神隠し(前編)
私は、はあ、ともう何度目かの溜め息を吐いた。
旦那が帰って来なくなってから2週間も経つ。正直なところ旦那はもう帰っては来ないんじゃないかと思い始めていた。
公園の近くを通ると子供の声がした。
私と旦那との間に子供はいなかった。ちょうどそろそろ子供の一人でも欲しいと思っていたところでもあった。
公園から少し歩いたところに骨董店が見えた。
店の看板には「あやかし堂」と書かれている。随分変わった名前だ。
私は柄(がら)にもなく、その骨董店へと足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ。」
若い男の声がした。
声の主に目を遣るとそこには少年の様な顔立ちをした男が立っている。
「何かお探しのものでも?」
私は、いいえ、と答えた。
「ちょっと立ち寄ってみただけなんです。」と云うと彼は「そうですか。」と云って微笑んだ。その屈託のない笑顔は何だか居心地が良い。
しばらくすると「お座りください。」と彼は席を勧めてきた。
私は促される儘(まま)に席に着いた。
「紅茶をお淹れしましょう。」
彼はそう云うとどこからともなくティーカップをテーブルに出し、紅茶を注ぐ。
「どうぞ。」
私は差し出された紅茶を啜る。彼の淹れた紅茶はとても美味しかった。
「申し遅れましたが、僕は神堂 四郎と申します。」
彼がそう云ったので、私も名乗ることにした。
四郎が「珠代さんですか。」と云うと私はどうにも恥ずかしくなった。どうも自分の古臭い名前を私は好きにはなれなかった。
しかしそんな私の思いとは裏腹に「良い名前ですね。」と四郎は云う。
「実は探しものはないのですが、人を捜しているんです。」
「それでは探し物ではなく捜し者ですね。」
彼が「さがしもの」の意味を掛けて云っているのだと解ると、私は、そうですね、と少しだけ笑った。
「実は旦那が突然いなくなってしまったんです。」
「ご主人が?」
「ええ。いなくなってからもう2週間が経ちます。」
四郎は、それは大変でしたね、と云った。
私は足元に何か居るのを感じて目を遣ると、そこには黒い猫が私の足元に擦り寄ってきていた。その黒さは漆黒と云うに相応しいと思った。
「それにしても面白い名前ですね。」
「名前と云いますと。」
「ああ、この店の名前です。」
「そうですか?」
「ええ。変わっていると思います。」
黒猫がニャアと鳴いた。
「『あやかし』の意味をご存知で?」
「確か、妖怪か何かの事だったと思うけれど。」
「その通りです。『あやかし』とは妖怪や怪異の事を指します。」
四郎はにこやかな表情でこちらを見ていた。
あまりの純粋無垢な笑顔なので、何だか私は急に恥ずかしくなる。
「骨董と妖怪が何か関係するの?」
どう考えても私の中ではその2つが結び得そうもなかった。
「古いモノには魂が宿るんですよ。」と四郎は云う。
私は少しばかり納得をした。
古いモノには魂が宿ると云う話はよく聞く。それを信じるかどうかはともかく、骨董と妖怪の接点が僅(わず)かながらでもあると云うことは解った。
私には何の知識もないけれど、骨董と云えば古い年代モノの事を指すようなイメージがある。
「でも、あやかし堂と云うのは骨董店の名前ではありません。」
私は四郎の云っている意味を理解出来なかった。
一体、この店でなければ何の名前だと云うのだろう。
「あやかし堂と云うのは、便利屋さんです。」
四郎は相変わらずの笑顔でそう云った。
彼の云うことを信じるとなると、この店は骨董店ではないことになってしまう。
「正確に云うと妖怪や怪異に関わる仕事のみを専門的に取り扱う便利屋です。」
それはどう云う店なのか私にはまだ理解出来てはいなかった。
妖怪や怪異を専門的に取り扱うとはどう云う事なのだろう?
「それはどう云った仕事をなさるんですか?」
「あなたのような方々をお客様としてお仕事をさせて頂いております。」
「私のような、というと?」
「僕の予想を云わせて頂きますと、珠代さんの旦那さんは何らかの事件に出遭ってしまった可能性が高いです。」
「事件、ですか?」
「ええ。そして犯人は妖怪の類いです。」
始終笑顔だった四郎が豪(えら)く真剣な顔をしたので、私は彼が冗談で云っているのではないと理解した。しかしそう簡単に信じられることでもないのは当然だ。
「もしくは怪異ですが。」と四郎は付け足した。
旦那は、妖怪に攫(さら)われたと云うのだろうか。
そうだとしたら旦那が今もまだ生きていると云う望みは少ないのではないだろうか。
「あの、もし本当にそうなのだとしたら、私はどうすれば?」
「僕が調べてみましょう。」
「本当ですか?」
「ええ。しかしこちらも商売ですので料金の方は頂かせて貰いますが。」
その後、詳しい話を聞いた。
彼の話によるとこの事件は結構厄介らしい。正直なところ一番良いカタチでの解決の見込みはあまり高くはないと云うことだ。
そしてこれは所謂(いわゆる)「神隠し」なのだと彼は云った。
「神隠しは天狗辺(あた)りがする事が多いんですがねぇ。」と四郎は云った。
「天狗、ですか。」
「でも天狗って云うと相場は山なんです。旦那さんが山にまで行ったという可能性も否定は出来ませんが、どうにも可能性としては低いでしょう。」
そう云うと四郎は暫(しばら)く黙り込んでしまった。
そして数分ほど考えた様子になり、漸(ようや)く口を開いた。
「とにかく調べてみるしかないですね。」
「そうですか。」
「何か解りましたら連絡を差し上げます。」
私は、わかりました、と溜め息雑(ま)じりで云った。
そして<あやかし堂>をあとにした。
***
「さて、スグリ。お前に調べて貰いたい事があるんだけど。」と四郎は云った。
「仕方ないな。久方ぶりの仕事だ。頼まれてやる。」と黒猫は答えた。
旦那が帰って来なくなってから2週間も経つ。正直なところ旦那はもう帰っては来ないんじゃないかと思い始めていた。
公園の近くを通ると子供の声がした。
私と旦那との間に子供はいなかった。ちょうどそろそろ子供の一人でも欲しいと思っていたところでもあった。
公園から少し歩いたところに骨董店が見えた。
店の看板には「あやかし堂」と書かれている。随分変わった名前だ。
私は柄(がら)にもなく、その骨董店へと足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ。」
若い男の声がした。
声の主に目を遣るとそこには少年の様な顔立ちをした男が立っている。
「何かお探しのものでも?」
私は、いいえ、と答えた。
「ちょっと立ち寄ってみただけなんです。」と云うと彼は「そうですか。」と云って微笑んだ。その屈託のない笑顔は何だか居心地が良い。
しばらくすると「お座りください。」と彼は席を勧めてきた。
私は促される儘(まま)に席に着いた。
「紅茶をお淹れしましょう。」
彼はそう云うとどこからともなくティーカップをテーブルに出し、紅茶を注ぐ。
「どうぞ。」
私は差し出された紅茶を啜る。彼の淹れた紅茶はとても美味しかった。
「申し遅れましたが、僕は神堂 四郎と申します。」
彼がそう云ったので、私も名乗ることにした。
四郎が「珠代さんですか。」と云うと私はどうにも恥ずかしくなった。どうも自分の古臭い名前を私は好きにはなれなかった。
しかしそんな私の思いとは裏腹に「良い名前ですね。」と四郎は云う。
「実は探しものはないのですが、人を捜しているんです。」
「それでは探し物ではなく捜し者ですね。」
彼が「さがしもの」の意味を掛けて云っているのだと解ると、私は、そうですね、と少しだけ笑った。
「実は旦那が突然いなくなってしまったんです。」
「ご主人が?」
「ええ。いなくなってからもう2週間が経ちます。」
四郎は、それは大変でしたね、と云った。
私は足元に何か居るのを感じて目を遣ると、そこには黒い猫が私の足元に擦り寄ってきていた。その黒さは漆黒と云うに相応しいと思った。
「それにしても面白い名前ですね。」
「名前と云いますと。」
「ああ、この店の名前です。」
「そうですか?」
「ええ。変わっていると思います。」
黒猫がニャアと鳴いた。
「『あやかし』の意味をご存知で?」
「確か、妖怪か何かの事だったと思うけれど。」
「その通りです。『あやかし』とは妖怪や怪異の事を指します。」
四郎はにこやかな表情でこちらを見ていた。
あまりの純粋無垢な笑顔なので、何だか私は急に恥ずかしくなる。
「骨董と妖怪が何か関係するの?」
どう考えても私の中ではその2つが結び得そうもなかった。
「古いモノには魂が宿るんですよ。」と四郎は云う。
私は少しばかり納得をした。
古いモノには魂が宿ると云う話はよく聞く。それを信じるかどうかはともかく、骨董と妖怪の接点が僅(わず)かながらでもあると云うことは解った。
私には何の知識もないけれど、骨董と云えば古い年代モノの事を指すようなイメージがある。
「でも、あやかし堂と云うのは骨董店の名前ではありません。」
私は四郎の云っている意味を理解出来なかった。
一体、この店でなければ何の名前だと云うのだろう。
「あやかし堂と云うのは、便利屋さんです。」
四郎は相変わらずの笑顔でそう云った。
彼の云うことを信じるとなると、この店は骨董店ではないことになってしまう。
「正確に云うと妖怪や怪異に関わる仕事のみを専門的に取り扱う便利屋です。」
それはどう云う店なのか私にはまだ理解出来てはいなかった。
妖怪や怪異を専門的に取り扱うとはどう云う事なのだろう?
「それはどう云った仕事をなさるんですか?」
「あなたのような方々をお客様としてお仕事をさせて頂いております。」
「私のような、というと?」
「僕の予想を云わせて頂きますと、珠代さんの旦那さんは何らかの事件に出遭ってしまった可能性が高いです。」
「事件、ですか?」
「ええ。そして犯人は妖怪の類いです。」
始終笑顔だった四郎が豪(えら)く真剣な顔をしたので、私は彼が冗談で云っているのではないと理解した。しかしそう簡単に信じられることでもないのは当然だ。
「もしくは怪異ですが。」と四郎は付け足した。
旦那は、妖怪に攫(さら)われたと云うのだろうか。
そうだとしたら旦那が今もまだ生きていると云う望みは少ないのではないだろうか。
「あの、もし本当にそうなのだとしたら、私はどうすれば?」
「僕が調べてみましょう。」
「本当ですか?」
「ええ。しかしこちらも商売ですので料金の方は頂かせて貰いますが。」
その後、詳しい話を聞いた。
彼の話によるとこの事件は結構厄介らしい。正直なところ一番良いカタチでの解決の見込みはあまり高くはないと云うことだ。
そしてこれは所謂(いわゆる)「神隠し」なのだと彼は云った。
「神隠しは天狗辺(あた)りがする事が多いんですがねぇ。」と四郎は云った。
「天狗、ですか。」
「でも天狗って云うと相場は山なんです。旦那さんが山にまで行ったという可能性も否定は出来ませんが、どうにも可能性としては低いでしょう。」
そう云うと四郎は暫(しばら)く黙り込んでしまった。
そして数分ほど考えた様子になり、漸(ようや)く口を開いた。
「とにかく調べてみるしかないですね。」
「そうですか。」
「何か解りましたら連絡を差し上げます。」
私は、わかりました、と溜め息雑(ま)じりで云った。
そして<あやかし堂>をあとにした。
***
「さて、スグリ。お前に調べて貰いたい事があるんだけど。」と四郎は云った。
「仕方ないな。久方ぶりの仕事だ。頼まれてやる。」と黒猫は答えた。
COMMENT
初めまして、こんにちは(=^ー゚)ノ ヤァ
FC2では『聖 愛里香』と名乗ってる者ですm(u_u)m
訪問者リストから訪ねて来ました(*´∀`)クスクス
前回はブログを読む前にカテゴリの『作品一覧』が目に止まり、
いの一番で作品一覧を見たのですが…
「読むのに時間が掛かりそう…」と判断して時間の都合上、
何も読まずに帰ってしまいました((u人u))ソーリー
今回はブログのタイトルに惹かれて作品に目を通しました(;´▽`A``
「あ、続きが読みたい」って素直に思ったので、コメントの記入に
踏み切りました♪イェ━━━━ヽ(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ノ━━━━イ!!
小説を書くのは好きなんですが、読書は何気に苦手というか…
読むのに時間が掛かるタイプなので、基本的に知人の
作品以外はあまり目を向けない事が多いのです(ノд・。) グスン
今回は縁あって読ませて貰い、また見に来たいな…と
思えましたので、暇を見て覗きに来ますd(⌒ー⌒) グッ!!
コメントとかも苦手なので今回が最初で最後かもしれませんが、
応援していますので頑張って下さい"ヾ(゚▽゚*)>フレー!!フレー!!<(*゚▽゚)ツ"
FC2では『聖 愛里香』と名乗ってる者ですm(u_u)m
訪問者リストから訪ねて来ました(*´∀`)クスクス
前回はブログを読む前にカテゴリの『作品一覧』が目に止まり、
いの一番で作品一覧を見たのですが…
「読むのに時間が掛かりそう…」と判断して時間の都合上、
何も読まずに帰ってしまいました((u人u))ソーリー
今回はブログのタイトルに惹かれて作品に目を通しました(;´▽`A``
「あ、続きが読みたい」って素直に思ったので、コメントの記入に
踏み切りました♪イェ━━━━ヽ(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ノ━━━━イ!!
小説を書くのは好きなんですが、読書は何気に苦手というか…
読むのに時間が掛かるタイプなので、基本的に知人の
作品以外はあまり目を向けない事が多いのです(ノд・。) グスン
今回は縁あって読ませて貰い、また見に来たいな…と
思えましたので、暇を見て覗きに来ますd(⌒ー⌒) グッ!!
コメントとかも苦手なので今回が最初で最後かもしれませんが、
応援していますので頑張って下さい"ヾ(゚▽゚*)>フレー!!フレー!!<(*゚▽゚)ツ"
● こんばんは
レモン | URL | 2008/10/10(金) 22:29 [EDIT]
レモン | URL | 2008/10/10(金) 22:29 [EDIT]
どのくらいしたら…物に魂が宿るのカナ?
私が子供の頃に買ってもらったピアノ
今では子供たちがかき鳴らしておりますけれども
これは、四半世紀を裕に超えました…
そんなことを思い浮かべちゃうようなこのお話!
私も、あやかし堂に1度伺ってみたいものです^^
私が子供の頃に買ってもらったピアノ
今では子供たちがかき鳴らしておりますけれども
これは、四半世紀を裕に超えました…
そんなことを思い浮かべちゃうようなこのお話!
私も、あやかし堂に1度伺ってみたいものです^^
>MIE@みぃ&アリス姫♪さん
ありがとうございます。
読書苦手なんですか? もったいないなぁ。少しずつ読んでいけば慣れちゃいますよ♪
でも苦手なのに読んでもらってホント嬉しいので、ぜひぜひまた来て欲しいです。そのときは一言でもコメントしてくれるとなお嬉しいんですけどね(笑)
またのお越しをお待ちしていますね!
ありがとうございます。
読書苦手なんですか? もったいないなぁ。少しずつ読んでいけば慣れちゃいますよ♪
でも苦手なのに読んでもらってホント嬉しいので、ぜひぜひまた来て欲しいです。そのときは一言でもコメントしてくれるとなお嬉しいんですけどね(笑)
またのお越しをお待ちしていますね!
>レモンさん
んー、どうでしょうか? でも長く大切に扱われていると魂が宿るそうなので、すでに魂があるかもしれませんね♪
ちなみに物ではないですが、一説によると猫は10年生きると霊力を得るみたいですよ。
んー、どうでしょうか? でも長く大切に扱われていると魂が宿るそうなので、すでに魂があるかもしれませんね♪
ちなみに物ではないですが、一説によると猫は10年生きると霊力を得るみたいですよ。
● はじめまして。
ジャッコ | URL | 2008/12/02(火) 03:53 [EDIT]
ジャッコ | URL | 2008/12/02(火) 03:53 [EDIT]
はじめまして。ジャッコと申す者です。訪問者リストからこちらへ来て、何度か来させて頂いています。いつも訪問してくださり、ありがとうございます。
なんだか文体がすっきりしていて素敵だな、と思ってコメントを書かせて頂きました。とても多くて読み切れないのでちょっとずつ読破していこうともくろんでいます。
それでは執筆がんばってください。
なんだか文体がすっきりしていて素敵だな、と思ってコメントを書かせて頂きました。とても多くて読み切れないのでちょっとずつ読破していこうともくろんでいます。
それでは執筆がんばってください。
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