平成妖異奇譚(2) 「ツギハギ男」
それはそこら中で陽炎が揺らめくような大暑の夏だった。
例年にないほどの猛暑の中を、僕は噴き流れる汗を拭いながら進んだ。
僕の行きつけである古書店は坂の上にある。暑さに耐え、長い坂を上りきろうとしたそのときに彼と出会った。太陽を背に、坂を下りに向かって立っていた。逆行で、姿顔は見えず、僕はつい目を凝らす。
男の顔はまるでツギハギであるような傷だらけであった。一体、何があったのだというのか。戦時中でもああはならないだろう。あれでは拷問でも受けたような傷だ。
ツギハギの男は僕を見て、そして笑った。
僕は正直に云って気味が悪く、その男を無視して通り過ぎようとした。
「あなた、妖怪に憑かれてますね」
確かに男はそう云った。僕が『妖怪に憑かれている』と。
「それも中々根が深そうだ。祓うにしても、相当根気がいる」
それを聞いて、思わず僕は口を開いた。
「あの、あなたは? 何故、僕がそうだと?」
ツギハギの男はにっこりと笑みを浮かべた。
最初は顔中の傷にばかりに目が行ってしまい、気がつかなかったが、男は意外と若そうだった。自分とさほど変わらないのかもしれない。
「においですよ。あなたからは妖怪のにおいがぷんぷんする」
におい。妖怪のにおい。それは一体何なのかと僕は訊ねる。
「残念なことながら僕は霊能の類いといったものを持ち合わせていません。あなたから妖怪のにおいを感じ取ったのは向こうにいる彼なんです」
そう云って、ツギハギの男は坂のさらに上を指差した。
彼が示す先にはもう一人、男が立っていた。あまりよくは見えないが、その頭は坊主のように剃りあげられ、格好は和服のようだった。
「暑いですね。歩きながら話をしましょうか」
そう云うと男は歩き出した。
僕も止めていた足を再び動かした。
「僕の名前は愛染 國彦です」
「國彦…」
「どうかしましたか?」
「いや、僕の名前も紀彦と云って同じ『彦』だから…」
「それは奇遇だ」
「名字は神宮寺。神宮寺 紀彦だ」
そうして僕らは酷暑の中を二人で歩いた。
この出会いが僕のこれからの日々を大きく変えることになる。この愛染 國彦という男によって。
例年にないほどの猛暑の中を、僕は噴き流れる汗を拭いながら進んだ。
僕の行きつけである古書店は坂の上にある。暑さに耐え、長い坂を上りきろうとしたそのときに彼と出会った。太陽を背に、坂を下りに向かって立っていた。逆行で、姿顔は見えず、僕はつい目を凝らす。
男の顔はまるでツギハギであるような傷だらけであった。一体、何があったのだというのか。戦時中でもああはならないだろう。あれでは拷問でも受けたような傷だ。
ツギハギの男は僕を見て、そして笑った。
僕は正直に云って気味が悪く、その男を無視して通り過ぎようとした。
「あなた、妖怪に憑かれてますね」
確かに男はそう云った。僕が『妖怪に憑かれている』と。
「それも中々根が深そうだ。祓うにしても、相当根気がいる」
それを聞いて、思わず僕は口を開いた。
「あの、あなたは? 何故、僕がそうだと?」
ツギハギの男はにっこりと笑みを浮かべた。
最初は顔中の傷にばかりに目が行ってしまい、気がつかなかったが、男は意外と若そうだった。自分とさほど変わらないのかもしれない。
「においですよ。あなたからは妖怪のにおいがぷんぷんする」
におい。妖怪のにおい。それは一体何なのかと僕は訊ねる。
「残念なことながら僕は霊能の類いといったものを持ち合わせていません。あなたから妖怪のにおいを感じ取ったのは向こうにいる彼なんです」
そう云って、ツギハギの男は坂のさらに上を指差した。
彼が示す先にはもう一人、男が立っていた。あまりよくは見えないが、その頭は坊主のように剃りあげられ、格好は和服のようだった。
「暑いですね。歩きながら話をしましょうか」
そう云うと男は歩き出した。
僕も止めていた足を再び動かした。
「僕の名前は愛染 國彦です」
「國彦…」
「どうかしましたか?」
「いや、僕の名前も紀彦と云って同じ『彦』だから…」
「それは奇遇だ」
「名字は神宮寺。神宮寺 紀彦だ」
そうして僕らは酷暑の中を二人で歩いた。
この出会いが僕のこれからの日々を大きく変えることになる。この愛染 國彦という男によって。
<作者のことば>
この小説を書こうとして、すぐに誕生したのがこの「愛染 國彦」だ。
彼は顔中がツギハギの傷痕だらけという一度見たら忘れられないようなヴィジュアルだ。
まるでそれはブラック・ジャック。…いやいや、愛染は彼以上のツギハギ加減なのである。
正確には顔だけではなく、身体中にそのツギハギ傷はある。
ヴィジュアルからインパクトのあるキャラクターを創りたかった。
現れる数々妖怪、魑魅魍魎に充分対抗出来うるインパクトを持つキャラクターが必要だと思ったからだ。
それにはヴィジュアルというファクターがかなり重要に思えた。一目見て「妖怪!」とわかるように、一目で「只者じゃない!」と思わせたかったのだ。
しかもそんなヴィジュアル・インパクトを持つ愛染が登場一言目に放った言葉が
「あなた、妖怪に憑かれてますね」
なのである。印象に残らないはずがない。
どうでしょうか? 作者の思惑通り、愛染は皆様の脳裏に深く焼きついただろうか?
もしそうであったなら幸いだ。作者が「平成妖異奇譚」を書いて、一番満足しているのはこの愛染 國彦の誕生なのだから。

COMMENT
●
Yuka | URL | 2008/09/17(水) 19:50 [EDIT]
Yuka | URL | 2008/09/17(水) 19:50 [EDIT]
目を逸らしたい でも怖くて目が離せない。 そんな彼が意外な社交性を見せてくる所が搦め手ですよね^^
ガォーー なんて言われたら一目散に逃げ出せるのに。
何か悪いものに憑かれたかのように 纏わり付かれる結果になりそうです。
愛染と聞くと愛染明王か愛染染めが思いつくゆーかです。
染物はあまり詳しくないのですが、絞り染めとかでワザと染め残しのマダラ模様を作ったり・・・
つぎはぎの彼が愛染なのはそんな由来があるのでしょうか?
そうだ! きっと武器は弓を使うんだ!
ガォーー なんて言われたら一目散に逃げ出せるのに。
何か悪いものに憑かれたかのように 纏わり付かれる結果になりそうです。
愛染と聞くと愛染明王か愛染染めが思いつくゆーかです。
染物はあまり詳しくないのですが、絞り染めとかでワザと染め残しのマダラ模様を作ったり・・・
つぎはぎの彼が愛染なのはそんな由来があるのでしょうか?
そうだ! きっと武器は
ばっちり焼き付きました!
第一印象は大事ですよね。
それに「愛染」って名前もすきです。藍染じゃなくて愛染…。
続き楽しみにしています。
第一印象は大事ですよね。
それに「愛染」って名前もすきです。藍染じゃなくて愛染…。
続き楽しみにしています。
>Yukaさん
名前はほとんど語感で決めることが多いです。今回も例外にあらず。
先に「あいぜん」が決まって、あとから漢字を当て嵌めました。
でも、しいて理由を挙げるなら散歩中に「相染」の文字が目に付いたことでしょうか。
うちの近所には「相染(あいそめ)町」というところがあるので。だから最初は「相染(あいぜん)」にしようかとも思ってました。
あと確かに当て嵌めた漢字は愛染明王から貰いました。
名前はほとんど語感で決めることが多いです。今回も例外にあらず。
先に「あいぜん」が決まって、あとから漢字を当て嵌めました。
でも、しいて理由を挙げるなら散歩中に「相染」の文字が目に付いたことでしょうか。
うちの近所には「相染(あいそめ)町」というところがあるので。だから最初は「相染(あいぜん)」にしようかとも思ってました。
あと確かに当て嵌めた漢字は愛染明王から貰いました。
>翡翠さん
よかった(笑)
俺も名前は気に入ってます。「愛染」の漢字は仏教の愛染明王から戴きました。
特に意味はありませんが、地元にある「相染(あいそめ)」という地名を見て「相染(あいぜん)」を思いつき、のちに「愛染」を当て嵌めました。「愛染」の方がカッコイイかなって(笑)
よかった(笑)
俺も名前は気に入ってます。「愛染」の漢字は仏教の愛染明王から戴きました。
特に意味はありませんが、地元にある「相染(あいそめ)」という地名を見て「相染(あいぜん)」を思いつき、のちに「愛染」を当て嵌めました。「愛染」の方がカッコイイかなって(笑)
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