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みやび萬紅堂。
かつて小説に似たものが書かれていた所、その残骸。
DATE: 2008/08/24(日)   CATEGORY: 短篇小説
水溜りの中の魚。
私は自分の目を疑った。


今日は一日中雨が降っていたが、私が残業を終えた頃にはすっかり止(や)んでいた。
会社から家まではそう距離があるものでもないので私は歩いて通勤することにしている。

今からだと家に着く頃にはもう妻は寝ているだろうと思う。
最近は妻も齢(とし)なのか具合が悪くなる事も多い。それならば私が帰る前だとしても先に寝ていてもらった方が安心だと思う。無理をして体調を崩されても困る。

そう思いながら歩いていた。
地面は先ほどまでの雨のせいで湿っていて、ところどころに水溜りが出来ていた。

最初は気のせいだと思った。

しかし矢張(やは)り泳いでいる。
水溜りの中で魚が泳いでいるのだ。

どう考えても水溜りは浅いものだと私は思う。
けれどもまるでそこだけ深くなっているように水溜りの中には沢山(たくさん)の魚がいた。

上から覗き込む形になるのでどうしても二次元的になってしまうのだが、矢張り底は深いように思える。


帰ると思った通り妻は先に寝ていた。
疲れが溜まっているのかと思い、私も直(す)ぐに寝ることにした。

朝になってから妻に昨夜(ゆうべ)のことを話すと「大丈夫ですか?」と云われた。
私が「多分疲れが溜まっているのだろう。」と云うと「しっかりしてくださいよ。あなただけが頼りなんですからね。」と妻は云った。私は、解っている、とだけ答えた。


***


今日は休日だが妻の調子が悪かった。
普段なら一緒に散歩に出掛けるのだが、仕方ないので散歩は諦めようと思った。
しかし妻が「一人で行って来ていいですよ。」と云うので云われるが儘(まま)一人で行くことにした。

「あなたのたった一つの愉(たの)しみですからね。奪っちゃ悪いですよ。」

そう云う妻をあとに私は散歩に出た。
昨夜はずっと雨が降っていたのでところどころ水溜りが出来ていた。

覗き込んでみるとまた魚が泳いでいる。
まるで水溜りの部分だけ別の空間に繋がっているようである。もしそうだとしたら海かどこかに繋がっているだろう。

水溜りから視線を上げると目の前に黒い猫が居た。

「お前にはこれが見えるかい?」

猫はぷいと向こうへ行ってしまった。
もし猫にもこの魚が見えたらどうするのだろうか。大好物の魚に我慢できず飛び込んでしまうかもしれない。
しかし猫は水が嫌いと聞く。それはないかもしれない。

私は閑(ひま)なので黒猫に付いて行ってみる事にした。
黒猫はどんどんと前に進んでいく。私は置いて行かれないように早足で追いかけた。

黒猫を追うと「あやかし堂」と云う妙な名前の骨董屋に着いた。
猫は中に這入(はい)ってしまったので私も這入る事にした。

「おかえり。」
あやかし堂の中に居る少年が云った。
「おや。お客様を連れてきたようだね。」
黒猫はニャアと云って自分の主人へと擦り寄った。
「いらっしゃいませ。」
「お前さんはこの店の人かい?」
「ええ。この店は僕の店ですから。」
「ていうと、お前さんがこの店の主人か?」
「そうですね。僕が主人という事になるでしょう。」
少年はにこやかにそう云った。
「この店の名前は変わっとるねえ。」
おや、そちらのお客様でしたか、とこの店の主人だと云う少年は云った。
「丁度(ちょうど)今、ティータイムにしようかと思っていたところです。ご一緒に如何(いかが)ですか?」


***


私は若い主人に誘いを受け一緒に紅茶を啜(すす)った。
少年の名前は神堂 四郎と云うらしい。この店は父親から譲り受けたものらしく、それならば多少若い主人と云うのも頷けた。

「山崎さんのように一見でこの店に御越しになる方は悩みを抱えている方が多いのですが、山崎さんも悩みなどはございませんか?」

水溜りの魚の事を話そうか。
別に悩みと云う訳でもないが、気になる事ではある。信じて貰えるとは思えないけれども話のネタにはなるだろうと思った。

「悩みではないけどもね、最近妙な事が起きるんだよ。」

私は水溜りの中に棲む魚の事を話した。
四郎はさして驚くようでもなく、疑っているようでもなかった。ただ「それは不思議な話ですね。」とにこやかに云った。

「山崎さん。若輩ながらご忠告させて頂きますがよろしいでしょうか?」
私は、構わんよ、とだけ云った。
「それに興味を持ってはなりません。最初からなかった事にして気にせず生活なされるのがよろしいかと思います。」
「そりゃア、何故だ?」
「放っておけば何の害もないでしょう。しかしそれは興味を持っては危険な事象なのです。」
彼は至極真剣な表情で云った。
「ほう。キミはあの水溜りを知っているのか?」
「僕は直接目にした事はありません。しかし、噂に聞いた事は。」
「なんと。じゃア あれは何なんだ?」
「申し訳ありませんが、それは解りません。」
黒猫が何かを銜(くわ)えて四郎に近寄った。
「唯(ただ)、云える事は解らぬ事には近付くな、ということだけですね。」
私は、なるほど、と呟いた。
確かに解らぬ物や事に不用意に近寄るのは知恵ある者のすべき事ではない。まさに、君子危うきに近寄らず、と云うことだ。
考えてみれば、解らぬものほど危うきものもそうないと思う。

「もし良ければこれを指に結び付けてください。」

そう云って四郎が取り出したのは紙で出来た紐だった。
私はよく解らぬまま云う通りに紙の紐を指に結び付けた。彼の云うことに従った方が良いと直感が告げていた。

「また散歩がてらにいらしてください。また一緒にお茶を飲みましょう。」

私は彼にお茶のお礼を云ってあやかし堂をあとにした。


***


「スグリ、行っておいで。」

四郎がそう云うと黒猫は山崎老人のあとを付いて行った。

「何事もないと良いのですが。」と四郎は呟いた。


***


私は家に帰ると妻に神堂 四郎の事を話した。
妻は「変わった方ですね。」と云った。確かに変わっているな、と思った。


――あやかし堂に訪れてから1箇月以上が過ぎた。


今日の午前は雨が降っていた。
今では止んだが、地面には水溜りが出来ていて確かに雨が降っていた事が窺える。

しかし幾ら水溜りがあろうと気にしなかった。
私はあれから水溜りに近付くことはなくなっていた。

ところが、ぴちゃん、と音がした。
何の音かと思って見てみると水溜りの水面(みなも)が揺れていた。

そのまま見ていたら今度は、ばしゃん、と云う音がした。
それは水溜りから魚が宙に跳ねる音だった。

今まで水溜りから跳ねる魚は見たことがなかった。
今まで二次元だったその存在が三次元となって現実味を帯びていた。

「矢張り魚は本当にいるのか?」

私はつい水溜り近付き覗き込んだ。
水溜りの中では大きな魚が鈍鈍(のろのろ)と泳いでいた。上手くやれば手でも取れそうだった。

私は覚悟を決めて水溜りに手を入れてみた。
するとどんどんと奥へ手が入っていく。本当に底は深いらしい。

手の先に何かが当たる感触があった。
おそらく水溜りの中を泳ぐ魚であろうと思った。
そして私はその魚を手に掴んだ。魚は必死に逃げようとするが私はがっしりと掴んでいた。

私は水溜りの中の魚が獲れるんじゃないかと期待した。
しかし次の瞬間、私は足を滑らせて水溜りへと転落した。

思った通り水溜りの中は広かった。
底が見えぬし、これでは本当に海のようだった。

私は水溜りの底へと沈んでいった。


***


「切れてしまったね。」

四郎はそう云い乍(なが)ら指に巻きついた紙で出来た紐を見ていた。

「山崎さんにあげた紙紐はね、僕の指に結んでいる紙紐と繋がっていたんだ。特殊なものだから誰もそれには気付かないけれど、僕と山崎さんは紙の紐を通して繋がっていた。これが切れてしまったと云う事は山崎さんは水溜りに落ちてしまったんだろうね。紙は水で簡単に切れてしまうから。」

「そんな事はどうでも良いが、また只働きだぞ。」と黒猫は云った。

「結局僕の力では山崎さんを助ける事が出来なかったんだ。それは仕方ないさ。」

四郎は悲しい顔をした。しかし涙は流れてはいない。
黒猫が「行くのか?」と訊いたので四郎は「ああ、案内してくれ。」と云った。

黒猫は歩き始めた。
四郎はそれに付いて行く。

「もう一度、一緒にお茶をしたかったね。」

黒猫は四郎に構わずに先に進んだ。


***


インターホンが鳴った音がした。
山崎夫人は玄関のドアを開けるとそこには一人の少年が立っていた。

「こんにちは」

少年の足下で一匹の黒猫はニャアと鳴いていた。


<作者のことば>
「夢魔。」に続く、あやかし堂のお話。
これまた結構初期に書いたものです。今よりもさらに文章が稚拙かもしれません。

あやかし堂のシリーズ自体は気に入ってるから、また新しいのを書けたらいいなぁ。

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COMMENT

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lolina | URL | 2008/08/24(日) 16:40 [EDIT]
黒猫はとてもかわいいです!
大好きです!=wwwwwww=
怪しいかわいい神秘の猫。-w-

凪水月 鏡花 | URL | 2008/08/24(日) 19:41 [EDIT]
こういう雰囲気の作品は大好きです。
すっかり気に入ってしまいました。
続きを楽しみにしています。

めたふぁー | URL | 2008/08/24(日) 20:25 [EDIT]
このシリーズ実はすごい好きです...!
特に今回の話は、浮かべる情景が幻想的で不気味な感じ
謎に満ちた感じが想像をかきたてるのですごい楽しかったですっ

haruko | URL | 2008/08/24(日) 23:52 [EDIT]
こんばんは。
お邪魔してます。
なんだか独特の雰囲気と世界観があるお話ですごいなぁ~ってよんでたら、なんと初期の作品ですか!?
言葉の選び方や漢字の使い方とかがこなれていて手馴れた感じがとってもしましたよん!
少しこわかったけど楽しませてもらいました。
他の作品たちも少しずつ読ませていただきますね。

匡介 | URL | 2008/08/25(月) 14:37 [EDIT]
>lolinaさん
俺も黒猫大好きです。というか猫が大好きです!!
なので俺が書く小説には猫がよく出てきますよー(笑)

匡介 | URL | 2008/08/25(月) 14:38 [EDIT]
>凪水月 鏡花さん
ありがとうございます。
俺も自分では気に入ってますね。好きなテイストです。

続きはあるかわからないけれど…まぁ 楽しみにしていてください(笑)

匡介 | URL | 2008/08/25(月) 14:41 [EDIT]
>めたふぁーさん
おお、そうでしたか!(笑)
個人的にはシリーズを続けていきたいのですが…ストーリーが浮かびません(笑) でも人気があるようで、どうにか続きを考えたいと思います。気長にお待ちくださいね。

匡介 | URL | 2008/08/25(月) 14:47 [EDIT]
>harukoさん
お褒め頂いて嬉しいです。
段落を空けなかったり、リズムを作る為に行間を空けたりするのは初期に見られる傾向みたいなんですよね。このスタイルを今でも続けているのは、「怪奇蒐話」くらいです。
なので新たにこのシリーズを書くとしたら、たぶん文章のスタイルが大きく変わっちゃうかもしれませんね(汗)

またのお越しをお待ちしていますね。

lolina | URL | 2008/08/25(月) 23:08 [EDIT]
あたしも猫が大好き!小さい時から好きでした。
家も2匹の猫をかったことがあります。

友達はすべて私は猫みたいと言います。-w-
猫は本当にとても特別な生物ですね。

匡介 | URL | 2008/08/26(火) 02:34 [EDIT]
>lolinaさん
同じく小さいときに猫を飼っていたことがあります。でも…母が猫苦手なんですよね(笑)

Yuka | URL | 2008/08/26(火) 08:43 [EDIT]
にゃ! らくがき日記を見つけてもらってありがとうございます><ノ

実話ベースなのに余りに怪しいのでライトノベルって書いてありまふ。
ゆーかは解らなくても気になるモノには近づいて行っちゃう子なのでした。

[Pendule de Foucault] は偶然、雨が話のネタになっています。 
これも、ラストに出てくる穴は水槽にしてそこに赤いお魚さんを一緒にいれようかな? 
なんて考えたりもしました。 それだとサビちゃうし排水ポンプつけなきゃだし藻も生ええるし~
うーんビジュアルより現実を優先しました! だって実話ベースの推理モノだしね!

匡介 | URL | 2008/08/26(火) 14:30 [EDIT]
>Yukaさん
ようこそお越しくださいました。わざわざどうも。
なんかものっっそい宣伝されてしまったので、そのうち窺いたいと思います(笑)

またのお越しをお待ちしています。
● 初めまして
楓月竜胆 | URL | 2008/08/30(土) 19:27 [EDIT]
初めましてこんにちは。コメント失礼します
不思議な、とてもかわいらしい、だけど何処か切ないお話ですね。
少年のミステリアスな感じがとても素敵です。
山崎さんが水溜りに引き込まれたように、あたしもこの独特な雰囲気に引き込まれました。
とても楽しかったです。ありがとうございました。

匡介 | URL | 2008/08/31(日) 17:32 [EDIT]
>楓月竜胆さん
初めまして。ありがとうございます。
そう言って頂けると嬉しいです。

またのお越しをお待ちしていますね。

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