FC2ブログ
みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2009/05/27(水)   CATEGORY: 短篇小説
TIME(7)
 ある大学の構内に智生はいた。来るのは初めてだが、彼はそこを知っていた。かつて父が通っていたところだ。
 もう何度目かになる突然のタイムトリップに、智生は慣れ始めていた。徐々に順応している。今は何年前なのだろうか。そんなことを考えていた。
 雨が降り始めた。さきほどから怪しい雲行きではあると思っていたが、まさかこんなに早く降ってくるとは。傘を持っていない智生にとっては困った状況になってしまった。とりあえず建物の中に入ってしまおうか。
「あ、すみません」
 どこに入ろうかと建物を見回していたところ智生に衝撃が襲い、彼は地面に倒れた。見上げるとひとりの女性と目が合って、思わず声が出た。「…あ」
 見覚えのある女性だった。以前にタイムトリップしたときに出会った、自分のことを知っていると言った女性だった。残念ながら名前を聞きそびれていたが間違いない。つまりはそういうことだったのか。現在(いま)は――あのときの過去にあたるのか。
「いいえ。そちらこそ大丈夫ですか?」
「ええ。――あ、服が汚れちゃってる」
 彼女の視線を追うと、確かに自分の服は若干汚れていた。しかし気になる程度ではないし、何も問題なく思える。
「ごめんなさい。私ったら――、急に降りだしてきたから焦っちゃって」
「大丈夫ですよ。この程度なら気にならないし。俺もぼーっとしてたんです」
「何かお詫びをしなきゃ」彼女は智生も傘を持っていないことを確認して言った。「とりあえず雨宿りしません? すぐそこに知ってるお店があるんです」

 喫茶・木天蓼はシンプルな店だった。昔ながらの喫茶店という雰囲気だ。――実際にその昔に来ているので当たり前といったら当たり前になるが。
 大学が近いこともあって店内は学生が多かった。席に着くと二人ともブレンドコーヒーを頼んだ。
「ここのコーヒーは美味しいのよ」
 彼女は笑顔で言った。それを見て、そういえばよく笑う子だったと智生は思い出す。
「さっきはごめんなさい。本当に申し訳ないわ」
「お構いなく。何にも問題ないです」
「そう? でもここは私に払わせてもらいますからね」お互いに笑った。「了解」
「私は藤阪っていうの。藤阪今日子。――あなたの名前は?」
 ……フジサカ キョウコ? まさか――智生の脳裏に嫌な予感が迸(ほとばし)る。
 聞き覚えのある名前だった。いや、聞き覚えどころではない。もし、本当に目の前にいるのが本人だったとして、自分はどうすればいいのだろう――? 顔は、似ている。
「どうしたの?」
「……ああ、いや、別に」
「大丈夫? 何か急に顔色悪くなったけど」
「本当に大丈夫」
「そう、ならいいけど」気のよさそうなマスターが二人分のコーヒーを持ってきた。「本当に美味しいのよ。飲んでみて」
 藤阪今日子がカップに口をつけたので、智生もそれに倣うようにしてカップに口をつけた。内心それどころではなくて、味などわからなかった。
「どう?」
 今のどを通った液体がコーヒーかどうかも判断できない。「ああ、美味しいよ」
「よかった」藤阪今日子がにっこりと笑った。とても魅力的だ。「それで?」
「……何だっけ?」
とぼけちゃって、と彼女が笑う。「名前よ」
「ああ。永原、永原智生」
「永原君かー」
 そこからの会話は覚えていない。突然店内の声が、言葉が反響して聞こえ、何も聞きとることができなかった。頭の中がぐるぐると回転しているかのようだ。耳に入るすべての音が過剰にリフレクションを繰り返し、ノイズとしてしか認識できず、途中から智生は気持ち悪くなりトイレに立った。
「どうなってるんだ……」
 首筋がゾクゾクして、視覚に入る光の調節ができなくなったかのようにあたりが眩しくなった。と、思えば元に戻り、再び眩しくなり、それが交互に繰り返される。まるで真夜中に部屋の明かりを瞬時に点け消しするそれに近いものがあった。
「また、移動するのか…」
 智生は使える力を振り絞って、藤阪今日子の待つテーブルに戻った。
「ごめん。もう行かなくちゃ」
 それだけ言った。
「どうかしたの?」
「どうかしたの?「どうかしたの?「どうかしたの?「どうかしたの?」どうかしたの?」どうかしたの?」どうかしたの?」藤阪今日子の声が頭の中で反響する。
「どうしても行かなくちゃならないんだ。あの、今回は素直に奢ってもらうことにするよ。あとはお願いするから。じゃあ―…」
 ふらつく足取りで店を出た。チラリと藤阪今日子の姿が見える。彼女は困惑しているようだ。席を立とうとしていて、もしかしたら追ってくるかもしれない。智生は足を速めた。まだ雨は降っている。
 そして、ホワイトアウト――。



<作者のことば>
ちょっと間が空いてしまった。早く終わらせたいのに。
…とか言いつつ、このあとの展開をまだ考えていない。ちょっとだけ焦りがあったりなかったり。

収拾がつくのか、これは。

←応援してくれる人はclick!!
[ TB*0 | CO*0 ] page top

COMMENT

 管理者にだけ表示を許可する

TRACK BACK
TB*URL
Copyright © みやび萬紅堂。. all rights reserved. ページの先頭へ