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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2008/10/31(金)   CATEGORY: 短篇小説
有島奇亜人の憂鬱(6)
 むしゃむしゃと喰い漁る。その光景はひどく恐ろしかった。
 名無は目の前の出来事をまだ信じられずにいる。魑魅魍魎、妖怪の類いならすでに目にしているが、彼女は人間ではなかったのか?
 視線の先では、石橋 美樹子が冷蔵の中のものを次々と喰い漁っていた。それも手ではなく、長く伸びた髪を使って!
 その髪は触手のように自由に動き、物を絡め取っている。そして――後頭部にある大きな口へと放り込んでいく。
 頭にもうひとつ口がある。これは明らかに人間ではない。
「――もう止めましょう、美樹子さん」
 有島の声だった。それに反応して、美樹子の身体がびくりと脈打つように震えた。
「あ……あ、あ……――」
 美樹子は何かを言おうとしてはいるが何も言葉が出てこないようだった。
「知り合いを紹介しましょう。そいつならあなたをきっと元に戻せる」
 そう言って、有島は彼女に近寄った。
「有島さん、私――…」

「うわあああああああ!!」

 突如、叫び声が部屋に響きわたる。
 石橋だった。自分の妻の異形なる姿を見て、動転している。
「石橋さん、落ち着いてください」
 有島の言葉など石橋には聞こえないようだ。
「この女、化け物だったのか!! 最近続くあの視線も、貴様のせいなのか!!」
 黒い影がゾゾゾと伸びた。
 ――髪だ。
 美樹子の髪が石橋へと伸び、彼の両腕、そして首に絡みついていく。
「美樹子さん!!」
 有島が叫ぶ。
「あなたさえ! あなたとさえ一緒にならなければ!」
 名無は現状をまったく把握出来ていなかった。何をどうすればいいのかわからない。
「苦しい……助けてくれッ!」
 首を絞められている石橋が助けを乞う。
「止めてください! 美樹子さん、それでは何の解決にもならない。殺しても、あなたは自由にはなれない!」
「それでもォォォォォォオオ」
 美樹子の声はもう人間のそれではないような気さえした。
「名無ッ!! 美樹子さんを押さえつけろ!」
 呆然と見ていた名無が我に返り、言われた通りに美樹子を押さえ込んだ。
 しかし彼女の髪が今度は名無にも襲いかかり始める。
「少しだけ辛抱してくれ」
 有島は窓に駆け寄り、そして開けた。
 すると窓の外には、

 そこには――

 何十という梟の大群が待ち構えていた。

「――――!!」
 名無も石橋も驚きのあまり声も出せない。
 美樹子は我を失っている。
 有島だけが冷静に事態を呑み込んでおり、冷静だった。
「これが、“視線”の犯人ですよ。――石橋さん」
 梟の眼には光が反射し、ぞろりと光が闇に浮かんでいる。

 ホーゥ、ホーゥ。

 やはり梟だったのか。名無はやけに冷静に思った。
「石橋さん」有島は浮かない顔をしていた。「あなたには罪を償ってもらわないといけない」
 先ほどまで呆然としていた石橋が問う。
「罪?」
「ええ、罪です」
「僕に何の罪が?」
「何の罪でしょう? 罪状はわかりません。しかしあなたは罪を犯した。それは法律に触れるものではない。だが彼らにとってみれば、あなたがしたことは罪であり、だからあなたに罰を求めた」
「僕が何をしたって言うんだ!?」
「美樹子さんをそんな姿にしまったのはあなたが原因だ。――あなたは家では非常に金銭にうるさかった。違いますか?」
 石橋は答えない。
「それは倹約というには度を過ぎてしまっていた。給料が良いにも関わらず、こんな狭いアパートの一室を借りているのもそういうことでしょう? あなたは美樹子さんが自分の物を買うことを許さなかった。食事も大層な料理を嫌った。まるで精進料理のような、金のかからない質素なものを好み、彼女にもそれを強(し)いた。――そうですよね? 美樹子さん」
 美樹子がわずかに頷いたような気がしたが、それは気のせいだったかもしれない。
「まともに食べさせてもらえない美樹子さんは、どんどん衰弱していく。だから彼女はこんなにも細いんでしょう? なのにあなたは外では金遣いが荒かった。食事も自分だけは贅沢に摂っていた。むしろあなたは外で豪勢する為に家では異常なほど倹約に徹していたんだ」
「そんなの、言いがかりだ」
 やっとのことで、石橋が言った。
「美樹子さんの姿を見てください。彼女のその頭。後頭部に大きな口が出来ている。まるで化け物だ」
 何も本人を前にしてそこまで言わなくても、などと名無は思った。
「その姿は二口女(ふたくちおんな)だ。彼女のように、夫にまともに食べさせてもらえない妻がなってしまう妖怪です。――この場合、夫はあなたですが」
 何とも可哀想な妖怪だ。名無は美樹子を憐れんだ。苦しい生活のうえ、こんな姿になってしまうなんて。
「二口女としての彼女は、あなたに抑えつけられていた食欲を解放した。それで夜な夜なこうやって冷蔵庫の中のものを漁っては食べていたんです」
「……気持ちの悪い女だ」石橋の言葉だった。
「それがあなたの本心だ。石橋さん、あなたはこれまで女性を愛したことなど一度もなかった。違いますか? 消耗品とすら考えていたんでしょう?――だから好き放題に抱いては捨てた」
 石橋は再び口を閉ざした。
「あなたは見た目も良い。何もせずとも女が寄ってくるでしょう。それはあなたが悪いわけではない。――でも、子供だって何も悪くはないんです」
 子供? 名無がふと窓の外を見る。梟の眼が、妖しく光っているのが見える。
「あなたは次々と女性を孕ませては、子供を堕ろさせた。何の罪の意識もなく。次々と」
 石橋が笑った。
「それの何が悪い? 悪いのは女どもだ。近寄ってきたから相手をしてやった。だが子供が出来て、どうして僕が責任を取らなきゃいけない? 女どもが望み、そうなった。俺は悪くない。それでも俺は中絶費用を出してやった。むしろ感謝して欲しいくらいだ。なのになにが罰だ」
「確かにあなたに群がってきた女性たちは浅はかだったかもしれない。しかし、それがあなたが罪を免れる理由にはならない。子供にとっては――あなたが父親だった」
 ホーゥ、ホーゥ。梟の鳴き声が木霊(こだま)する。
「外にいる梟は、あなたの殺した子たちです」
 石橋の顔色が変わるのがわかった。きっと脈拍は上がっているだろう。名無は彼の心音が今にも聞こえてきそうな気がした。
「たたりもっけ、というんですがね。水子の怨霊みたいなものです。ここのままでは石橋さん、あなたは彼らに呪い殺されますよ」
「なに……?」
「今すぐ彼らの供養をすることをお勧めします」
「俺は何も悪くない…。何も、悪くないんだ!!」
「そんなことを言うと彼らが怒ります」
 ざわめく気配があった。
 名無は窓の外を見る。無数の光が、石橋を睨みつけていた。
「黙れ!! やつらは俺の子なんかじゃない! 俺は誰も殺してなんかない!」
「中絶は赤ちゃんを殺すことです。そしてお母さんをも傷つけます。今回、それはあなたの意思だった――」
 ホーゥ、ホーゥ。ホーゥ、ホーゥ。ホーゥ、ホーゥ。
 何重にも鳴き声が重なり、名無の頭の中で反響した。意識が遠のく――。
「だとしても! どの女も低俗な尻軽女ばかりだった。その子供だって同じさ。そんなやつら、生まれる前にいなくなって世の為だ!」
 もう石橋は正気を保ってはいなかった。きっと自分でも何を言っているのかわからないことだろう。
 バッサバッサ。翼を羽ばたかせる音が聞こえた。バッサバッサ。無数の梟たちが枝から飛び立ち、次々と窓から入ってきた。それが石橋目がけて飛んでいく。
「うわああああああああああああ!!」
 石橋は梟の大群に襲われる前に、慌てて外に飛び出した。
 梟たちはそれを追いかける。
「残念だ……」
 有島が、溜め息まじりに呟いた。

***

 石橋 美樹子は有島の紹介により、彼の知人に預けられた。どうもその道の熟練者らしい。その道とはどの道なのか名無は訊かずにいた。どうせ妖怪関係の、そっちの道だろうと予想はついていたからだ。
 石橋の事件解決後から有島の元気はない。結果としてあのあと石橋がどこへ行ったのか誰もわからず、行方不明になってしまったのだから解決とは言い難いかもしれないが。
「珍しく、気の合う人間だったんだよ」
 有島が、独白するように名無に告げた。
「飲みに行きましょうか?」
名無は言ってみたが、実は有島と飲んだことは一度もない。
「それもいいかもしれないな」
 有島はソファから立ち上がり、事務所のドアを開けた。
「今日はお前の奢りだからな」
「どうしてそうなるんですか!」
「お前は俺を元気付けようとしてくれているんじゃないのか?」
 有島はにやにやした笑みを浮かべている。こいつ。
「でも、そんにお金ないですよ」
「安心しろ、お前の給料から差し引いてやる」
 はあ、と溜め息と吐いたが名無はもう何を言ってもだめだろうと諦めた。


<作者のことば>
完結。
とりあえず申し訳ない。前作と似たような「子殺し」の話になってしまった。

実は、個人的には「奇怪探偵・有島奇亜人」のセルフリメイクのような気持ちで書いてました。

ただセルフリメイクだって何か新要素をプラスしなくちゃならない。
あまりわからなかったかも知れないけれど、今回最も加えたかった要素は“アクション”でした。

あ、アクションといっても壮絶な闘いをイメージされては困ります(笑)

実は二口女を押さえようとするシーンがそれです。
若干のアクションを加えて緊迫感を出そうと思ったんだけど、上手くいったかな? 自分としては、まあまあの評価を与えたいんだけれど(笑)

ちなみに「二口女」と「たたりもっけ」は実在の文献に載っている妖怪の名です。
しかし文献によってはその説明に若干の違いがあり(そもそも妖怪ってそんなものですが)、さらに多少はカスタマイズはしたかもしれません。
でもでも、妖怪って語られるごとに違うものへと進化していくものだと思うので自分のオリジナルが入ったとしてもあまり気にしないことにしました。
特に二口女は食事をしない妻という民話ver.と先妻の子を殺してしまって二口女になってしまうver.をミックスしたつもりなので、結構違うものになっているのかな。

ついでにいうと「たたりもっけ」は犬夜叉にも出てました。
あれも相当オリジナルな妖怪になっていたと思いますが。

もしシリーズ第3弾を書くとしたら今度はもっとじっくりと構想を練っていこうと思います。
何よりも自分自身が満足できる作品が作りたいですね。

あとタイトルは直前まで悩んだんですが、ひとりの人間として有島の一面が最後に出てくるってことで「有島奇亜人の憂鬱」にしました。まあ、有島って人間なの? ってことはおいといて(笑)

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COMMENT

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美夏 | URL | 2008/10/31(金) 22:48 [EDIT]
ふー・・・
短編小説 でも内容は濃いですね^^
昔 小説を少し書いていたんですが
どうしても言葉に振り回されてしまって 諦めました;;

次の作品も期待しつつ・・おつかれさまでしたw

匡介 | URL | 2008/11/01(土) 09:57 [EDIT]
>美夏さん
読んでくださってありがとうございます! 嬉しいです♪
でも俺もまだまだ言葉に振り回されてる感がありますね(笑)

期待されると頑張らなくていけないなぁ。
応えられるよう精進しますね!
● 管理人のみ閲覧できます
| | 2008/11/03(月) 18:27 [EDIT]
このコメントは管理人のみ閲覧できます

匡介 | URL | 2008/11/05(水) 02:33 [EDIT]
>シークレットさん
「犬夜叉」途中まで持ってますよ。子供の霊が関連している以外はほとんどオリジナルな感じでしたね。
あと「地獄先生ぬ~べ~」は全巻持ってます(なにせ数千冊のマンガ量を誇るくらいですから!)。でも、似たのって何だろう? パッと思い浮かんだのが餓鬼ですが、違うかな?
言われればわかるかも知れませんが、あれだよね! って確信が持てるものは思い出せませんねー。

ちなみに毎回楽しませてもらってます♪

またのお越しをお待ちしていますね!

藍色イチゴ | URL | 2008/11/17(月) 18:59 [EDIT]
 お久しぶりです、こんばんわ。
 藍色イチゴです。

 有島奇亜人シリーズは、あやかしシリーズ と同じぐらいに好きなんです。ミステリー系(?)のお話が好きだからなのかもしれませんが ^^;

 奥深いと言うか、胸に訴えるものがありますね。
 法に触れなくても、何らかの形で罰が残る、と言う事なのでしょうか? 
 
 それでは、また、作品を読みに行きますね。
 体調に気をつけてくださいね。

匡介 | URL | 2008/11/17(月) 19:52 [EDIT]
>藍色イチゴ
こういう系好きですか? そう言われると次も気合いを入れて考えねば!って感じです(笑)

特に罪には罰を!ということを意識したわけではないんですが、そうですね、「たたりもっけ」は間引きされた(つまり食糧事情などから人を減らす為に殺された)子の怨念だったりすることが多いわけですが、この妖怪が形成された背景には間引きした側の罪の意識が少なからず含まれてると思うんです。
つまり罪を意識はそのまま罰ともなるって話かもしれません。

難しいですね(笑)

もしかしたら石橋はずっと自分を責めて欲しかったのかもしれませんね。長いこと罪の意識に苦しめられていたとも考えられなくはありません。

体調は気をつけさせてもらいますね。
是非またのお越しをお待ちしています♪

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