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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2009/05/01(金)   CATEGORY: 短篇小説
TIME(3)
 ゆっくりと湯気が揺れながら上がっていくココアを片手に、智生はぼんやりと飲み過ぎてしまった原因を考えていた。思い返してみるとあのとき部屋には何本ものビールの缶が転がっていた、ような気がする。眉間を軽く刺激してよく思い出そうとしたが、記憶は曖昧なままだった。
「いくら酔っ払ってたからって、あんなところで寝ていたら風邪をひいてしまうわよ」
 わずかに頷いて、智生はココアを口にした。思ったより甘い。
 いくら親切にされているとはいえ、この季節に温かいココアを出してくるのはどうかと思ったが、そういえば今日は寒かった。この寒さの中、しかも外で寝ていたら風邪をひくと言われるのも納得だ。
「今日は寒いね」
「ココア、あったまるでしょ?」
「うん」
「ここ数日で急に寒くなってきたものね」
 そうだったろうか、ここ数日間の気温を思い返す。今は8月、確かに今は寒いけれど、さすがにここ数日間まで寒いとは言えなかった。むしろ暑くて堪らなかった気がする。
 智生が答えずにいると、彼女はなぜか笑った。
「わたしのこと、覚えてる?」
「……え?」
「やっぱり忘れられちゃってたか」
 誰だったろう? 思い出せない。
「ごめん。以前どこかで会ったかな?」
「うん。3年前に、大学で」
 本当に記憶になかった。「3年前?」
「そう。まだ大学に入りたてだったときに、あなたに会ったのよ」
「大学ってどこの?」
 彼女はある大学の名前を出した。確か、親父が通っていた大学ではなかっただろうか。
「やっぱり、ウチの学生じゃなかったか」
 3年前どころが、その大学に行ったことは一度もない。
「それ、本当に俺?」
「やだ、それは隠してるの?」
「大学なんて行った覚えがないんだけど…」
「それ本当に言ってるの?」
「ああ」
 彼女ははっきりと聞こえるように溜め息を吐いた。「だったら仕方ないわよね」
「ごめん」
 自分はどうして謝っているのだろう。智生は自問自答する。何となく、悪いと思ったから。
「いいのよ。でもわたし覚えてるのがわたしだけなんて、ちょっと残念」
 どう言ったらいいかわからず、智生はココアを啜った。
「だけど今はわたしにも恋人がいるからなあ。もう少し早く再会できていたらよかったのに」
 もう、否定も肯定もしないことにした。「恋人ってどんな人?」
「少し、あなたに似てる」
「俺に?」
「少しだけだけどね」
 彼女は笑う。笑顔が素敵だと思った。
「それは見た目が?」
「うーん、そうね、見た目はそうでもないかな」
 再び、黙ることにした。
「何か雰囲気がね、そっくりよ」彼女はココアを口にした。「それにね、名字があなたと同じなの」
「名字?」智生は驚きを隠せなかった。「俺の名字を知ってるのか?」
「ええ。だから言ったでしょう? 前に会ったことがあるって」彼女が耳元でささやく。「永原くん」
「本当に会ったことが?」申し訳なさそうに言う。「ごめん。覚えてない」
「いいのよ」彼女は本当に気にしていないようだった。「それで、わたしが付き合ってる人も永原っていうの」
「へえ、会ってみたいね」
「駄目よ」彼女は秘密を打ち明けるように小声になった。「あの人って意外とやきもち焼きなんだから」
「だったら俺とは似てないな」
「そう? あなたも意外とそうだったりして」
 彼女はまた笑った。よく笑う子だ。
「もう酔いはだいぶ醒めた?」
「ああ。うん」
 そうだった。どうしてあんなところで寝ていたかだった。智生は記憶を探る。……駄目だ。何も出てこない。――その瞬間。
 フラッシュバックするように、昨夜の出来事が思い出される。
 電話がきていた。智生はマナーモードにしていて気付かなかったが、彼の携帯には着信が3件あって、留守電にメッセージが残されていた。いずれも電話をかけてきたのは、小学校からの友人・園田だった。
 ――親父が死んだ。
 智生は心の中で呟いていた。
「どうかしたの?」
 彼の心中の独白が聞こえたかのように、彼女は心配そうな顔をしていた。
「……いや、その」
 園田からの電話は智生の父親の訃報であった。自分の父親の躰は病魔に侵されていて、もう長くはないことを智生は知っていた。全身に癌が転移していて、助かる見込みはなかった。そして結局、父親は死んだ。
「親父が死んだんだ…」
独り言とも取れる智生の言葉を、彼女はしっかりと捉えていた。「え?」
「昨日、親父が死んだって聞いた」
「死に際には会えなかったの?」
「ああ。たぶん、仕事をしていたんだと思う」
「お父さんは、どうして?」
「癌だよ。全身に転移していた。いずれもう長くはなかった」
「そうなの…」
 父親が死んだとき、智生は仕事をしていた。忙しすぎて、着信には気付かなかった。
 何だか急に部屋の空気が淀んでいるように感じる。外の空気を吸いたいと思った。それに、煙草も。
 ジーンズのポケットを探ると、どうやら煙草は持っていないようだが、外に出れば近くにコンビニでもあるだろう。もしくは自動販売機が。
「ちょっと、外に出てきていいかな」今は何時だろうと部屋を見回す。見つけた時計の針は9時を過ぎたところだった。「新鮮な空気を吸いたいんだ。その方が酔いも醒める」
「そう。そうね。わかったわ」
 ありがとう、と言って彼女の部屋を出た。本当はもう酔いなど醒めている。だけど外の空気が必要だ。酸素を送って脳を活性化させなければ。
 外に出たがコンビニなどは見当たらない。それどころが何とも古臭い町だった。まるで何十年も昔を見ているような、そんな気さえしてくる。ここはどこだ? なぜここにいる?
 突然、あたりが昼みたいに明るくなった。
 色が鮮明に映る。
 鮮明過ぎるほどだった。
 智生は眩しさを感じて、目を細める。
 気付けば光だけになっていた。
 もう何も見えない。
 そこで意識は途切れた。



<作者のことば>
ここらへんから詰まる。
思いつきで書いてるくせに、複雑な複線張りやがって、的な。

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