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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2009/10/14(水)   CATEGORY: 短篇小説
鬼憑-復讐代行人-(4)
 多量の汗が、勇也の躰を包んでいた。その不快な感触など気にならない様子で勇也は放心した。
「夢、だったのか…?」
 目を潤ませながら彼は言った。その事実がさも重要であるかのように、味わい噛み締めるように彼は言葉を放った。
 喉が渇いていた。弱々しくもベッドから降りると、テーブルの上に放置してあったグラスのコップを手にしてキッチンにある水道に蛇口を思いっきり捻った。決壊したダムの如く勢いよく水は放たれ、溢れんばかりにそれをコップに注いだ。実際コップからはずいぶん水が溢れた。
 コップに注がれた水道水に口をつけ、一気に飲み干す。それでは足らずもう一度同じことを繰り返した。その際、いくらかの水が零れて床を濡らした。
 喉の渇きを抑えられた勇也は、まるで幽鬼の歩調でソファに崩れるように腰をかけた。それはまさに崩れ落ちたといっても過言ではない。
 ――あんなものを見せられたら悪夢を見たって仕方がない。むしろ当然だ。
 あんなものとは、無論死体安置場で見た怜奈――そのぬけがら――のことだった。実際に生々しい傷も、バラバラになった肉片も見たわけではなかったが、その話を聴いただけで充分過ぎる。顔以外はきっと、グチャグチャな、肉の塊になっているに違いない。むしろそんな中であれほど顔が無事だったのが奇跡としか言いようがないだろう。不幸中の幸いとはこのことか。怜奈にとってもそうだし、そんなものを見ることにならなくて済んだ勇也にとってもそうだった。
 あのあと、もしかしたら今このとき、怜奈の両親が、あるいはきょうだい――それがいるのかどうかは知らないが――が怜奈の遺体を見ていると考えると自分でもこうなのだから、かなりのショックを受けるだろうということは想像に難くなかった。そう思うと、ガラにもなく勇也は気が滅入った。
 勇也は怜奈の両親を知らなかった。彼女の実家がどこにあるのかも知らない。もしかしたらもう家族などどこにもいないのかもしれない。そう思ってしまうくらい、勇也は怜奈の家族のことを知らなかった。いや、そもそも怜奈のことをどれだけ知っていたというのだ? ほとんど何も知らない。無知で、頭を使うことを知らなくて、いつも自分を苛立たせ、勇也にとってうざい存在だった。いくら追い払っても近寄ってくる。そのたびに怜奈は哀しそうな表情をするが、少し優しくしてやると、途端にこれ以上なく嬉しそうにして仔犬みたいに甘えてくる。幸せそうな笑顔を浮かべて。――本当に幸せそうだった?
 思えば怜奈はいつも笑っていた。怒鳴って追っ払ったときも、笑顔は絶やさなかった。ただ哀しそうに笑うのだ。すぐに「ごめんね」と謝る。そして二言目には「わたしばかだから」だった。ときにむしずが来るほど、鬱陶しい存在だった。
 彼女は何を好んで自分に寄って来たのだろうか? 嫌な思いはいくらでもしたはずだった。それでも自分を求めてやってくる。勇也には理解不能な行動だ。
 逆に、自分は何が良くて怜奈といたのか。ときに鬱陶しがっても、怜奈といて癒されるときはあった。一緒にいて楽しいと思うこともあった。もしかしたらそれは怜奈でなくても、誰でも良かったのかもしれないが、それでもそんなときがあったのは事実だ。たまには「好き」と言ってやることもあった。主にベッドで、だが。
 ――俺は本当に怜奈が好きだったのか?
 躰は、良かった。太っても痩せてもいなく、付くべきところにほどよく肉が付いていて、抱き心地は良かった。男の悦ばせ方を知っていた。絶妙に気持ち良いところを刺激してくる。怜奈とのセックスは快感だった。もしかしたら躰の相性が良かったのかもしれない。確か一度そのようなことを言ったら、怜奈が喜んでいたのを思い出す。「よかった。勇ちゃんのこと気持ち良く出来て、わたし嬉しい」
 ばかな女だった。浅はかで、男にいいように利用されるタイプの女だった。躰が繋がれば、心も繋がると思っているに違いなかった。
「わたしね、勇ちゃんとするの大好き。だってとっても気持ち良いんだもん。それで勇ちゃんも気持ち良いんだってわかると幸せなの。心と心が通じあってるみたいだなって思う。きっと好きだから気持ち良いも伝わっちゃうんだね」
 ばかな女だった。心と心が通じあう? くだらない。ただの生理現象だ。子孫を残すために肉体が快楽を呼んでいるに過ぎない。
 ――本当、ばかなやつだった。本当に。
 どうして涙が出るのだろう。そんな女のために、どうして泣かなければならない? 勇也は怜奈といることで安心出来ていた自分に気付いた。「…クソ……くだらねえ……」
 今まで何人もの女をいいように利用してきた。ときには優しく、ときには怒鳴り散らした。ヤリたいときには甘い声を聴かせ、飽きたら簡単に捨てていた。世間は最低な男だとぬかすかもしれないが、そんなの利用される女が悪い。
 それでも、怜奈との付き合いは長かった。明確に恋人だったわけではない。他の女と寝ても、うるさく言わないから長く続いていたのだと思っていた。でも、本当は、俺は怜奈のことが好きだったのか――? 勇也の心に自らへの疑問が、そして後悔が湧きあがる。
「もう少し、大切にしてやればよかったな……」
 今頃は同じようなセリフを家族も言っているのだろうか。もっと可愛がってやればよかった。甘やかしていると言われても、それでも何かしてやればよかったのではないか。――親だったらそんなことを思うのだろう。
 怜奈の携帯電話は事故で見事に砕け散っていた。本当に親への連絡は済んでいるのだろうか? 財布の中に「田原勇也」と書いたメモが残っていて、それには電話番号が続いていた。それを頼りに警察は勇也に電話をしてきたのだ。それは携帯の電池が切れた、あるいは失くしたときのためのメモだった。
 ――いや、待てよ。
 勇也はふと疑問は湧きあがる。
 そもそもあの刑事は怜奈の死を、事故だと言っていただろうか――?



<作者のことば>
こんな心理描写が続くとは夢にも思ってませんでした、最初。
そもそも勇也も怜奈も書きながらインスタントに作られていて、キャラクター造形はかなり雑なはずなのだが。書いていて、こんなポジションの人物が必要だなって思ったときに、とりあえず名前を決めて、あとは流れに任せてキャラクター(性格)を形成していく。そんな書き方を今回はしていたのだが、そんな場合はあまりキャラクターに思い入れはなく、こういった心理描写は書きにくいと思っていた。
このような展開になるとは意外。書きながら自分もストーリーを楽しんでいる感じがする。

ちなみにどれだけインスタントなキャラだったかというと、今回『~怜奈との付き合いは長かった。』と書かれているのに、第1話目では『付き合いは浅いが~』とまるで真逆のことを書いたり、第3話で怜奈が「勇ちゃん」と勇也に呼びかけるようなセリフが多くあるのだが、そんな呼び方してたことも忘れて「勇也」と言わせていたり(どちらも読み返していて、たまたま気が付いた)、かなり設定が固定されていない。
それでもここまで書くと、俺もそろそろ勇也という人物を理解し始めてくるわけで。ついでに怜奈が生前どんな人間だったかも書きながら知るわけです(笑)

そういうわけで、もしかしたらどこかに矛盾点があるかもしれませんが、そういう場合はおそらく後者が採用されてます。あしからず(笑)

P.S.
本屋の本棚が倒れて女の子が押しつぶされたニュースをやっているけれど、仕方ないのだろうが現場検証している人たち(?)が本棚から落ちて床に散乱した本を文字通り踏みにじっているのを見るのは気分が良いものではない。片付けるのにも、もう少し本のことを…と思ってしまうのは自分だけだろうか。本を好きな人間なら同じ気持ちになるような気がする。
だからといって責めるわけにもいかないが、ニュースを観ていると必然的に視界に入ってしまって何とも言えない苦い気持ちになるんだよなぁ。


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| | 2009/10/15(木) 12:38 [EDIT]
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匡介 | URL | 2009/10/16(金) 18:33 [EDIT]
>シークレットさん
もちろん女の子を何よりも優先すべきとして、でも救助後の検証くらいは少しは気を遣ってくれても……と、つい(笑)

確かに捉えようでは矛盾はしないかもしれませんが、でも複数の捉え方が出来てしまうのは読んでくださる方によっては「アレ?」ってなっちゃいますしね(汗)
それに徐々に書いてて立場の変化があったのも事実なので。

ちなみに引っ張るのは得意かも?(笑)

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