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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2009/12/15(火)   CATEGORY: 短篇小説
遺志(後編)
 数度ノック繰り返した。反応はない。
 大城 秋一がドアノブを回すと、目の前のドアはすんなりと開いた。
「おい、いるか?」
 部屋の中に入るとそこは機械のコードで床は覆われ、至るところに本が積まれ、大小の何に使うのかよくわからない器具や機械に溢れかえっていた。
「マモー?」
 部屋の主に呼びかけてみる。返事はなかったが、奥の方で何かが動いた。
 回転式の椅子が回った。「ここにいるよ」
「だったら返事くらいしてくれよ」
 椅子に腰掛けながら現れたのは、脂ぎったギトギトの黒い長髪をうしろで束ね、元来の彫りの深さに加えひどいクマで眼窩が窪んだように見える薄汚い男だった。「そもそも俺の名前はマモーじゃない」
「別にあだ名だろ?」
「周りが勝手に呼んでるだけだ」
「そういうのをあだ名っていうんだよ」
 秋一は足元に気をつけながら部屋を進んだ。右側の棚にはホルマリン漬けになっている眼球やら何やらがぞろぞろと並んでいてなんとも不気味だった。
「この前の用件か?」
「ああ。頼めるか?」
「別に俺は構わないが、お前は本当にそれでいいんだな?」
「構わないよ。これは俺だけじゃない、春二の願いでもあるんだ」
「そうか。――それも兄弟の絆、なのかな? 残念ながら俺には理解できないが、お前がいいならいいだろう」
 マモーの案内で、怪しげな地下通路を渡り、何度も角を曲がってやっと到達した部屋に車に乗せていた弟の春二を連れて入った。
 そこは病院の手術室のようにも見えたが、わけのわからない大仰な機械の山に、まるでこれからサイボーグにでも改造されてしまいそうな印象を秋一は受けた。
「まるでショッカーに改造される仮面ライダーの心境だな」
「仮に改造人間にしてやっても、あんな風にベルトで変身できるなんてことはないぞ」
「冗談だって」
「それがお前の最後の冗談になるかもな」
「そんな怖いこと言うなよ。――でも、ある意味そうかもな。きっとこれが大城 秋一最後の冗談だよ」
「だからといって俺は憶えておいてやらないぞ」
「ははは、わかってるって。お前の脳にはそんなくだらないことを記憶するようなスペースはないんだろ?」
 マモーは悪かったな、と言うように鋭い眼光で秋一を睨めたが、次の瞬間には穏やかな口調に変わった。「お前のことは忘れないよ」
「――ありがとう」
 涙が溢れてきそうだった。秋一はそれを防ぐようにして上を向いたが、意思に反して目頭が熱くなるのをとめられない。
「春二――俺は間違ってないよな。俺は――俺たちは洋子さんのこと幸せにしてやらないとな」
(――ありがとう)
 たとえ幻聴だったとしても、それが秋一が聴いた春二の最後の言葉になった。
「マモー、よろしく頼む」


 ***


 病院の廊下。歩く音が静かに反響する。
 春二の病室の前に着いた。昨日の検査の結果はどうだったのだろうか。洋子は部屋の中に誰かの気配を感じた。――お兄さん?
「いや、お兄さんはもう日本にはいないんだった。じゃあ、お兄さんが言っていた知り合いのお医者様かな?」
 ゆっくりとドアノブを回し、病室に足を踏み入れた。
 室内を見回してみると知人の医者だという人も、もちろん秋一もいなかった。
「――あれ? 気のせいだったのかな?」
 洋子は一気に体の力が抜けた。「春二、今日の調子はどう?」
 返事がないとわかっていても声をかける。それが洋子の日課で、そして洋子にできるせめてものことだった。
「――悪くはない」
「そっか」ベッド脇の椅子に座ろうとした洋子の体がピタッと静止した。「――え? 春二?」
「なに?」
 春二の声だった。
 洋子が春二のことを見遣ると、彼は薄っすらと目を開けて洋子のことを見つめていた。
「喋れるのっ!? い、意識が戻ったの!?」
「ああ、喋れるよ」
 洋子の目に涙が溜まって、またたくまにそれが溢れ出した。次々と流れでる大粒の涙に、洋子は何度も両手で拭い、それでも止まらない涙には追いつかずいくつか滴(しずく)になって病室の床を打った。
「春二……」
「なんだよ」
「本当に、意識が戻ったんだね? 会いたかった。ずっと春二に会いたかったよ」
 3年間。長い時間だった。その年月で積み重なった想い、その蓄積した想いが一瞬で溢れ出した。
 長かった。どんなに気丈に振舞っても、不安があった。春二がもう一生目覚めないかと思うと、怖かった。でも、今まで信じてきて本当によかった――そう洋子は思った。
「な、なんで泣くんだよ!?」
「だって、だってぇ……春二が戻ってきたんだもん…春二ぃぃ」
 何がどうなっているのかわからないといったふうな春二は、困惑しながらも抱きついてきた洋子の頭を撫でた。
 あたりを見回して、どうも自分が病院にいるようだと思うと、自分が事故にあったことを思い出したようで、洋子の泣いている理由がわかったような気がした。
「そっか……俺、あのとき事故にあって、それで」
「うん。もう3年も眠ったままだったんだよ? もう春二の意識が戻らないかと思ってた。お医者様も期待はしない方がいいって言うし…」
「3年も? マジかよ。俺、全然そんな実感ないよ」
「もう春二のばかぁ。わたしを置いて行こうとしないでよ」
「だって俺のせいかぁ? ……でも、そうだな。悪い。3年も心配させちまった。ごめんな。ありがとう」
 そのまま春二と洋子は長い間抱き合っていた。そして何度もくちづけをした。今までの時間を取り戻すかのように、ふたりは互いを求め合った。


 ***


 日曜日。春二と洋子は公園のベンチに座っていた。気持ちのいい陽射しが降り注ぐ。春二はぐっと体と伸ばした。
「あー、気持ちいいなぁ」
それを見て洋子がフフ、と笑った。「そうだね」
「きっとこの子も気持ちいいって言ってるぜー?」
「そうかもね」
 春二が意識を取り戻してから、1年が経っていた。
 長いリハビリのかいもあって、春二はほとんど以前と同じように動けている。脳の受けたダメージの後遺症は見られなかった。
「でも、お母さんに孫を見せられなくて残念ね。せめて赤ちゃんが出来たってだけでも教えてあげたかった」
 洋子のお腹の中には現在2ヵ月になる小さな命が宿っている。それがわかったのはつい1ヵ月ほど前で、それと同じ頃に春二の母親は元来の体の弱さもあって亡くなっていた。それから葬儀なども終え、ふたりはやっと落ち着きを取り戻し始めているところだ。
「結局、兄さんに連絡つかなかったなぁ」
「そうね。お母さんが亡くなったこと、今も知らないでいると思うと可哀想だわ」
「どこに行っちまったんだろうなぁ、兄さん」
「お兄さんが今どこにいるのかわからないけど、きっと元気にやってるわよ」
「そうだな。そうだといいな」
 春二が自分の視界の隅に、見覚えのある姿があるのに気が付いた。
「あ」
「どうしたの?」
「のど渇かない? 俺、何か買ってくるよ」
「ありがとう。だったらオレンジジュース飲みたいなぁ」
「オーケィ」
 腰を上げて、春二はベンチを離れた。
 自動販売機の前で財布から小銭を出していると、後方から声をかかった。「調子はどうだ?」
「久し振り。今のところ問題はないよ。至って健康」
 春二の後ろにいたのは、脂とフケにまみれた長髪を後ろに束ね、死神を思わせるいかにも不健康な顔色をした男だった。
「そうか。体も尋常に機能しているようだし、どうやら成功らしいな」
「おかげさまで。それにしても外にいるお前を初めて見たよ」
「ただのアフターケアだ。でなければこんな陽射しの中、こんなところにまで来ない」
「お前はたまに外に出て、お日様の陽に当たった方がいいよ」
「新しい生活には慣れたか?」
「んー、それなりに。でもたまにやばいときあるけどね」
「たとえば?」
「思い出話するときとか」
「ああ。そんなもの、適当に合わせておけ。それでだめなら忘れたことにすればいい。どうせお前は脳に損傷を受けた身だ。多少の記憶くらいなくなっていても問題ない」
「――そうだな」
 春二はコーヒーとオレンジジュースの缶を持って立ち上がった。
「今でもわからないんだ」
「何をだ?」
「俺のしたことは本当に正しかったのだろうか――って」
「正しいかどうかはわからない。ただ、大きく間違ってはいないだろう」
「そういうこと言うの珍しいな」
「そうだな。でも、どっちにしろ弟の脳は損傷を受け過ぎていた。あれはどうにも出来なかったよ」男はくるっと向きを変えて春二に背を見せた。「今が幸せなら、それでいいんじゃないか?」
「――ありがとう」
 男はそれ以上何も言わず春二の目の前から去っていった。
 春二が飲み物の缶を2つ持ってベンチに戻ると、洋子が訊ねてきた。
「さっき話してた人、知り合い?」
「いや、道を訊かれただけ」
「そっか」
 春二は、ふと心はどこにあるのだろう――? と考えた。脳だろうか?
 もし心が体に宿っているものならば、今も洋子と一緒にいてやっていることになるのだろうか。なあ、春二――お前は今の俺をどう思う?
(――ありがとう。俺も幸せだよ)
 その声は聴こえなかったが、何となくそう言ってくれるような気がした。
 春二は再びぐっと体を伸ばす。空が青かった。
「なあ、子供の名前何にしようか?」




<作者のことば>
SF短篇シリーズとして書いた第3弾(だっただろうか?)。
これは第2弾を書き終えて載せてから思いついたもので、かなり前作(コピー人間)の影響を受けている。

あとはイギリスだったか、20年くらい植物状態だった人が回復したニュースで、実はずっと意識はあったという事実に大きく影響された(記憶が曖昧なので本当にイギリスなのか、植物状態が20年ほどだったか自信はない)。

回復するのを待っている側ももちろん辛いだろうが、意識があっても動けずただただ目の前で悲しむ人間を待たせているというのもまた辛い。まるで無間地獄のようではないか。
そう考えたとき、自分の意識が戻る(ずっと意識は保たれているのだから、この表現は変だが、第三者的に見て)かわからずずっと相手を待たせているよりは、それがもはや自分ではなくても相手のことを報いてあげたいと思うような気もする。きっと何も出来ないでいることが何より苦痛なのではないだろうか。

今回の短篇は決してハッピーエンドではない。ある一面を見ればハッピーエンドだが、それが全てではない。
秋一の行為が正しかったのかどうかは誰かが判断出来ることではなく、でも春二は秋一の考えに賛同し、望んだのではないだろうか。

もし秋一のように相手の気持ちを読み取れるのだったなら、どうにか弟の想いを叶えてやりたい、と思っても誰かが責めることは出来ない。秋一もまた春二と同じく、意識はあるけど何も出来ない状態に近かった。春二の心を覗き続けるというのは、つまりそういうことなのではないだろうか。
さらっと思いついた割にはこいつの含んでいるテーマが重くて、書いている途中に泣きそうになったくらいで(各キャラクターに感情移入し過ぎた)、正解かどうかは定かではないが、それでも前向きな終わり方に出来た気がする。

この話は個人的に賛否両論。

なので出来れば感想とか頂けたら嬉しいなぁ、と思います。
次回のSF作品も「コピー人間」「遺志」と続いて、入れ替わりがテーマになりそうな予感(笑) しばらくは「入れ替わり」をテーマにどれだけ作品が書けるか試してみたい気もする。


今作で今年は最後になるかもしれないが、これが最後なら満足だなぁ。
もちろん新しく書けたらまだ載せる可能性も多いにあります。モチベーション良好なので、このまま次も満足のいくものが書きたい。


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COMMENT

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ライム | URL | 2009/12/16(水) 10:48 [EDIT]
完成お疲れさまでした
創作のハイペースに感服いたします
見習いたいです

登場人物が皆それぞれ、些細だけど重要なことに目をつぶって
それで幸せと思える状態を選択している気がします

兄は弟の婚約者を寝取ってますね
肉体は弟のだから、子どもは兄ではなく弟の子どもですね
あと、弟の脳が生きた状態でマモーの研究室に保存されているような気がするのは、私だけでしょうか……

匡介さんは、人名に流行りのDQNではなく、比較的スタンダードなものを選ぶ傾向があるかな、と思いました
洋モノだと結構ゴシックな感じのを使ってますよね?

匡介 | URL | 2009/12/16(水) 15:30 [EDIT]
>ライムさん
ハイペースですか? でも、もうエネルギー使い果たしてしまいましたが(笑)

人生の中で取捨選択ってしなきゃいけないときってありますよね。
そうやってより最善の道を行こうとするのが人間じゃないかと ふと思ってみたり。

寝取るって人聞きが悪い(笑)
でも、マモーは弟の脳を保存していそうな気はしますね(笑) だからといって捨てるのも何か悲しいですが・・・。

実は、名前のレパートリーが少ないので毎回悩んでいるのですが、結局妥当(スタンダード)なところに落ち着くという感じでしょうか。
でも作品によってはいわゆるDQNのようなものも使いますよ。そこは作品の雰囲気に合わせて、です。ところでゴシックな名前ってどういうのでしょう? …エドワードとか?

七花 | URL | 2009/12/16(水) 21:59 [EDIT]
なくて七癖、ってこともありますよね。洋子さんはふとしたときに、気がつくんじゃないかなって思います。でも気がついても黙っているとか……。うーん、どうなんだろ。
これって犯罪者が逃げるときに整形する……、じゃなくてどこかの植物人間と入れ替わってしまうって話にも応用できそうです。
でも、そんな話より匡介さんのこの話の方が、恋愛もからめていて素敵ですね。
もし自分が登場人物の立場だったら?と想像するのが楽しい作品でした。

匡介 | URL | 2009/12/17(木) 10:46 [EDIT]
>七花さん
あっ……そ、そうですね。そういう応用も出来ますね。
い、いや、別にそういう話を書こうとしていたわけではありませんよ? 七花さんの着眼点が怖いとか思ってなんかいませんよ?(汗)

洋子は気付くかもしれませんし、気付かないかもしれません。
そういうことも含めて、この作品を楽しめて頂けたら嬉しいです。

でも現実的に考えて付き合っている相手の様子が変わったところで、まさか中身が入れ替わってるなんて夢にも思いませんが(笑)

次回作も楽しみにしてもらえるよう頑張りたいと思います!!

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