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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2008/10/21(火)   CATEGORY: 短篇小説
有島奇亜人の憂鬱(1)
 読み終えた文庫を閉じ、デスクの上にある本の山へと積み上げた。名無は長時間同じ姿勢のままいたせいで硬くなった躰(からだ)を、大きく伸びをしてほぐした。目の前にある文字通り山積みとなった 本が置かれたデスクを越えた先では、古ぼけたソファに横になって寝ている有島の姿が見える。有島は小さく鼾(いびき)をかいていた。顎には無精髭が窺える。
 名無 権兵衛は自分が誰なのかわからない。記憶喪失というものなのか、以前の記憶を一切失っている男なのである。そして勢いというか流れというか、ひょんなことからこの有島探偵事務所で働くことになったのだ。…といっても一目見ればわかるこの有り様。所長の有島 奇亜人がこの昼間っから寝ていることからわかるように、仕事の依頼などは全く来ない。たまにある依頼が浮気調査ならまだマシで、犬猫の捜索となるともう探偵の仕事かどうかもわからない。しかも、そういう依頼のときにばかり有島は名無に仕事を押し付けて、本人は事務所のぼろぼろのソファで、何の気兼ねもなく寝ているのだから仕様もない。まったく、ここは彼の事務所だというのに。
 そんな探偵事務所に勤めているものだから、暇な時間を持て余すことは必定ともいえる。名無はその時間を読書に充てた。それが今、名無の目の前にある本の山を作ってしまったのである。
 名無は溜め息を吐き、新たな文庫に手を伸ばした。その最初の頁(ページ)を開いたところで、コンコンという音が聞こえた。あまりに久し振りに聞く音なので、名無はそれが何の音なのか瞬時に判断することが出来なかった。それがノックだとわかると大慌てで開いたばかりの本を閉じ、ソファでだらしなく寝ている有島に声をかけた。
「有島さん! どうやらお客さんみたいですよ!」
 名無の言葉に有島が目を覚ます。彼は寝ぼけ眼(まなこ)を右手で擦(こす)り、大きな欠伸をした。こんな男がこの事務所の所長であり、探偵なのだから呆れてしまう。
 ノックが再度繰り返され、名無は急いでドアを開けた。
「どうも、いらっしゃいませ」
 なんとも気の抜けた挨拶に聞こえる。ここが飲食店ならいざ知らず、探偵事務所が依頼人を向かえる言葉にしては間抜けだ。それは名無自身も自覚していることだが、他に何と言えばいいのか思いつかず、仕方なくこの言葉を使っている。何せ尋ねようにも、相手があの有島なのだ。まともな答えが返ってくるとは思えない。相談相手として、彼ほど不適切な人間もなかなかいないだろう。一体、名無が来るまではどう対応していたのだか。
「いきなりお訪ねして申し訳ありません。先に電話でアポを取ろうとも思ったのですが、近くを通りかかったもので」
 今までアポイントメントを取ってこの事務所を訪ねてきた人間などいない。それどころが、デスクの端にあるあの電話が鳴っているところなんて見たことがないのだから当然そんなことを名無は気にもしなかった。
 入ってきたのは端整な顔立ちの男だった。27、8くらいだろうか。美少年を思わせる綺麗なその顔は、女だけではなく男すらも虜にしかねない気さえする。現に名無も彼を見て、小さく身震いをしていた。きっとさぞや女性にもてるのだろう。
「いえいえ、構いませんよ。…えっと、そこのソファで待っていて頂けますか?」
 名無はちらりと事務所のソファを見遣ったときには、すでに有島の姿はなく、薄汚れたソファだけが残っていた。有島の特技ひとつに、依頼人が来たときの変わり身の早さがある。
「こんにちは。私が所長の有島奇亜人です」
 事務所の奥の方から有島が姿を現した。つい数分前まではそこでだらしなく寝ていたというのに、今は顔を洗い、無精髭を剃り、新しいシャツに着替えていた。そして「こんにちは」と爽やかに登場するのだから呆れるを通り越して尊敬してしまいそうになる。
「ああ、有島さん。どうも、覚えてますか? 石橋です」
 依頼人の男――本人いわく石橋――は有島に挨拶をした。有島がこの美男子と知り合い? しかも丁寧な口調で、性格も良いと思われる。有島との接点などミジンコほども窺えないのだが。…いや、年齢は近いかもしれない(といっても名無は有島の正確な年齢を知らない。あくまで推測である)。それに有島の顔も、ハンサムと言えなくもない。もう少し中身がまともなら、存外女性にもてるかもしれないと名無は思った。
「…石橋? ああ、石橋さんですか! あのときはお世話になりました」
 有島がここまで嬉しそうな顔をするのも珍しい。そもそも彼に友人というものなど、いないものだと名無は思っていたほどだ。
「ええ、あのときは、僕も楽しかったです。また有島さんと一緒に呑みたいですね」
 …呑む? 名無は嫌な予感がした。
「そうですね。あのときは石橋さんに奢ってもらいましたが、今度は俺が奢りましょう。まあ、安い店でですが」
 そう言って有島は笑った。石橋も「ええ、是非」と言って笑っている。
 ――奢り? まさか…。
 名無の予感は確信へと変わった。最近よく行き先を告げずに出掛けることが多いと思っていたら、まさか…有島は居酒屋へ呑みに行っていたというのか! ああ、思い返せば帰ってきたときは酒臭かった気もする。…いや、酒臭かった! 何故、気付かなかったのだろう。考えれば考えるほど、その確信は強固なものへとなっていった。ここのところ、ずっと仕事がないっていうのに、所長自らが呑みに出歩くとは一体どういう神経をしているのだこの男。その金はどこから捻出されているのか名無には不思議で仕方なかった。
 ――もしやこいつ、金持ちの家庭に生まれた道楽息子か?
 この探偵事務所も趣味でやっているのだとしたら頷ける。何箇月も仕事がないときも依然として切迫した感じを見せないのは、そういう理由か。
 そこまで考えて、名無は自分の考えを打ち消した。そんなはずはない。この男が、そんな上流階級に生まれていたのなら、もう少しまともな人間になっていただろう。有島は教育というものを、何も受けずに育ったような男なのだから。
「あの、それでですね。実は、有島さんにお頼みしたいことがあるんです」
 石橋からさっきまでの笑顔が消え、打って変わって深刻そうな表情になった。
「はあ、頼みごとですか」
 有島はそんな石橋の様子を見て取れないのか、少々間の抜けた声で返事をした。
「はい。有島さんが探偵をなされてると聞いていたので、相談しようと今日は来たんです。――実はこのところ…ずっと誰かに見られているような気がしていて」
「誰かに、見られてる?」
「視線を感じるんです。けれど見回しても誰もいない。なんだか気味が悪くて」
「ストーカー、ってやつですかね」
「…かもしれません。有島さんのところはストーカーなどの事件も扱っているんでしょうか」
「問題ありません。有島探偵事務所はオールマイティに事件を扱いますから。この名無なんて、犬猫の捜索までするんですよ」
 それはお前がやらせたんじゃないか! 名無は心中で毒づいた。
「まあ、ストーカーとなると俺の出番かもしれません。主に事件性のあるものは俺、それ以外はこの名無が担当しています」
 いつからそんな役割分担がなされたのか名無は皆目見当もつかぬ。しかし有島が好い加減にモノを喋るのはいつものことなので放っておくことにした。
 それにしても久し振りの依頼である。心做(な)しか名無も気合いが入った。
「じゃあ、話を伺いしましょう」


<作者のことば>
あの奇怪探偵が帰ってきた!! …とかありきたり宣伝文句から始めさせてもらいます(笑)
これは「奇怪探偵・有島奇亜人」のシリーズ第2弾なのですが、残念ながら前回よりパワーアップした点が見られません。申し訳ない(笑)
しかも書いてて有島のキャラクターを見失いました。作者失格ですね。

ちなみにタイトルは某有名ライトノベルから拝借したものではなく(笑)、
でも実は俺の尊敬する大塚英志さんの某小説から頂戴させてもらいました。

しかも持ってはいるのにまだ読んでいないという…。すみません、大塚先生(汗)

では暫くの間、「有島奇亜人の憂鬱」を楽しんでもらえると嬉しいです。

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COMMENT

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日呂 | URL | 2008/10/21(火) 18:25 [EDIT]
いきなりすいまめーん
お話読ませてもらいました★
とっても、楽しいです(>_<)
よければ、私のブログにもきてください!!

卍リシャール卍 | URL | 2008/10/21(火) 19:09 [EDIT]
本文に関係なくてすいません・・・
ブログの名前を変更したのでリンクの名前変更お願いします。
幻想書庫 ~私の読書紹介~
です。
よろしくお願いします

匡介 | URL | 2008/10/22(水) 14:50 [EDIT]
>日呂さん
テンション高いっすねー(笑)
面白いと思ってもらえたなら俺も嬉しいです。

またのお越しをお待ちしていますね。

匡介 | URL | 2008/10/22(水) 14:52 [EDIT]
>卍リシャール卍さん
構いませんよ~。
こちらこそすみません、変えようと思っていたんだけど、なかなかやらなくて。。でも、ちゃんとリンク変更しておきましたので!

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