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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2008/09/27(土)   CATEGORY: 短篇小説
月の輪 -エンゼル・リンク-
 空を見上げると月が出ていた。先日が十五夜だったことを思い出す。月はもう欠け始め、正円ではなくなっていた。よく見るとわずかに違う。
 少し歩いてから気付いた。空には月を囲むように輪が浮かんでいた。雲だろうか、月を中点として、コンパスで円を描いたようだった。不思議な空だ。それとも光の屈折か。
僕はその月と輪を眺めながら歩いた。綺麗に整った円だ、自然に出来た雲とは思えないから、やはり光の屈折なのかもしれない。宙を浮かぶ霧状に散らばった水分の粒子が、月の光を反射させているのだろう。……それとも偶然なのか? 偶然、月を囲むように輪の形をした雲が出来た?
オーロラと同じで、やはり原理のある現象なのだと納得すると同時に、美菜と会っていなかったらこの月の輪を見ることもなかったことに思い至る。しかも美菜が約束していたレイトショーの映画をキャンセルし、一緒に海外ドラマのDVDを観ることにならなければこの時間に帰ることもなかっただろう。そう思うとなんだか不思議だ。


 -1-


 静かな夜だ。人ひとりがいないだけでこんなに変わるものなのか。夫が出張でいない今夜は解放されたような、しかし寂しいような気のする夜だった。
 特にすることがなく、だけどまだ眠るには惜しい気がしてドラマを観ていた。友達が貸してきたDVDの海外ドラマだ。私は普段はドラマなど観ないのだけれど、やはり海外のドラマを観ると日本のドラマはまだまだだな、と思う。どうして海外ドラマはこうも続きが気になるのだろう。
 喉の渇きを覚え、冷蔵庫のドアを開けた。最初はペットボトルに入ったお茶を取ろうかと思ったが、少し考えて缶ビールを手に取る。別に誰に遠慮することもない。飲んで、眠くなったら寝よう。
 再びテレビの前に座り、缶ビールのプルトップを起こそうとしたその瞬間に、バタンという音がした。続いてガンガンガンと転がり落ちるような音。何だろうと見に行ってみると、階段の下で息子の亮が倒れていた。一瞬、頭の中が真っ白になる。
 慌てて119を押そうとして考えた。時計を見ると間もなく2時になろうとしている。今の時間だと道路も空いているだろう。救急車を待つより、車で病院に向かった方が早いのではないだろうか? 私は急いで息子を抱き、車に乗せた。イグニッション・キーを捻った直後、あのときビールを飲んでいなくてよかったと思った。
 車を発進させ、猛スピードで病院へと向かった。


 -2-


 のどかな夜だった。もう秋に入りはしたがまだ昼は暑い。しかし夜になるとだいぶ涼しかった。空気も澄んでいて星も見える。これで何も異常がなければ気持ち良い夜だった。
 深夜の街は静まり返っていて、人影も見えない。たまに擦れ違いはするが、ほとんど車も走ってはいなかった。
「随分と涼しくなったなぁ」
 助手席に座るが言った。
「そうですね。星も綺麗だし、良い夜です」
「このまま何もなければな」
 たまに中高生の深夜徘徊が目に留まるが、基本的には何も問題なくパトロールは終わる。今夜もそうだといいが。
何となく深夜徘徊をする中高生の気持ちを想像してみた。運悪く我々に見つかった中高生には、結構恨まれているかもしれない。しかしそれは仕事であり職務だ。気持ちもわからないではないが、俺にはどうしようもない。見逃してやって、もし事件などが起きれば、それこそ責任問題になるからそうもいかない。
 でも彼らの気持ちもわかる。俺も若いときには夜遅くまで遊び歩いていたし、何度か警察の厄介にもなったものだ。……そのときは警官の気持ちなど考えたこともなかったな。
 赤信号が目に入りブレーキペダルを踏み込むと、目の前を猛スピードで駆け抜けていく車が通った。完全にスピード違反だ。
「はぁ、せっかくの良い夜なのに」
 先輩も目でまったくだと言っているのがわかる。俺らは溜め息をつき、仕方なくパトカーを発進させた。サイレンを鳴らし、目の前を駆け抜けた暴走車を追いかけることにした。


 -3-


 まったく医師というものはハードな職業だ。確かに高給ではあるが、それでも割に合わないほどヘヴィな現場なのだ。それに周りはなかなか理解を示してくれない。ただ単に、なるまでが大変で、なってしまえばどんどん金が入ってくる楽な仕事だと思っているやつもいる。そんなのまったくの偏見であり、誤解だ。
 私は溜め息をついて、来週のことを考えた。来週にはただひとりである娘の誕生日がある。同僚に都合してもらって、その日はどうにか家に居れそうなのだが、問題はプレゼントだ。まだ何にするか決めていない。娘とのコミュニケーション時間も短いせいで、何が欲しいのかよくわからないのだ。これは妻とよく話し合う必要があるな。
職場でも、家庭でも余裕を持って過ごせていない気がする。いっそ無理にでも何日か休みを取って、家族で旅行にでも行こうか。もうすぐ紅葉も見物だろう、登山なんかもいい気がする。そんな夢想をして、少し口元が綻んだ。紅葉はタイミングが大事だ。うまく休暇を取れるといいのだが。
 夜空を見上げると月が出ていた。そういえば数日前には十五夜だったっけな。不思議なことにその月を囲むようにして大きな輪が浮かんでいた。何となく“天使の輪”を連想した。変わった空だなと思い交差点を曲がろうとした。
――そのとき、前方から猛スピードの車が迫り来て、思わずハンドルを切った。しかしそれも間に合わず、向かってきた車と衝突をした。強い衝撃が私を襲い、体に痛みが奔る。
 このとき私は、暢気にもシートベルトの安全さを再確認していた。


 -4-


 空に浮かぶ月の輪を見上げながら歩いていると、大きな衝撃音があたりに響いた。目の前を見てみると、車同士が衝突してしまったようだった。……大丈夫だろうか?
「大丈夫ですか?」
 白のセダンから男が降りて、相手の運転手に声をかけた。
 男の車はへこんでしまっているが、本人の命に別状はないようだ。幸い元気そうに見える。
「助けてください!」
 水色の軽自動車から女性が降りて、男に助けを求め出した。どうしたのだろう? 僕は2人に近付こうか悩んでいた。余計なことに巻き込まれるのは嫌なのだが、このまま野次馬でいるのもなんだか嫌だ。
「息子が!」
 女性は叫んだ。
 不審に思った男が、軽自動車を覗き込んでみると、そこには少年がいた。事故の怪我か、血を流している。
「大変だ。救急車を!」
 男が大声で指示した。
「ああ! やっぱり最初から救急車を呼んでいればよかったんだわ!」
 女性はパニックに陥っているようで、何を言っているのかよくわからない。
「まず落ち着いてください。……あなたは大丈夫なんですか?」
 男は意外と冷静な声で情勢に訊ねた。
「え、ええ。……大丈夫です」
 女性は落ち着こうと深呼吸をして言った。
「救急車を呼んでいれば…ってどういう意味です?」
「あの……実は、息子が倒れまして。その、救急車より車で病院に向かった方が早いと思って、こうして車を飛ばしていたんです」最後に女性は付け足した。「そのせいで、こうなってしまって……ごめんなさい」
 女性は本当に申し訳なさそうにしていた。
男は後部座席に横たわる少年の様子を見ている。
「偶然にも私は医者です。息子さんの容体を見てみるので、奥さんは救急車を呼んでください」
 本当に偶然だ。不幸中の幸いといえる。
「わ、わかりました!」
 すぐにサイレン音が聴こえてきた。
 まだ救急車が来るには早くないか? そもそも女性はまだ電話をしていない。よく聴いてみれば、これは救急車のものではなかった。このサイレン音は――パトカーだ。


 -5-


 暴走車を追っていると、前方で事故が発生していた。――案の定、さっきの暴走車だ。
 俺は先輩と視線を合わせ、息を呑んだ。急いで事故現場の近くに停め、パトカーを降り近寄った。そこには男性ひとりと女性ひとり、――それと少年がひとりいた。少年は怪我をしたのか血を流している。
「大丈夫ですか?」
 俺が声をかけると、女性が泣き出しそうな顔でこちらを見返す。
「救急車は呼びましたか?」
「いいえ。まだです」
 俺の問いには女性ではなく、男性の方が答えた。
「では至急――」
「すみません。私は医師です。この子は急いで病院へ連れて行った方がいい。私が付き添うので、パトカーで送ってもらえませんか!」
 男性から簡略に現在の事態について説明を受けた。俺は先輩の顔を見て、頷く。
「わかりました。では急いでパトカーに乗せてください」
「感謝します」
男性がゆっくりと少年を運び、パトカーの後部座席へと乗り込んだ。
「及川」
 先輩の呼ぶ声が聞こえ、俺は返事をする。「はい」
「お前は運転をしてその子とそのお医者様を乗せて、病院まで連れて行け。それから助手席にはそのお母さんを乗せてやれ」
 それではパトカーの席は埋まってしまう。
「先輩は?」
「俺はここに残る。車を残したまま全員が離れるわけにはいかないだろう。だからここに残って応援を待つさ」
 先輩の目がわかったらさっさと行けと言っていた。
「わかりました」
 俺はそう言って、子どもの母親を助手席に乗せ、パトカーを発進させた。再びサイレンを鳴らし、猛スピードで病院へと向かう。


 -6-


「やれやれ」
 ここに残った警官が呟いた。
パトカーが着いてからの一部始終を見ていた。おそらく少年は助かるだろう。……そう信じたい。
 応援を待っている警官が歩道の隅に腰を下ろした。僕は彼に近付いていく。
「大変でしたね」
 彼は僕を見て一瞬不審がる表情を見せた。しかし状況を悟ったのかすぐに元の顔に戻った。
「本当だ」
 彼は、厄介なことになってしまった現状を嘆いた。
「助かるといいですね」
 素直に思っていることを言った。
 彼は僕の顔を見た。
「ああ、そうだな」
 すぐそこに自動販売機が明かりを放っているのが見えた。
「何か飲みますか?」
 僕が指さす先を見て、言いたいことを理解したようだ。
「奢りか?」
もしかして勤務中に市民から何かをもらうのは規則に反するのだろうか、などと考えながらも僕は答えた。「ええ。奢りますよ」
「そうだな。まあ、構わないだろう」彼は自分自身を納得させるように言った。「じゃあ、缶コーヒーを頼む。ホットで」
 僕は何枚かの硬貨を投入し、缶コーヒーのボタンを押した。一瞬、どれがいいのか訊こうかとも思ったが、面倒になって普段自分が飲むコーヒーと同じのにした。それを続けて2本買う。
「どうぞ」
 僕は彼に熱い缶コーヒーを渡す。
彼は「悪いな」と口元を緩めながら言った。
「あ、そうだ」僕は思い出して、彼に教えることにした。「今夜の空は不思議なんですよ。ほら、あそこに月があるでしょ?」
「ああ」
「よおく見てください。あの月を中心に、輪になってるのがわかりますか?」



<作者のことば>
十五夜から数日後の真夜中に空を見上げると、月を囲むようにして不思議な輪が浮いてました。
あれは雲なのか、月光が宙を浮遊する粒子に屈折して起きた現象なのか、イマイチよくわかりませんでしたが、不思議な光景でした。おかげでずっと上を向いて歩いてました。…危険だ(笑)

「マグノリア」って映画があって、それは3時間を越える長篇映画です。
偶然が生み出す24時間の群像劇なのですが、俺が好きな映画のひとつに挙げられます。

その夜、月を囲む輪が出ている間は世界のどこかで奇跡が起こっているような気がしました。

何となく、その「マグノリア」のような出来事が、世界のどこかでは有り得ている気がしたんです。
あのときばかりは奇跡を信じてしまいました。…ロマンチスト?(笑)

それを意識して書いたのがこれです。
タイトルは特に希望もなかったので、適当につけました。
しいて言えば「リング(輪)」と「リンク(繋がり)」をかけたかったくらい(笑)

遊びのつもりで気楽に書いたので、粗い感じはあるかも。
ラストも書き始めに考えてたのとは全然違うし(笑) 当初は2番目の女性視点で終わるつもりだった。
ここまで多視点で書くのは個人的には新たな試みだったので楽しかったです。今後の作品にも活かせるかも。

ずっと載せるタイミングを逃していたんだけど、十五夜後の話なので何とか9月に間に合わせました(笑)

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COMMENT

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ミーコ | URL | 2008/09/27(土) 22:21 [EDIT]
菜とか奈とか。

匡介 | URL | 2008/09/27(土) 22:25 [EDIT]
>ミーコ
おお! 菜です、菜!

Yuka | URL | 2008/09/30(火) 08:54 [EDIT]
ムーン・ボゥ月虹ですね^^
太陽では光が強すぎてその周りに虹が出来ても”見えません”が、月は光が弱いためその周囲に雲の微粒子があると虹として見えるのです。 

都会ではヒートアイランド現象のせいで当りにくいですが、月虹が出た翌日は雨になると言われています。

天文部だったため空について少し知っていました。 部員にものすごい乱視の子がいて『月? 11個あるよね~』なんて言っていました。 自動車事故などの無い世界でなら・・・
きっとその目は幻想を覗く窓口――
       ◎
|ー゚)  

匡介 | URL | 2008/09/30(火) 16:30 [EDIT]
>Yukaさん
おお、「月虹」っていうんですか!!
やっぱりちゃんとした現象としてあるんですね。予想通り空中の微粒子に対する光の屈折や反射だったかー。
スッキリしました。どうも♪

ちなみに次の日は雨じゃなかったような…(笑)

singingchild | URL | 2008/10/09(木) 23:11 [EDIT]
はじめまして。いつも読み逃げしていました(汗)。

面白い書き方ですね。こういう風に繋げていくのは自分じゃ考え付かなかったと思います。インスピレーションをくすぐられる作品です。とても勉強になりました。

またこっそり遊びにこさせていただきますね。

匡介 | URL | 2008/10/10(金) 02:38 [EDIT]
>singingchildさん
おお、隠れ読者がいましたか(笑)
こっそりではなく堂々と来てくださって構わないのに!(笑) …まぁ 楽しみ方は人それぞれなので全然OKですけどね。

これは即席で作ったようなものなので個人的にも今まで使ってこなかった手法を遊びながら試してみました。以前から今回のような多視点で話を書いてみたいと思っていたので。
ちなみにこういう書き方は小説よりも映画やマンガの影響が大きいかな。過去に読んだことのある小説でも、同じような進め方が使われたものがあったとは思うんですが、あくまでイメージしたのは映画(特に「マグノリア」)ですね。

またのお越しをお待ちしています。気が向いたらコメントもくださいね♪

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