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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2009/11/23(月)   CATEGORY: 「怪奇蒐話」
「忍び寄る腐臭(下)」
 さあ、話を戻そうか。
 私はそんなナイトのことを思い出して気付いた。これはあのときの臭いに似ているってね。そう、腐臭だ。何かが腐っているような、おぞましい悪臭だよ。
 それに気付いた私は、急に怖くなって部屋の中を調べた。どこかで何かが腐っているんじゃないか。部屋には腐るようなものなどなかったし、そんなはずないと思っていたのだけれど必死になって調べた。もしかしたらどこかから忍び込んだネズミか何かが死んで腐っているんじゃないかとも思ったのだが、結局何も見つからなかった。しかし翌日になるとその腐臭はさらに強まっていた。
 腐臭の原因は何か――。考えても考えても何も思い浮かぶことはなく、臭いだけが強くなる一方。もはや寝室では寝ることすらできなくなっていた。私は寝床をリビングルームに移した。
 場所を移したのは正しい選択だったようで、私はしばらく腐臭から解放された。大きな屋敷だし、部屋も広い。自室を放棄したとしても何ら問題はなかった。ただソファで寝ることになってしまったが。両親の部屋は辛いことを思い出し過ぎるし、ゲストルームは随分と誰も入っていなく埃まみれになっているだろうことは容易に想像できた。そもそも今となっては客人など誰も訪れないし、ずっと掃除する必要もなかったのだから仕方ないことだった。しかしソファも慣れてしまえば問題はなかった。住めば都、むしろ居心地が良いくらいだった。
 だが、それもひとときの安息にしか過ぎなかったのだ。時間が経つにつれ、あの臭いはリビングにまで侵食してきていた。気付けば自室を使っていた頃よりも強い腐臭に、私の嗅覚は麻痺も寸前になっていた。
 原因は何か。私は屋敷中を調べて回った。
 しかし残念なことにその原因となるようなものは何も見つけることが出来なかった。一体何が起きているのか、私には全くわからず、ただただ悪臭に耐え、苦痛な時を過ごすしかなかった。
 
 ん、この手が気になるのかい?

 いつからだったろうか、耳元で何か羽音のようなものが聴こえるようになった。疲れのせいか、視界に何かチラつくものもあった。この頃の私は生ける屍も同然、何も感じず、ただ無感に、無感に、全ての苦痛から逃れる為に無感になるよう徹した。五感を殺し、心を殺した。それは死んでいないだけの、まさに生ける屍だった。
 そんなときだよ、君の声がしたのは。
 私はふと君の声に気付いて、周りを見回したが、そこには何も見えなかった。そのまま屋敷の中を探し回ったが、どこにも君の姿はなかった。その頃の君は、まだ私に警戒心を抱いていたのかな? まぁ、こんな風貌だし、仕方ないことなのだろう。それともただシャイなだけかもしれないが。あるいはその両方かな?
 それで、そのときは君のことを見つけることは出来なかったが、私は自分の意識がこの体に戻ってきた気がしたんだ。それまで私の心はどこか遠くに行ってしまっていたようで、それがこの体に帰ってきたようだった。そう思うと、今までの自分は何をしていたのだろう? と思った。もう臭いは気にならなくなっていた。いや、そんなことなど忘れてしまっていた。何十年も銅像にでもなっていたような気分だった。それかずっと化石になっていて、発掘されたような、久し振りに空と太陽を見た、そんな気分だろうか。
 久し振りに本を読もう、そう思った。
 そういえば久しくあの書店員に手紙を書いていなかった。気付けば、大量の手紙が溜まっていた。きっと返信がないことを心配してくれたのだろう。
 私はペンを執った。便箋に向かい、文字を綴った。長らく書いていなかったらか、何度も字を間違えた。それを黒く塗りつぶす。黒く。黒く。でも、そんな手紙など読ませるわけにはいかないと思い、新しい便箋を取り出した。また間違えた。それどころが文字にすらなっていなかった。線が踊るように連なっているだけの、暗号にすら見えない書面。どうしたことだろうか。書かないというのは、これほどまで書けなくするものなのか。
 私は力を込めて、しっかりと文字を書こうとした。
 ぼとり、と何かが落ちた。
 何だろうと見てみると、それは指のようだった。
 それは私の指だった。
 理由はわからないが、私の指は取れてしまったのだ。痛みはなかった。出血もなかった。人差し指を失ったのは大きいが、まあ右手にはまだ4本指が残っていると思い、私は書くのを続けようとした。だけれど無理だった。書けなかった。もはや何を書こうとしていたのかもわからなくなっていた。
 私は再び何もしない生活に戻っていた。ただただ時間が経つのを待っていた。だいぶ前から少食になっていて、新しく食材を買わなくてもしばらくは大丈夫に思えた。卵などは腐っているようにも見えたが、きっと死にはしないだろうと思って気にせず食べた。

 そんなときだったよ、君と出会ったのは。

 最初は、何か懐かしい感じがした。たぶんきっとそれは、君がナイトに似ていたからなんだろうな。旧友に会ったような、そんな気分だったよ。
 ナイトのことはずっと苦い思い出だったが、君のおかげでそんな思いからも解放されたようだ。ナイトは生きていたという気持ちになっているのかな? それで罪悪感から逃れられたのかもしれない。君とナイトは違うのにね。
 もう何日も寝ていないのだけれど、今夜はよく眠れる気がするよ。

 おや? 誰かが来たようだ。

 誰だろう? 少し席を外させてもらうね。

 限界に向かい、覗き穴を覗くと、そこにはひとりの女性の姿があった。若くて、はつらつとしていそうな女性。容姿も魅力的だった。
 見覚えはないのだが、私には彼女が誰なのかすぐにわかることが出来た。例の書店の、彼女だ。イメージしていた姿そのままで、どうにも間違えはないだろう。
 どうしよう、と私は思った。開けて会うべきだろうか。しかしこの醜悪な顔を見せたくはない。彼女は傷のことを知っているし、おそらくそんなことなど気にせず、こんな私にも気さくに接してくれるだろう。そういう確信があってもおそろしい。失望されたくないという思いがふつふつと湧いてきた。
 しかしせっかく来てくれたのに、いつまでも外で待たせるわけにもいかない。私は勇気を振り絞って、彼女に会うことにした。
 私は解錠し、ドアを開けた。「こんにちは」
 言ってから、もしかしたら「こんばんは」だったろうかと思った。思えば時間など関係のない生活をしていて、今が昼なのか夜なのかさえわからない。外は暗くなっているように見える。
 私はにこやかに挨拶をしたつもりなのだが、彼女は無言だった。というよりかは言葉を失っているように見えた。
 やはり私の醜い顔に怖気づいてしまったのだろうか。彼女の予想以上に、醜い姿だったのかもしれない。もしかしたら化け物や怪物に見えているのだろうか。
「あの――」
 何か言おうと、しかし何を言うでもなく口を開いた。そのとき、ボトリ、と何かが地面に落ちた。
 見下ろしてみると、そこには白い何かが落ちていた。小さく、そしてよく見ると動いている。
 蛆虫だった。あの、ナイトの死肉を喰らっていた蛆だった。小さくも、おぞましい姿で蠕動(ぜんどう)をしていた。
 私は思わず叫びそうになった。が、どうにか堪えた。彼女と初めて会えたというのに、そのときの印象が絶叫などというのは最悪に他ならない。
 ――しかしなぜ蛆虫が?
 そんな疑問が私の脳裏をよぎると同時に叫び声が聴こえた。
 一瞬、誰が叫んだのかわからなかったが、それは他の誰でもなく目の前の彼女だった。
 突然落ちてきた蛆虫に彼女が驚き、そして恐怖してもおかしくはない。むしろ当然だろう。彼女は当たり前のことながら女の子なのだ。
 私は大丈夫だよ、となだめようと彼女に歩み寄った。
 しかし彼女はそんな私を突き飛ばし、泣き叫ぶように走り去ってしまった。

 何もそこまで怖がることはないと思うのだが…。

 私は突き飛ばされて転んでしまったので、起き上ろうとしたがうまく起き上ることが出来ない。あれ、おかしいな――そう思いながら何度か起き上ろうとしてみたが、駄目だった。一体どうしてしまったのだ。
 もう何もかもがわからなくて、泣きたくなった。
 ああ、私が何をしたというのだ――? これほどまでの仕打ちを受けなければならないようなことを、私はしたのか!! 神よ、私が何をしたのだ!? これは何の罰なのだ! 試練か? 私はそれほど強くはない。試練を与えるならそれは相手を間違えている!!

 声にならない叫びだった。

 そのとき、私は気付いた。さきほどからどうしても起き上れないのは、腕が片方無いせいだ。よく見てみると私の下敷きになっているではないか! それに足も! 足首から下が折れてしまっている。折れた先が地面に転がっているのが見えた。
 嗚呼!!
 溢れ出る涙を拭おうと残っている手を顔にこすりつけた。ぐちゅ、という音とともに指が転げ落ちた。
 どうなっているのだ!! どうなっているのだ!!
 
 ミャア、と猫の鳴き声がした。
 
 ああ、君か。さっきから何がどうなっているのかわからないんだ。助けてくれ。
 私の叫びが聴こえなかったのか、彼は私の取れた指を咥(くわ)え、そのままどこかへと去ってしまった。

 そのまま私は取り残された。

 自分では身動きが出来ず、しかし誰も助けには来てくれない。
 長いこと時間が過ぎたはずなのだが、何の空腹感もなかった。痛みも、暑さも寒さも感じない。大体にして今がどんな季節かもわからかった。
 このまま私は朽ち果てるのを待つしかないのだろうか。

 それともすでに私は朽ち果ててしまっているのだろうか。

 目の前にはひどく黒ずんだ鼻が転がっていた。



 もう二度とこの腐臭に悩むこともなくなるだろう。





<作者のことば>
どこか文章にぎこちなさを感じる。
でも、読み返してみて、その硬い感じが逆に合っている気もしないでもないので気にしないでおく。ポジティブポジティブ。

若干、イメージとズレを感じるのは技量が足りないだけだろう。精進精進。

実は今回の「忍び寄る腐臭」はポーの「黒猫」にインスピレーションを受けた。どこが、というか、どことなく。
黒猫が出てくるのはそのオマージュのつもり。ポーもっと読んでみたいなぁ。

最近、普段ちまちまと暇を持て余していた結果生まれたアイディアとかが記憶から消失した。これはミステリーだ。
基本的に小説のアイディアは全て脳にストックしておいている。記憶に依存している。

なのでストックされてきたアイディアがバックアップのなしに消えてしまったので、次を書き出すにはまたちょっと時間がかかりそう。
ホラー書きたいけど、「鬼憑」「忍び寄る腐臭」ってホラーテイスト続きだから他のジャンルがいいなぁ。…さっぱり浮かばない。


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| | 2009/11/23(月) 14:01 [EDIT]
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匡介 | URL | 2009/11/23(月) 14:34 [EDIT]
>シークレットさん
どうもありがとうございます♪
…なぜ映像化?(笑) だったらアニメーションがいいなぁ、なんて思います(笑)
これホラーかって言われたらホラーじゃないし、ホラーじゃないかって言われたら少しはホラーかもって感じなので(笑)、実写するとホラーっぽさが勝ってしまうような~。
アニメだったらバランスよく、少しコミカルに映像化できそうです! …って何の話だ(笑)

「丁寧」なんて褒められても何も出せませんが(笑)、もしかしたら異常な状況にいるにも関わらず淡々としている主人公がよかったのかもしれません。
そのマッチしていないアンバランス感が、グロテスクな描写でも続きを読めそう、みたいな感じにさせてしまった可能性もありますよね。←あまり意図したことではないけれど、実力ということで(笑)

また二度三度読みたいと思って頂けるのなら光栄です。
その言葉は物書き冥利に尽きますね!!

ありがとうございますe-420

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