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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2009/11/21(土)   CATEGORY: 「怪奇蒐話」
「忍び寄る腐臭(上)」
 もう何日も眠れぬ日々が続いている。私を苦しめるものの正体が何なのか、それすらもわからないまま苦悩は続き、忍び寄る恐怖に苛まされている。
 この苦しみを理解していただけるだろうか。話したところで何が変わるわけでもないが、しかし、少しはこの憂鬱を払うことができるかもしれない。
 もう私の精神は限界に達しようとしている。今話さなければ今後はこのような機会に恵まれないかもしれないし、だからこうして話そうと思う。
 そう長くはならないと思うが、時間はあるのだろう? 今飲み物でも用意しよう。楽にしていてくれ。

 さて、話を始めようか。

 始まりは数日前のことだった――。


 ***


 最初に、私のことを話しておいた方がいいだろう。その方があとあとになっていちいち説明をする手間がかからないと思う。必要なことだけ、簡単に話そう。
 私の持つ広大な土地と屋敷は、両親が遺したものだ。両親は起業家として成功し、莫大な財産を築きあげた。しかしその若くしての成功の代償なのか、私の両親はまた若くしてその命を落とした。交通事故だった。その事故には私も巻き込まれた。そのとき両親は即死したが、私はかろうじて一命を取り留めた。そして今は両親の遺産で生活している。この莫大な遺産さえあれば、私は一生働かずに済むだろう。そしてその事実は私を救ってくれた。
 私はあの事故のとき死にこそしなかったが大怪我を負ってしまった。そのときの傷痕は今も残っている。そのうち最も酷いのが顔一面を覆うほどの傷痕だ。知人友人が今の私を見ても、おそらく私が誰だかわからないだろう。醜く変貌した人相のおかげで、人は私を避けるようになった。無理もない、まるで化け物の顔なのだから。そして私も人を避けるようになった。
 幸い両親の遺産で屋敷を出ることなく暮らすことができた。極力人と会わず、部屋に籠って生活をした。趣味といえばもっぱら読書だった。近所の大きな書店から毎週何冊かの本を送ってもらっている。
 そしてもうひとつの密かな楽しみは、そこの書店に勤めるひとりの女性との文通だ。外の世界との接点がほとんどない私が、書店にも出向かずに本を選ぶのは難しい。最初は売れている本、流行っている本を適当に送ってもらっていた。しかしそのうちに私に送る本を選んでくれていた女性――私は知らなかったのだが、いつのまにかに彼女が私宛ての本を選ぶ担当になっていたのだ――から手紙が送られてきた。最初はどのような本が好きなのか、どの本を面白いと思ったのかを訊いてきているだけだったのだが、気付けばいろいろなことを、手紙を通じて話すようになっていた。私は手紙を通じてしか彼女のことを知らないが、私は恋をしていた。顔も知らぬ彼女に、恋をしてしまっていた。

 申し訳ない。どうやら関係ない話までしてしまった。これでは朝になっても話は終わらなくなってしまう。そろそろ本題に入るとしようか。
 数日前のことだった。正確な日数は覚えていない。私のどこかが壊れてしまって、もはや日数などかぞえていないからだ。それでも大して話の内容に差し支えるとは思えないから数日前という以上詳しく語ることもないだろう。
 
 とにかく、数日前のことだった。
 
 私は朝目覚めて、まず違和感を覚えた。何だろうか。具体的には何に違和感を覚えていたのかこのときはわからなかった。部屋に新鮮な空気を入れるために窓を開けたときにはもう気にならなくなっていた。私は自ら料理をし、朝食を摂った。このときまたもや違和感が私を襲った。しかし、目覚めたときほどではなく、それもまたすぐに忘れてしまうことになる。そしていつものように読書に耽り、その日が終わるのを待った。
 異変に気付いたのは次の日だった。朝起きてみると、また何かが違う。私の感覚は部屋で起こっている異変を敏感に察知していたのだが、私の意識はそれを問題視しなかった。空気を入れ替えようと窓を開ける。そのとき、ふっと窓を通り抜け出ていった部屋の空気に違和感を覚えた。正確には、異臭を感じた。改めて私は部屋の中に意識を向けた。かすかに、しかし確実に、何かが臭っていた。何だろう? 臭いのもとはわからなかった。すぐに窓から入り込んできた空気が臭いを掻き消してしまったから。
 さらに翌朝を迎えると、今度ははっきりと異臭を感じ取って目が覚めた。何の臭いなのか、私は考えたが思い当たる節はない。しかしそれは、明らかに何かが腐っているような臭いだった。嗅いでいて気分が悪くなったので窓を開けて換気をした。しばらくすると、臭いは消えた。
 その夜に、あることを思い出した。昔飼っていた猫のことだ。その頃はまだ両親も健在で、私はまだ幼かった。幼い私は活発な少年で、今とは違いよく外に出て遊んでいた。広い庭で冒険ごっこをするのが好きで、よく木登りなどをしていた。たまに昇り過ぎて降りられなくなって、泣いてしまうこともあった。懐かしい日々だ。
 ある日、私は庭で猫を見つけた。どこかから迷い込んできたのだろうか、夜の闇のようにまっ黒な猫だった。私は猫にナイトと名付けた。ナイトは好奇心が旺盛な猫だった。私の行動にいちいち興味を示し、よく付いてきた。一緒に冒険ごっこをして遊んだものだ。
 時が経って必然的に無二の親友となった私とナイトだったが、私はナイトのことをまだ両親には話していなかった。もし両親がどこから来たかもしれぬ猫などと遊んでいることを知って、ナイトのことを屋敷から追放したらどうしよう。もしかしたら二度とここの土地を踏めぬように殺してしまうかもしれない。そんな思いが頭の隅にあり、なかなか両親に打ち明けることはできなかった。
 しかしある日のこと、私がナイトと遊んでいるところを両親に見られてしまった。私はどうにかナイトを守ろうと、必死になってナイトの小さな躰を全身で覆った。それを見た両親は私のことを少しも怒ることなく、優しい口調でナイトを屋敷で飼おうと言ってくれた。実は両親はずっと前から私とナイトのことを知っていて、ちゃんと飼おうと言うタイミングを見計らっていたのだった。こうしてナイトは正式に私のペットとなった。
 私とナイトが出会って1年が経った頃だろうか。私はナイトをもう親友とは思っていなく、もはや自分のペットとしてしか見れなくなっていた。そんなことなど知らぬナイトは私に遊ぼうとじゃれついてくる。しかしそんなナイトを、私は内心鬱陶しく思い始めていた。その頃は人間の友達の方が遊んでいて楽しく、遊び疲れて帰ったところにまたナイトと遊ばなければならないのは子供ながらに骨が折れると思った。
 そんな思いがふと溢れ、あるとき遊ぼうと擦り寄ってきたナイトをクローゼットに押し入れた。ニャアニャアと啼く声が聴こえたが、それは無視した。そのうちナイトはおとなしくなり、私の気分はすっかり晴れていた。これでもうナイトに付き合っていやいや遊んでやる必要はない! 清々しい気持ちだった。
 ナイトをクローゼットに閉じ込めてからどれだけ経った頃だろうか。私はすっかりかつての親友のことを忘れ、楽しく日常を過ごしていた。両親が一度ナイトを見かけなくなったことを言ってきたことがあった気がするが、私はどこかに行ってしまったようだと両親に話した。両親は、猫は気まぐれだからと納得したようだった。今思えば猫はおのれの死期を悟ると人前から姿を消す習性を両親は知っていたから納得していたのであろう。そしてそのことを息子に話すには少々酷だとも思ったのかもしれない。
 そうしてナイトのことなどすっかり忘れてしまって久しいある日、部屋に異臭が漂い始めた。最初は何の臭いかなどわからなかったので、あまり気にしないことにしていた。しかしそのうち我慢しきれないほど臭いは強まり、私は臭いのもとを探すことにした。吐き気をもよおすような臭いを辿っていくと、どうやら問題はクローゼットの中にあるらしい。私は意を決してクローゼットの戸を開け、中を見た。
 そこには、死んで腐ったナイトの姿があった。何とも無惨で、子供にはショックの大きい光景だったと思う。
 私は自分のしてしまったことの恐ろしさを知り、泣いた。しかしナイトの死体をこのままクローゼットに置いておくこともできなかった。いずれ臭いはさらに強まり、両親も異変に気付くだろう。その前に何とかしなければ!
 私は庭にナイトの墓を作ってやり、そこに埋めることにした。おそるおそるナイトの死体を両手で持ち上げた。ぐちょりとした感触があった。激しい臭いに吐きそうだったがそれは堪えた。死体には蛆(うじ)がたかり、何匹かが私の手に触れた。おぞましい感触に、思わずナイトを放り投げた。死体がぐちゃりと地面に落下して潰れた。
 涙と洟水を垂れ流し、嗚咽を堪えて再びナイトだったものを持ち上げた。もはや原形を留めていない。よくわからない汁が床に垂れたがどうしようもないので放っておくことにした。私はそっとナイトだったカタマリを持って屋敷の庭に出た。どこか適当な、多少掘り返してもばれなさそうなところを探してそこを手で掘った。爪に土が入り込んだ。
 1時間もして、私は無事にナイトの死体を庭に埋めることができた。もう安心だと思い、その晩はぐっすりと眠れた。

 一気に喋ったからちょっと喉が渇いたな。君もおかわりがいるかい?
 そうそう、ナイトは君によく似ていたよ。人懐こいあたりもそっくりだ。君はきっと友達が多いだろう。違うかい? 私には友達と呼べる人間がいないから羨ましいな。そうだ、よかったら私の友達になってくれないか? こんな顔だし、人と話すのは苦手なんだけど、君は見た目で人を判断するようには思えないからね。きっといい友達になれると思う。よければ、どうか考えておいてくれ。



<作者のことば>
久し振りに書いた。
何だか文章の質が下がったように感じる。少し書かないとすぐ落ちてしまう実力なんて、元からたかが知れているようなものだけれど。

1話分に収めるつもいだったのだけれど、何か、何故か予想よりも若干長くなってしまった。
どうも文章の羅列がぞろぞろとしていて読みにくいかもしれないが、まあ仕方がない。もし自分だったら読まないけれど(WEB上で長い文章読むと疲れてしまう)。

ジャンル的に「怪奇蒐話」に収めてみたのだが、初の上下2話になった。
本来は短くシンプルなホラーを意識して書いているエントリーなのだが、そこまでこだわらなくてもいいか。一応、内容はシンプルだし(…なだけに1話に収めたかった)。

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