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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2008/10/23(木)   CATEGORY: 短篇小説
有島奇亜人の憂鬱(2)
 石橋 貴之の話によると、彼は主に夜になると例の視線を感じるという。さらには彼の妻である石橋 美樹子も、その視線を感じるという話だ。
 もしストーカーの仕業だとすると、これはかなり巧妙に石橋夫婦のことを覗き見ていることになる。感じるのは視線だけで、辺りに怪しげな人物の影すらも見当たらないというのだから。もちろん石橋夫婦の気のせいだという可能性もある。特に石橋 貴之はあの容貌だ。よくもてるだろうから、常に誰かに付きまとわれているという気にもなるかもしれない。妻の美紀子は、夫からその話を聞いて、何者かに覗かれているという思い込みが生じてしまったのなら頷ける話だ。しかし実際に確認してみないことには何もわからないだろう。
 
 有島と名無は石橋の住むアパートへと足を運んだ。石橋の上品そうな身形(みなり)から、彼の収入はなかなかもものだろうと推測されるのだが、彼の住居は一見してわかるほどの安アパートだった。もしかすると格好くらいは見栄を張って良いものを着ているのかもしれないが。
 有島と名無は彼の部屋へとあがった。彼の妻・美樹子が姿を現した。
「いらっしゃいませ。こんな狭苦しいところで申し訳ないですが…」
 石橋に見合って、上品そうな女性だった。
「いえいえ、お構いなく。うちの事務所だって同じようなもんです。特に最近はこの名無が大量の本を持ち込んでくるから事務所が一層狭くなってしまった」
 それは仕事がないからだ。名無は有島を睨んだ。有島のように一日中ソファの上で寝ていられるような人間ではないのだ。
「ああ、ちなみにこれが助手の名無です」
 有島が親指を立てて名無を指した。
「どうも、名無 権兵衛です…」
 名無は自己紹介というものが嫌いだ。どうもこの名前を人に教えるのは気が引ける。
 まあ、記憶喪失のこの男のために有島が好い加減に考えた名であるから、名無も律儀にその名を使うこともないのだが。
「まあ、変わったお名前ですね」
 美樹子は小さく笑った。
 名無は妙に恥ずかしくなって、つい俯いてしまった。

***

 その晩は石橋家で夕食をご馳走になった。有島は遠慮なく出てきた料理を平らげた。その有島とは対照的に名無は遠慮がちに食べたので、それなりに腹の足しにはなったのだが、満腹までは得られなかった。
 酒が入った有島と石橋が、大いに意気投合しているのを横目に名無は例の視線のことを考える。今まで気がつかなかったが、その視線の正体が人間とは限らない。この部屋のどこかにカメラが仕掛けられていて、盗撮されているのかもしれないと名無は思った。だとしたら犯人の登場を待つより、仕掛けられているカメラを探し出さなくてはならない。こうして楽しげに呑んでいる場合ではないのではないだろうか。

 そのときだった――。

 どこからか視線を感じる。名無は思った。
 それに有島も気付いたようで、ふと彼の眼に真剣さが宿った。
 そして石橋夫人の美樹子が声を上げた。
「ほら、あなた! どこからか視線を感じるわ!」
 それを聞いた石橋も感覚を研ぎ澄ませると、その視線に気付いたようで、辺りを見回す。

 窓が開いている。

 名無はそこから外を確認した。誰もいる気配はない。
 ホーゥ、ホーゥ、と梟(ふくろう)のような鳴き声が聞こえる。しかしこんなところに梟がいるとも思えないし、きっと山鳩か何かだろうと名無は思った。
「誰も、いないみたいです」
 でも、確実に視線は感じている――。
「ちょっと、外に出てみようか」
 有島は名無を連れて、外へと出た。

「誰もいないようだな」
 有島は煙草に火をつけながら言った。彼はヘヴィスモーカーなのだ。
「あの部屋にカメラが仕掛けられているという可能性はないんですか?」
 名無はさっき思いついた考えを述べた。
「盗撮か。まぁ、調べてみないとわからないが、たぶんその線はないだろうな。すると突然視線を感じたというのは不自然だ。それに石橋さんが視線を感じるのは、あの部屋に居るときだけじゃないそうだ」
 確かに――正体がカメラだとするといきなり視線を感じたことは疑問に残る。
 カメラが作動したから視線を感じたのか? いや、そうじゃない。もっと生々しい感じがした。あれは無機質なものが発することが出来るものではなかった。感覚的に――名無はそう理解していた。
「あのアパートに裏には何本か木が生えている。もしかしたら木が邪魔になって部屋の窓からは確認出来なかったのかもしれない」
 有島の言う通りだった。窓から外を見回したとき、正面にある木が一部の視界を遮っていたことを思い出す。あのときは木のことなど気にも留めなかったが、よく考えてみるとあの木が犯人を隠していたのかもしれなかった。
「とりあえず、アパートの部屋に戻ろうか」
 有島と名無はひとまずアパートにある石橋の部屋へと戻ることにした。

***

 依頼を受けてから3日が経っていた。事件に進展は見られない。そして石橋夫婦への“視線”も相変わらず続いていた。
 名無は一枚のメモを眺めていた。そこには石橋夫婦が視線を感じた日時が示されている。石橋夫婦には視線を感じた時間を憶えてもらい、それを教えるよう有島が指示をしていたのだ。しかしそれに意味があるのかないのか、名無にはもはやただの紙切れにしかにしか見えない。その時間には何の法則性も見出せなかったし、それを基(もと)に今後の“視線”を予測することも出来ない。名無から出るのは溜め息ばかりだ。久し振りのまともな依頼だというのに…。
 机上の推理を諦めて、名無は文庫を手に取った。栞(しおり)を挿(はさ)んでいた頁(ページ)を開き、続きを読むことにしたのだ。
(……ん?)
 名無は多少の違和感を覚える。
 昨日、石橋が初めて視線を感じたのは正午過ぎ(12時6分)、そして妻の美樹子は12時47分に視線を感じている。その間は約41分だ。おそらくその時間、石橋は職場に居たのだろう。――いや、昼休みだろうか。しかし、もし職場から出ていたとしてもその近辺に居たはずだ。そして美樹子が視線を感じたとき、彼女は自宅のあのアパートに居たと思われる。この距離を行き来するには車でも最低1時間はかかりそうだ。約41分の間で移動できるだろうか? 仮に出来るとしても、犯人の意図がわからなかった。きっとそれを可能にするには、犯人も大急ぎの移動であるだろう。そこまでして石橋から美樹子のところへ行く必要は――?
 名無は事務所の中を眺めた。
 有島はこのことに気付いているのだろうか? あの男のことだ。仮に気付いていたとしても名無には教えないだろう。「なぜ訊かれもしないことを教えなくちゃならないんだ?」、何だか名無は頭痛がした。
 今有島は出掛けている。またもや用件不明の外出だが、帰ってきたときにでも訊いてみよう。名無はそう決めて、いつも有島が昼寝に使っているソファに横になった。


<作者のことば>
なぜかこのシリーズは比較的スラスラ書ける。不思議だ。
実はほとんど行き当たりばったりで書いていて、石橋やら美樹子やら新キャラが出てくるたびに名前を考えるため一旦止まる(笑) 何か、変な書き方だなって自分でも思う。

ちなみにこれは一人称っぽい三人称を意識しているのだけれど、もしかしてこれも一人称っていうのかな? 先日読んだ「グラスホッパー」の解説を読んでいて、そう思った。
本当は名無の一人称でも問題なく進むんだけど、あえて三人称にして雰囲気作りをしているつもり。せっかくの三人称なのだから、たまには有島の視点からも書ければいいのだけれど、なぜかそのタイミングが掴めない。てゆーか、有島視点にしてしまうと、たちまち解決してしまうような気がして出来なかったりする。これは今後の課題かな。

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