 父さん」
「こちらの旅の方に、何か飲み物でも差し上げてやれ」
「いえ、お構いなく――」
「いいんです、いいんです。どうかご遠慮などなさらず。――ほら、レンゲ」
「ちょっと待っていてくださいね」レンゲと呼ばれた男の娘は奥の方へと下がっていった。
「しかし、女の身で一人旅とは。さぞ大変でしょう」
「慣れてますから」
「ほう。いつから旅を続けているのかな?」
「さて、どうでしょう。もう忘れてしまいました」
「ずっとおひとりで?」
「昔は、連れが。……でも今はひとりです」
「そのお連れの方は?」
「ケンカ別れをしました」
 それを聞いた男はハッハッハ、と大声で笑った。「ははは、失礼。いや、しかしケンカ別れとは、若いですなぁ」
「そうですか?」
「今の時代、ひとりで生きるのは誰だって大変です。そんな中、旅の相棒とケンカ別れを出来るのは、若さのほかありませんよ」
「そんなものですか」
「そんなものです」
 部屋にレンゲが入ってきた。その手にはコップを2つ、そのうちひとつをジニアの前に差し出した。「ありがとうございます」
「ケンカ別れをした、その連れの方。いつかまた出会えるといいですね」
「どうしてです?」
「だってあなたの眼には憎しみの色がない。それにわたしが『お連れの方は?』と尋ねたとき、少しムキになっていましたよ。ふふふ、わたしが思うに、あなたは意地を張ってられますね」
「――どうでしょう」
「やはりムキになってらっしゃる。それは親しい者に対するムキになり方ですよ」
 男は笑っていた。
ジニアは自分を落ち着かせようと、手に持っていたコップを口に運び、中身を飲んだ。甘い、そして温かな心地にさせる飲み物だった。
「それはこの地方に伝わるお茶に、ハチミツを混ぜたものですよ。甘くて美味しいでしょう? 旅の疲れにはそれが一番です」
「そんなものをわざわざ――」
「大丈夫です、お気遣いなく」男はにっこりと笑みを浮かべた。「旅の大変さは充分にわかっているつもりです。これはせめてもの労いですよ。こうして出会ったのも何かの縁ですから」
 食糧の確保が何より難しいこの土地で、水ですらここの者にとっては貴重であることは明白だった。そんな中、ハチミツのような栄養価の高いものは当たり前のように重要視されるはずなのに、目の前のいる男は何の惜しげもなく今日知り合ったばかりのジニアに差し出した。なんてありがたいことだろう。ジニアは一口ひとくちを噛み締めるよう、大事に喉に通した。
「今晩は、食事もしていくだろう?」
「いえ、そこまでお世話になるわけには……」
「まだ遠慮しているのかい? 本当に、遠慮なんてしなくていいんですよ」
 結局、ジニアは男に言われるがまま夕食までご馳走になることになった。コロニーの食糧は、ひとりだけの物ではないのだが、コロニーに住む他の者もジニアのことを歓迎してくれたのだ。
 その晩、いつもより盛大に食事が振る舞われた。ジニアは感謝の意を表しながら、それを食べた。温かい味がした。ここに住むコロニーの人々の人柄がそのまま味として沁みているのだろうか。
 コロニーの人々はまるでひとつの家族だった。そしてこの一瞬、ジニアは自分もその家族の一員になっているかのような錯覚を感じた。男を見遣ると、微笑みを浮かべていた。
「今日は泊まって行って、明日出発するといい」
 ここまで世話になったのならば、むしろ厚意に甘えた方がいい。無駄な遠慮などせずに、彼女は「お願いします」と頭を下げた。
「しかし今日は冷えるなぁ」
 ジニアはそんなことを感じないくらい、温かさに包まれていた。


 早朝。まだ皆が寝静まっていて、コロニーには閑静さが漂っていた。
 そっと寝床を抜け出したジニアは、誰にも気付かれることなく準備をして、コロニーを抜け出した。また皆と顔を合わせては旅立ちにくくなる。ここは、つい長居してしまう不思議な空気に包まれているとジニアは感じていた。これ以上、世話になるわけにはいかない。
 コロニーを出ると、空から白いものが降り注いできた。ボオオーン、とどこからか低い鳴き声のようなものが聞こえた。
「ほう、雪ですね」
 背後から声がした。振り返るとジニアがお世話になった、あの男が立っていた。
「昨日は大変寒かったですから」ボオオーン。また鳴き声が響いた。「この鳴き声はユキフラセクジラですね」
 ユキフラセクジラ。巨大な体で、何の苦もなく空を自由に泳ぐ、クジラ。ジニアは以前にその姿を見たことがある。その雄大な姿は、何もかもを受け入れてくれそうな温かさを感じた。
「どこか近くを泳いでいるんでしょうかねぇ? 残念ながら姿は見当たりませんが」
 ヒヒーン、と男の隣にウマが現れた。寒さのせいか、軽く体を震わせている。
「ウマ、ですか」
 このような小さなコロニーに、ウマは珍しかった。ウマは食糧を食らう意味では厄介だが、物資調達にはかなり役に立つため、とても貴重な存在だ。それをなぜここに?
「これを、差し上げようと思います」
「――え?」
「どうかこのウマを使ってください」
「そこまでお世話になることは出来ません。ウマはこのコロニーの、財産でしょう?」
「いいんです。どうか持っていってください。――実は最近、ウマが以前のように働けなくなってきていて、その働きとこいつのエサが見合わなくなってきたんですよ」
「それだけで? だとしても他のコロニーに売り渡せばかなりのものになるでしょう? それにウマの食糧に出来る」
「この辺りのコロニーは、もうここだけです。他はなくなってしまいました。コロニー間の物資の交換が出来ないとなるとウマの価値はぐっと下がります。しかし、だからと言ってわたしたちには少々愛着のあり過ぎるウマなんです。とてもじゃないが、食糧として扱うことも出来ない。ならばあなたの役に立たせてもらいたいんです」
 男が喋るたびに、息が白く変わっては掻き消えた。
「このウマに乗れば、あるくより早く次のコロニーに着くことが出来るはずです。おそらく、こいつの体力が尽きるより先に、そこは見つかるんじゃないでしょうか。もし、このウマが先に駄目になってしまっても、それは仕方ないことです。それでもあなたの旅の役には立つでしょう」
 ボオオーン、とユキフラセクジラの鳴き声が大気を震わせる。
「――ただ。ひとつお願いがあります」
「それは?」
「この手紙を届けて欲しいのです」男はジニアに一枚の手紙を差し出した。「息子の宛てたものです」
 ジニアはその手紙を受け取った。
「息子は今どこにいるのかわかりません。何年も前に、ひとりこのコロニーを出て行ったっきりです。生きているのかどうかもわかりませんが、もし生きているのならば、いつかあなたと出会う日が来るかもしれない。そのときは、息子の、息子のレンにそれを渡して欲しいのです」
 それは、ほとんど奇跡的な望みだった。おそらく出会うことはない。どこかで出会っていてもわからないかもしれない。レンという名だけを頼りにこの便りを届けることは、まさに奇跡に近かった。
「わかりました」
 それでもジニアはそれを受け取った。自分が出来るせめてものお返し。それをこの手紙を受け取ることだと思った。それがこの男の希望になるのかもしれない。ささやかな希望を打ち砕くことなど出来なかった。きっと男も手紙が届くことはないだろうとわかっているのだ。それでも、もしかしたら。そんな希望も持ってしまうのだ。
「きっと、届けます」
「ありがとうございます」
「では」
「お気をつけて」
「ええ」
 ジニアは譲り受けたウマにまたがり、慣れた手つきでそれを走らせた。
 コロニーが遠ざかっていく。彼女は一度も振り返ることはなかった。
 空から雪が降り続く。それを見て、あいつはどうしているだろうとふと思う。あいつとケンカ別れをしたあの日も雪だった。あいつも今どこかでこの雪を見ているだろうか。
 旅をしていればそのうち出会うかもしれない。運命ならば、また出会うだろう。
 ボオオーンとユキフラセクジラの声がまた響いた。
 ジニアは前も見つめ、手綱を握りしめてウマを走らせた。雪が舞い散った。



<作者のことば>
意外と長くなってしまった。
これはキャラクターが先行して生まれたので、ストーリーを考えるのが大変だった(という割にはあっという間に書いたけれど。つまり雑?)。

まあ、心残りがあるとすれば男の名前を考えるのが面倒で放棄してしまったことか(笑) 娘はあるのに(笑)
あとタイトルが決まらなくて決まらなくてかなりテキトーだっていう。もし良いのがあったら教えて欲しいくらい。良かったらそれに変えます(笑)

言葉として出てきていないけれど、これもクリスマス企画でございます。

某リクエストで「恋愛モノ」は書かないのかどうかというものはあるのですが、え? 恋愛? それって美味しいの?
クリスマス=恋愛はいかにも王道なので、(ハードル高くて)避けているわけではありません。ええ、決して。


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| | 2009/12/22(火) 19:14 [EDIT]
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匡介 | URL | 2009/12/23(水) 12:09 [EDIT]
>シークレットさん
今回は主人公が硬派なイメージだったので、前回とは違い硬質な文章にしてみました。
最近は意識して文章の硬さや柔らかさを選べるようになってきた気がします。どうやらそれが伝わったようで嬉しいです。

「雪鯨」は、細かなことまで考えていないのですが、あくまで俗称なので、地域や年代によって違うってイメージはありました。まあ、そこは読み手に判断を委ねますが(笑)

ちなみにリヴェンジ的な気持ちはありません(笑)
個人的には前回の方が好きだったりします。けれど、思いついたからにはこっちも書こうかな、と。

あと、「恋愛」は書くつもりありませんのであしからず(笑)

ライム | URL | 2009/12/23(水) 16:54 [EDIT]
やはり上手いのう、お主
お作は夏以降のしかまだ読んでいませんが
私が読んだ中では今のところこれがベストです
空気感
間の取り方
筋の運び
物語が全体として自然にあるべき所に流れていく感じでした
(すみません、やや上目線な感想になってしまいました)

匡介 | URL | 2009/12/23(水) 18:09 [EDIT]
>ライムさん
最初のキャラで通してくると思ったら、突然キャラが戻ってしまってびっくりです(笑)
そして「お作」は言葉としはどうでしょう? 非常に違和感で仕方ありません!(笑)

まさか、ここでベスト評価を頂けると思ってもみませんでしたが、ありがとうございます。すごく嬉しいです!
自分としては時間をかけてあげられなかったので、もう少し丁寧に書いていればよかったなぁ、と若干の後悔が残っているところなので、まさかの高評価に驚いています。
しかし逆を言えば、ライムさんのベスト評価更新の余地ありなのかも? 今後も精進します!!

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