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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2009/10/02(金)   CATEGORY: 短篇小説
「水辺の女」
 北海道へ行こうと云い出したのは愛染の方だった。毎度毎度、彼に付き合うと碌(ろく)な事がない。今回もまた何か怪事件の匂いを嗅ぎ付けての思い立ちだろうと予想していたのだが、それはどうやら違っていた。実際どうだったかは別として、珍しく純粋な旅行の誘いだったのだ。
 初めは寝台列車で行く方法を考えていた。しかし愛染は飛行機が好いと云うので飛行機で向かうことになった。それも含めて旅の手筈は全て愛染が請け負ってくれたおかげで、僕は気楽に、ただ出発の日を待つだけでよかった。
 出発の日、互いに荷物は少なかった。僕は身軽に済ませたい派で、どうやら愛染も同じようだった。ちなみに愛染は飛行機に乗るのは初めてだという。柄にもなく楽しそうでもあったのは気のせいではなかっただろう。
 しかし飛行機に搭乗するや否や愛染は熟睡した。おそらく着陸して、僕が起こすまで一度も目を覚ましていなかっただろう。それに対して僕は飛行機の中がどうしても落ち着かず、持ち込んだ文庫本を頭に入っているのかどうかもわからないまま読んでいた。何度も同じ頁(ページ)の行に戻っては読む。本来は愛染と同じく到着まで寝て過ごしたかったのだが、今まで飛行機に乗って寝られたことは一度もない。目を瞑ってみるが数分もしないうちに諦め、本を手にして進まない頁(ページ)を反復するように睨んでいた。おそらくそれが何度か繰り返されたはずだ。
 北海道に着くと、やはり北国で、少し肌寒さを感じた。どうやら秋の気配が一足先に訪れているらしい。隣を見ると、愛染が「寒いなぁ」と呟いていた。
 そこからはひたすら電車である。飛行機で眠れなかった僕は電車の中でたっぷりと熟睡した。愛染はずっと起きていたようだが、僕は道中の半分を寝て過ごしていたのではないだろうか。それでも我々は何時間も電車に揺られたので、外の景色を堪能することも充分に出来ていたと思う。
 一週間お世話になる――このとき初めて、この旅行のほとんどがこの旅館で過ごされることを知った――旅館に到着したときはもうあたりも暗くなっていた。
「そういえば、ここに着くまでの間に神社を一つも見なかったなぁ」
 僕がそう云うと、傷痕だらけでまるでツギハギの不気味な顔がこちらを見た。
「いや、そんなことなかった。僕は見たよ」
 全然気付かなかった。「そう?」
「ああ。どちらかというと空ばかり見ていたから見逃しているのも多かったと思うが」
「空?」
「鳥の数をかぞえていた」一体、鳥の数をかぞえてどうしようというのかはあえて訊かなかった。「ちなみにここに来るまでに147羽見たよ」
「本当にかぞえたのか?」
「もちろん」
「呆れるな」
「呆れるのは君の寝顔だったよ。だらしなく口を開けて寝ていたぞ」
 旅の疲れもあって、もう放っておくことにした。
「もしかしたら、神社の数が少ないのかもしれないなぁ」愛染は一人納得したように云った。「元々は蝦夷地だから」
 なるほど。本州から海を隔てて離れていたこの地にとって、神道という文化はあとになって輸入されたものだっただろう。そうなると神社の数が少なかったとしても不思議はない。おそらく、あったとしてもそこまで古いものはないのだろう。北海道のアイヌ民族の信仰がどういうものか詳しくは知らないが、あるいは神社に似た神殿か何かがあるのだろうか。
 どうにも遠くに来てしまった気がする。
「しかし疲れたなぁ。早く夕食にしてもらって、早めに休もうか」

 ***

 あっという間に時間は過ぎ、気付けばその日は帰る予定の日だった。
 ここに来てから、愛染はほとんど読書に耽っていた。たまに散歩に出るくらいで、あまり北海道まで来た必要性が感じられない。確かに空気は澄んでいるようで気持ちはよかったが、それだけならもっと近場があったのではないだろうか。まあ、気分の問題なのかもしれないが。それによくよく考えてみれば、愛染の旅行の概念の観光が必ずしも含まれているとは限らないのだ。
 わずかに窓が開いていて、朝の冷気が部屋に入り込み目が覚めた僕は愛染を起こそうとしたが、昨夜の酒のせいもあって彼は目を開けなかった。僕もそうだが、昨日は少し飲み過ぎてしまったかもしれない。
 北海道、最後の朝を満喫しようと外に出た。近くの湖まで散歩することにした。
 しばらく歩いた。ここ数日、だいぶ散歩し尽して慣れたいたはずが、いつの間にか見たことのない道を歩いていることに気付き、つい困惑した。
 少し前から濃い霧が辺りを包み込み、あまり遠くは見えていない。
 それでも仕方なく前に進んでいると、一軒の団子屋が見えた。そこに立ち寄り、朝食代わりにみたらしと餡子の団子を1本ずつ食べ、ついでに湖までの道を尋ねた。そこの団子が美味しかったので、草団子を3本ほど頼み、愛染に持って帰ってやろうと包んでもらった。
 教えられた通りに歩くと、すぐに湖のところに出た。とても静かで、霧が幻想的な世界を作っていた。まるでこの世ではないかのような錯覚すらしてしまったほどだ。
 そのとき、ひとりの女性がいることに気がついた。
 その女性は、日本人離れした美人だった。――いや、確実に日本人ではない。見事に作られた人形のような整った顔立ちに、綺麗なブロンドの髪をした女性だった。
 不意に目が合う。
 彼女が、微笑んだ。
 ――僕に?
 他に誰もいない。
 本当に美しい女性だった。
「え?」
 彼女は何かを云っていた。しかし何を云っているのかは僕にはわからなかった。よく聞こえない――。
 彼女が手を差し出し、僕は誘われるがままそれに近付いて、触れようとした。
「――神宮寺!!」
 聞きなれた声だった。いつだったか、以前にも同じように呼ばれた記憶がある。
「おい、それ以上行くな!!」
 振り返ると、そこには愛染の姿があった。
「どうして――」ここにいるのかと聞こうとしたとき、手にしていた草団子を落としてしまった。
 宙でばらける、地面に転がった。
 不意に、悲鳴のようなものが聞こえた。
 見てみると、目の前にいる彼女が恐怖の表情でこちらを見ている。
 どうしたのかと理由を問おうとした瞬間、彼女は湖上にある濃霧の中へと去って行ってしまった。

「大丈夫か?」
 気付くと霧は晴れていて、僕は冷たい湖に膝下が沈むまで踏み入れていた。
「霧で見えていなかったわけじゃないだろう」
 愛染の言葉に、僕は頷く。しかしそのときは何の説明もしなかった。
 辺りを見回してみたが、我々以外に誰もいない。――あの女性はどこへ行ったのだろう?

 ***

 電車での帰路で、僕は今朝の出来事を愛染に話していた。
「あのとき、君以外には誰もいなかった」
 愛染曰く、僕は湖上の霧に誘われるかのように歩を進めていたらしい。
「入水自殺を達成する前でよかったが」
 今となっては愛染もそう冗談に出来たが、僕としてはあのまま本当にそうなった気がしてならない。きっと愛染が来なければ、溺れ死んでいたと思う。
「しかし団子は残念だった」
 あのあと落としてしまった草団子を買いなおそうと思ったが、どこを探しても団子屋など見当たらなかった。最初からそんな店はなかったかのように。
「君にも食べさせたかったよ」
「まあ、君が本当に食べていればの話だが。実は寝ぼけて夢でも見ていたんだったら面白い」


 それからだいぶあとになってルサルカの名を知った。ロシアに伝わる精霊だか幽霊だかの名だ。水の事故など不幸な死に方をした若い女性の怨念で、川や湖などの近くに来た人間を水中に引き擦り込んでしまうらしい。
 僕が出会ったのがこのルサルカであれば、危うくすれば本当に溺死していたかもしれない。あのとき彼女が何と云っていたかわからなかったのは、純粋にそれがロシア語だったからなのではないか? 思い返してみると、日本語ではなかった気もする。
 そして真実のほどはわからないが、何やら蓬(よもぎ)が苦手だという話も聞いた。もしかしたらあの草団子が命綱だったのだろうか。


 数年後、例の湖で白骨死体が上がった。それは女性で、日本人のものではないとのことだった。それを聞いたとき、きっとロシア人だろうという確信が湧いた。
 しばらくして、日本に旅行に出たまま行方不明になっていたロシア人女性のものだと発覚した。遺族のDNAと照合しての発覚だった。ニュースで映し出された女性の顔は、彼女のものにそっくり似ていたことは云うまでもない。





<作者のことば>
久し振りです。どうも区切りの関係で少し長めになってしまいました。
復帰作(復帰など大層な!)はこれと決めていたのだけれど、読んで頂ければおわかり(?)のように今作は「平成妖異奇譚」の外伝的な存在として位置している。
特に詳しい設定はないが、「平成妖異奇譚」とは時系列的に独立しているつもりだ(独立っていうか、それよりだいぶあとの時間設定ではある。あくまで気持ち的には)。
このシリーズはかなり気に入っていて、出来ればもっと書きたいと思うのだが、自身の能力が未熟な為に定期的に載せられるほど量産は出来ないのが現状だったりする。なので書けると思ったときに短篇的な扱いで、ゆっくりと書いていけたら嬉しい。
そんな思い入れの強いこの作品、あるいはこの作品群を、読者の皆様にも面白い、もっと読みたいと気に入ってもらえたらこれ以上に嬉しいことはない。シリーズの新作を楽しみに待って頂ければ幸いです。

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COMMENT

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卍リシャール卍 | URL | 2009/10/02(金) 16:43 [EDIT]
拝見致しました。

すごいですね。
こんなにうまく書けるなんて、羨ましい限りですよ。

話がすうっと滑るように進んでいき、飽きが来ないうちに(失礼な言い方ですね。)ふっと終わる。
うちのバナナとよく似た感じですが、バナナとはまた違う新鮮さも感じました。

私の作品は、すこし描写がくどいかもしれませんからね。
でも治る気配もないですが・・・

幽霊の話は考えませんでしたね。
今度の短編の題材として使わせて頂きます。

匡介 | URL | 2009/10/02(金) 17:13 [EDIT]
>卍リシャール卍さん
ありがとうございます♪
このシリーズは書き出すと止まることなくスムーズに最後まで手が動くので、実は書いてる側も「すうっと滑るように進んで」いく心地です(笑)
しかし文章の巧さはまだまだだなぁ、と読み返して痛感。文章に幅がない。これは意識してどうにかなる問題ではないと思うので難しいです。本を読んだり、小説を書いたり、あるいはマンガや映画、日常のどこかでふと身に付いているものだと思うので、普段から積極的に周りのものを血肉にしていきたいですね。精進あるのみ!

ちなみに作品のテイストが違うので、どこに力が入るかはもちろん違うはずです。
自分も作品によっては描写をくどいくらいに書く場合もありますよ!

● こんばんは!
鷹の爪痕 | URL | 2009/10/02(金) 20:11 [EDIT]
もう素直に面白く、惹き込まれる作品でした!!
ある意味実話怪談を読んでいるかのような←また趣味に走ろうとしている自分(;・∀・)
リアル感がありました!!

「平成妖異奇譚」をまだ読んでいなかったのに(スミマセン)
ストーリーにさっくりと入り込めました♪

「思い入れのある作品」
…うん、分かります!ありますよねぇ…しみじみ

匡介 | URL | 2009/10/02(金) 21:25 [EDIT]
>鷹の爪痕さん
ありがとうございます。嬉しいです♪
「平成妖異奇譚」は読んでいても読まなくても大丈夫なように書いたつもりなので全然OKです!
もし気になったら「平成妖異奇譚」の方も読んで頂けるとなお嬉しいです。

でも今作は確かに怪談のようなテイストなのですが、「平成妖異奇譚」はまた別テイストなので要注意です。
そういった意味でも、今回はシリーズ中でも独立した作品なんですよね。
● こんにちは!
鷹の爪痕 | URL | 2009/10/03(土) 13:47 [EDIT]
「平成妖異奇譚」…一気に拝読させていただきました♪
愛染との出会いなどから始まっていたので、とても面白かったです!!
まだまだ続けて欲しいなぁ、と思わずにはいられません(^^ゞ

あの作品を読んでから、こっちを読ませていただくとまた違う印象ですね♪

このシリーズ?とっても好きです(もちろん、妖怪もw)

また書かれるのを楽しみに待ってますね♪

匡介 | URL | 2009/10/03(土) 17:48 [EDIT]
>鷹の爪痕さん
早くもありがとうございますe-420
実は「水辺の女」を書くにあたって、久し振りだったので愛染と神宮寺のキャラが若干おぼろげになってました(笑) なので、そういう意味でもギャップあったかもしれません。
まぁ、彼らの一人称なんだっけ? とかなんですが(笑)

次は今回の2人以外のキャラクターも出したいですね!
特に田島はシリーズの内外含めて自分の作品では珍しいタイプのキャラなので是非是非再登場させたいです(笑)

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