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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2008/11/02(日)   CATEGORY: 短篇小説
スクールデイズ -2人だけの教室-
 高校2年の夏。僕はまだ童貞だった。
 蒸し暑い中の授業。教室には生徒たちの気だるい雰囲気だけが浮遊している。一瞬、黒板の文字が陽炎で揺らめいているように見えたが、どうもそれは気のせいだったらしい。どうせちゃんと見えていても、ノートは白のままだった。暑さは容赦なくやる気を奪っていく。元々この自分にやる気などあるかどうかも怪しいところだけれど。
 禿げた頭をバーコードを模した髪型でカバーしている、つもりの数学教師が新たに黒板に文字を書き連ねている。もう何を書いているかなど興味もなかった。僕はうなだれるように机に突っ伏し、残りの時間を過ごすことにした。

 気付くと教室には僕ひとりだった。いつの間にやら寝ていたらしい。
 時間割に目を向けると、次の時間は体育だった。というか、今の時間は体育だった。すでに授業が始まって10分は経っていて、どうして誰も起こしてくれなかったのだろう? と思いつつ、僕には友人と呼べる存在がほとんど皆無に近かったことを思い出した。休み時間もいつもひとりで過ごしている。
 そのとき気付いたのだけれど、実は教室にいたのは僕だけではなかった。ちょっと近寄りがたい雰囲気の、綾瀬がいた。彼女はまるで今のこの教室と実に一体化を果たしていて、そこにいるのにそれを感じさせないほど人のいない教室がよく似合っていた。
「体育、いいの?」
 少しの間をおいて、それが僕へ向けられた言葉だと気付いた。綾瀬は僕に話しているようだ。
 何か言い返そうと思ったのだが、何の言葉も出てこなかった。何か長いこと人と話していない気がする。まるで話し方を忘れてしまったようだ。「起こしてくれてもよかったのに」。そんな言葉が浮かんだが、それでは何だか綾瀬を責めているように聞こえるのでやめた。
「綾瀬は何してるの?」
 かろうじて出た言葉がこれだった。可もなく、不可もなくではないかと自分では思う。
「何も。ただ座ってる」
 確かに綾瀬は自分の席に座ってるだけで他には何もしていないようだった。しかしそう言われても、こちらが困ってしまう。
「……綾瀬って、いくらなの?」
 少し言葉足らずだったかも知れないと言ってから後悔した。むしろこのセリフ自体かなり後悔だ。
 綾瀬は金を払えば誰でもヤラせてくれるという噂があった。僕の記憶が正しければ、それは5万円だったはずだけれど、そこはとぼけた。
「5万」
 予想通りというか、予想外というか、とにかく困った返答だった。噂は本当だったようだ。
「少し高くない?」
「全然」
「5万なんて、僕ら高校生にはなかなか用意できない金額だと思うけど」
「そうでもないよ。先輩とかはそれくらい普通に出す」
 少し生々しい返答。さすがに苦しくなってきた。
「もっと安くできない?」
 何故か値切ろうとする自分。
「無理」
 即答だった。
「…でもキスだけならしてもいい」
 想定外の言葉だった。それはタダでってことだろうか。綾瀬ほどの美人なら、正直キスくらいしてみたいというのが本心だったりする。僕の心臓が急激に高鳴る。
「じゃあ、キスだけ…」
「いいよ。ほら」
 そう言って綾瀬は僕の目の前に立ち、目を瞑った。
 彼女の唇は、ほんのりとしたピンク色で、いかにも女の子らしい柔らかそうなものだった。
 ドクンドクンと心臓が全身に血液を送り出しているのがわかる。きっと顔は赤いに違いない。見られたら恥ずかしい。
「しないの?」
 目を瞑ったまま、少しだけ突き出してきている唇がわずかに動いてそう言った。
「……ごめん」
 結局、僕は勇気が足らなくて、彼女とキスができなかった。あのふっくらとした可愛いピンクの唇に気圧されていた。
「いいよ、別に」
 綾瀬はそう言って、再び自分の席に座った。
 窓から外を覗いてみると、そこではクラスメイトたちがグラウンドで走り回っている。
 僕は綾瀬とはキスができなかったけど、授業が終わるまでの残り数十分をこの教室で、綾瀬と一緒に過ごすつもりだった。このあと何か起こるかもしれないし、起こらないかもしれないけれど、このまま途中から体育に参加するのは勿体無いように思えた。クラス一と言われる美少女と同じ空間に2人だけでいる。それだけで少し得した気分になった。キスはできなかったけど、悪くない。きっと綾瀬はもう話さないだろうけど、それでもいい気がした。


<作者のことば>
総製作は5分くらい?
ただ綾瀬みたいな女の子が書いてみたくって書いてみた。

即興で作った割には意外と気に入っている。
無駄に力が入ってない分、ナチュラルな文章が書けたかも。

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