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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2008/09/26(金)   CATEGORY: 短篇小説
平成妖異奇譚(6) 「食人鬼Ⅲ」
「君が見たのは鬼じゃない。歴きとした殺人犯さ」
 この説明を受けるのは何度目になるだろう。
 僕はかたくなにその意見を否定して、あれは鬼だと言い張っている。
「まァ 殺人鬼という意味合いでは、君が見たのも鬼なんだろうが」
 とまあ愛染は相変わらずのことを言う。
「僕は見た。鬼が人を喰っていたんだ!」
「正確にはその脳をだけどね」と愛染が訂正を加える。
 死体の脳みその一部がなくなっていたというのはあとで判明した事実である。
 そしてそこには犯人の歯形と唾液が残っていたようだ。どうやら犯人はその場で脳みそを食していたようだ。それもむしゃぶりつくようなカタチで。
「まるでロバート・マウドスレイだ」
 聞き馴染みのない名だった。
 思わず僕は聞き返す。
「なんだい? 知らないのか?」そう驚いたように愛染は云い、そして続けた。「1974年にイギリスで逮捕されたクレイジー野郎の名だよ。彼は最初、普通の殺しで逮捕されたんだ。そして精神鑑定の結果、完全に異常と見なされる。当然、精神病棟行きさ。でもそれで事件は終わらない。1977年にマウドスレイは入院患者を人質に独房で篭城する。刑務所の護衛官たちが突入したころにはマウドスレイは人質の8人の脳みそを全て平らげていたんだ。恐ろしいことに生で、だ。ピーター・ブライアンやジェフリー・ダーマーなど脳を喰らった殺人鬼も少なくはないが、ブライアンはバターソテーで、ダーマーはトマトで煮込んで食べた。彼のように生で食したっていう異常者もそういないよ。まさに狂人さ」
 まさかここまで詳しく説明されるとは思ってもみなかったので、少々驚いてしまった。
 どうやら僕が妖怪に詳しいように、彼は殺人鬼についてとても知識があるようだ。どうにも似た2人が出会ってしまったらしい。
「そんなに熱く語られると人を見るたびに脳みそのことを考えてしまいそうだ」
 僕は愛染を皮肉った。
「倫理的な問題もあって人のは食べられないが、仔羊の脳なんかは非常に美味だよ」
 彼は、冗談だよ、とでも云うようににっこりと不敵な笑みを見せてくる。
 まさか本当に食べたことがあるんじゃないだろうな、と僕は思案した。
 しかしこの男のことだから、人間の脳を食べたことがあると云っても僕はそう驚けそうにない。

 ***

 人が倒れている。その頭に喰らいつくのは兎のように耳が長い赤面の鬼児(おにご)だ。
 艶のある長い髪をし、裂けたような大きい口で男の頭に齧(かぶ)りついていた。
 僕はそれをただ見ていた。ぼーっと突っ立っていて、男が食べられるのを呆けるように眺めているだけである。
 鬼児は僕を見た。前髪が切り揃えられていて、なんとも言い尽くしがたい不気味さがある。どうにも気味が悪く、僕は目を逸らす。

 ピタピタピタ。

 鬼児が近付いてくる音がした。
 恐怖で声もうまく出せない。誰の助けも呼べなかった。

 ――神宮寺!!

 愛染の声がした。
 僕はゆっくりと目蓋(まぶた)を開くと、そこには相変わらずのツギハギ顔の愛染が僕を揺すっていた。どうにも心配そうな顔でこちらを見ている。
「大丈夫かい?」
 気付くと僕は汗だくだった。
「愛染‥僕は…」
「なに、君は悪い夢でも見ていたんだろう。魘(うな)されていただけさ」
 あたりを見回した。
 ここは僕の部屋だった。
「凄い汗だ。夢には鬼でも出たか?」
 僕は深く息を吸って、そして吐いた。
 そうしてゆっくりと深呼吸を繰り返す。
「ああ、その通りだよ。鬼が出た」
 冷静さを取り戻そうと必死だった。
 ここは夜の外界ではない。安全なのだと自分に言い聞かせる。
「また毛むくじゃらの鬼かい?」
「ああ。でもあれは子供だった」
「子供の鬼か?」
「というよりあれは魍魎(もうりょう)だな」
 夢の光景を思い出して、自分の知識と結びつける。
 あれは確かに魍魎だった。
「魍魎? 魑魅魍魎(ちみもうりょう)の魍魎?」
「そうだよ。その魍魎だ」
 愛染がわからないという顔を作って僕を見る。
 それを見て、仕方なく僕は魍魎の説明をすることにした。
「魍魎と云うのは、まさしく魑魅魍魎の魍魎さ。どう説明したらいいかな。魍魎とは『罔両(もうりょう)』、つまりは半影のことを指す。半影というのは薄い影のことだ。何の光も当たらない影とは別に薄い影というのがあるだろう? あれのことだよ。あの不明瞭さから転じて、『罔両』は亡霊や物の精霊のことを意味するようになったんだ」
「ふむ、『罔両』なら僕も知っている。光の届かないところで発生する本影に対して、外などで、例えば太陽の光によって出来る薄い影のことを指すのだろ?」
「そうだ。さらにそれから水の神や木石から生じる精霊を『魍』と呼び、山林などから生じる精霊を『魎』と呼ぶようになったんだ。それを総じて『魍魎』と云うようになったんだよ」
「なるほど。魑魅魍魎はの様々な妖怪や化け物を総じて指すんだね。だったら『魑魅』にも似たような意味があるわけだ」
「正解だ。あまり寄り道しても話が進まないから詳しくは省くけれど、『魑魅』は、中国の文献である『史記』や『魯語』などを参考にすると山の神や怪物だということになる」
「それはわかったんだが、それでは『魍魎』とは特定の妖怪ではないのか? 君は鬼ではなく、魍魎だと云ったんだぞ? それでは話がおかしいじゃないか」
「確かにその通りだ。でも『魍魎』という妖怪は確かに存在するんだよ。『淮南子』という文献に“蛧蜽(もうりょう)は姿形が3歳ぐらいの小児のようで、肌は赤黒く、目は赤く耳は長く、髪の毛は美しい”と『魍魎』の容姿が記されている」
「それで君は子供の鬼だと云ったわけだな」
 愛染のせりふに僕は頷いた。
 そして再び説明を続けた。
「さらに『本草綱目』には“罔両は好んで死体の肝を食べる”との記述が見られる。鳥山石燕はこれらをまとめて『今昔画図続百鬼』に“形三歳の小児の如し。色は赤黒し。目赤く、耳長く、髪うるはし。好んで亡者の肝を食らふと云”と書いているんだ。つまり、それが魍魎の姿形と性質なんだよ」
「ふむ。完全ではないが、理解出来たような気がするよ。しかし最初の方はいらなかったんじゃないか」
「それは君が魑魅魍魎の魍魎かと訊いたからだよ。それがなければ手早く魍魎の説明に入ったさ」
「それはすまないな。まさかの誤算だ」
 皮肉を込めた笑顔を浮かべ、愛染は僕に云った。
 僕は再び夢の光景を思い返していた。人の頭に喰らいつき赤い鬼児。鳥山石燕の絵図も同様に、おかっぱ頭の魍魎が墓塚から死体を暴き、その頭に齧(かじ)りついているのだ。
 多分、僕はそれから連想するようにこの夢を見たのだろう。実際にこの眼で見た恐怖的な映像が、石燕の魍魎をこの記憶から掘り返したのだ。
「さて、ではそろそろ鬼退治ならぬ魍魎退治に出掛けようじゃないか」
 突然に愛染はわけのわからないことを言い出し、そして立ち上がった。
 僕は渋ったのだが、またもや無理やりに外に連れ出されることとなった。


<作者のことば>
全体を通して、おそらく魍魎の説明を書くのが一番難しかったように思う。かなり苦戦した。
そもそも成り立ちが複雑だし、俺の妖怪の知識は完璧というわけではない。だから説明するにあたって、かなり不明瞭な点が多く、調べながら書いた記憶がある。それでも正確さには自信がない。
もし間違っているという指摘がありましたら遠慮なく教えて頂きたいです。

この回で神宮寺は妖怪に詳しいのと同様に、愛染は殺人鬼に詳しいことが判明した。
俺が気になるのは、そんな2人を書いている自分って他人から見たら結構危ない人に見えるのかどうかってこと。
自分でも妖怪はともかく殺人鬼は危ない感じがしなくもない(笑)

でも妖怪同様に、猟奇殺人の記録を見るのが好き。

不謹慎かもしれないけれど、それは事実だから仕様がないよね。
でも決して殺人などの罪を推奨しているわけではなく、仕方なく起こってしまった事件に対して興味があるということをお間違えなく! 俺は平和主義ですよー。

戦争はよくないと思うけど、戦争のゲームをやる。
殺し合うのはよくないと思うけど、殺し合いに映画を観る。

きっと、そんなのと同じ。

子供は残虐だから虫を毟ったり、千切ったり。蟻の巣に放水したり、蛙を吹き飛ばしてみたり。そんなことをよくすると思う。
少し大人になると映画や漫画、小説にそういうものを求めたりするんじゃないかな。

たぶん人間ってバイオレンスな一面を持っていて、幼少期には自分より弱いものにぶつけ、大人になるとフィクションなどを捌け口にする。
だから俺は暴力的な映画や漫画、それにゲームなんかがいけないとは思わない。そこから影響を受けて、実際に実行する人は本当に一握りだと思うし、捌け口は必要なはず。

少し話題がそれたかな。
でも暴力的なゲーム、漫画、映画なんかを過剰に問題視するのはどうかと普段から思っていたので。

ただ子供の頃は確かに教育に良くないとは思うなぁ。
小さいときはたくさん外で遊ぶべきだ。自然と触れて、虫や小動物などに暴虐の限りを尽くせ!
リアルな暴力に触れ、本当の痛みを知ることに繋がると思う。大人は忘れているのだろうか? 子供は残酷な生き物だ。それを問題視するのはおかしい。
大人たちがすることは、子供の残虐さを糾弾することではなく、それを通じて命の尊さを教えてやることにあるんだと思う。実際に命を奪って初めてその大切さに気付けるはず。

でも大人になってまでそんなこともしていられないから、そうなったらフィクション(作りモノ)を代用にして欲しい。
間違ってもくだらない理由で傷付けたり、無闇に命を奪うなんてことはしないで欲しい。

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COMMENT

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鬼団子 | URL | 2008/09/28(日) 05:19 [EDIT]
再度到来。

面白いです。結構、いや、最高にこの話の虜です(え
ところで、今回の話は説明で終了みたいになってたんで特に感想は無いんですけど、最後の一言の感想でも書こうと思います。
妖怪、殺人鬼の知識が豊富で危ない人と見られているもと仰っていますが、個人的にその点には憧れがあるくらいです。
魍魎のことは調べたにしても分かりやすいし、ほぼ正確ではないかと思います。
殺人鬼に関しては、自分もそういうのが結構興味があって見たりしますが、今回の話に出てきたものは知りませんでした^^;
自分もそういう細かな説明を挟んだ話を書きたいものです・・・・。

では、応援しつつまた来ます~

匡介 | URL | 2008/09/29(月) 16:55 [EDIT]
>鬼団子さん
「魍魎」は必要なところを足すよりも、わかりやすいように削る作業が大変でした。わかりにくくないか、かなり心配なまま載せたので、そう言ってもらえたら助かります。
殺人事件関連の本は探すとたくさん見つかるので、中でもわかりやすくて、たくさん載ってるやつを買うのがオススメです。とりあえず事件さえわかれば、あとから調べようがありますからね。

ちなみに愛染のマニア度を上げるために、そんなに知らないかもしれないあたりをセレクトしました。

Yuka | URL | 2008/09/30(火) 08:29 [EDIT]
殺人鬼のことはまったく知りませんが、私も暴力的な物にも興味があります。
戦争中に発明されれたトンデモ兵器などです。
日本の特攻にヒントを得た”アメリカ”の戦闘機で羽がブレードになっているモノとか、撃てば反動で沈没する”ロシア”の河川専用戦艦とか!

子羊の脳みそはアルゼンチンなんかでは、焼き芋感覚で屋台で頭部を丸ごと焼いて出しているそうです。 調味料は塩とレモン。
食べている映像を見ると美味しそうで白子みたいなモノかなぁ?
なんて勝手に想像してみたり・・・

人間の人間らしい感覚・大脳新皮質は脳の表面僅かな範囲でしかありません。 万物の霊長、人でさえ脳は本能のカタマリなのです。 したがって安全すぎる社会を形成してしまうと、野生の時に感じていた”強い緊張”という刺激が無くなって精神が不安定になるのです。

自動車で説明すると、左が崖で右が安全だとすると左にハンドルを切る必要性がありませんよね? だから左にハンドルを切れない様にしてしまったのが”過剰に安全な”社会です。
ほっておくと右だけに回り続けやがて崖に落ちてしまうんです。
本能・自動車としてはものすごく不安定な状態ですね。 ですからホラー映画・ジェットコースターが”必要”になるのです左にハンドルを切るために。 子供の頃残酷なのではなく常にどこかに”強い緊張”が必要なだけなのです。

長文失礼いたしました(。・x・)ゝ

匡介 | URL | 2008/09/30(火) 16:58 [EDIT]
>Yukaさん
マジで長くてびっくりしました(笑)
仔羊に限らず脳みそはヨーロッパや中東では普通の食材らしいですよね。スーパーとかでも売ってるとか。日本の感覚で考えたら恐ろしい(笑)

後半の話は難しくてついていけてるかわかりませんが(笑)、理由はどうであれ子供が残酷には変わりないんじゃないでしょうか。必要だったら残酷ではなくなる道理はないと思います。
だけど子供が残酷なのにはちゃんとした理由があることはわかりましたよ。科学的根拠があるんですね。

ただ、ちょっと残念なのが、俺が一番言いたかったことはそこではないことです。。
そこにポイント置かれたかーって感じですね(苦笑)

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